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聖女ちゃんとわしと聖女様たち。

作者: スミスミス
掲載日:2026/05/04

 わしと聖女サマは旅を続けておった。

 正しくは元聖女サマなのじゃが毎回毎回律儀に元をつけるのも面倒くさいので聖女ちゃんと呼んでおった。

 旅に目的はない。世界というモノを、自分の知らない色々なモノを見てみたいという知識欲マシマシ聖女ちゃんに付き添う形じゃ。

 この聖女ちゃん、人生の大半をお国の為に棒に振ってしまった事を後悔していて、失った時間を取り戻すように遅咲きの青春を大層エンジョイしておった。

 時間の残酷さをなんも婉曲せずに伝えるのならば、聖女ちゃんはもう「ちゃん」と呼称される歳にはもう厳しいかもしれんが、なにぶん圧倒的に不足している社会経験や童顔もあり、まぁこの娘なら「ちゃん」でもいいかなぁと思わせるように湧き出た感情に素直に従う娘なのじゃった。


「うわぁ。すごい豊かな国なのですねぇ。わたしこんなに大きなお祭りって初めて見ました。

 本当に皆さん楽しそう。

 それにしても色んな所から美味しそうな匂いがしています。

 おなかがすいてきますねぇおじい様?」


 わしに聞いてきたのに、聖女ちゃん自身のお腹が答えるかのようにぐぅとなって恥ずかしそうに目を伏せた。

 いや別に恥ずべきことではない。

 聖女ちゃんはまだまだ若いんじゃし、食べ盛りじゃ、体重がとか体格がとかそういうのを気にせず食べたいものを食べたいだけお腹いっぱい食べて欲しい。

 いっぱい食べるキミが良しだと思うのじゃ。

 プロポーションとかが気になるならその分動けばいいと思うのじゃ。健康的な生き方だと思うのじゃ。

 それがじじいであるわしの願いじゃ。


「あ、あれ見て下さいおじい様。大道芸をやっていますよ!!

 あれって不思議ですよねぇ……。種も仕掛けもあるのに熟練の手先はまるで魔法みたいです!!!」


 お腹がなった恥ずかしさを誤魔化すように聖女サマがあちらこちらでやっているあれやこれやにわしの意識を向けようと頑張っておる。

 いや、そんなことせずとも別に言及などせんし、気にする事でもないと思うんじゃけど。

 そこは聖女ちゃんも乙女ということなのじゃろう。羞恥ポイントがわしとは違うからちょっと理解できない。精々察するくらいである。

 かつては国の為に滅私奉公し自分を一切鑑みずガリッガリの骨一歩手前まで痩せて感情の起伏が薄かったあの頃に比べると随分と年相応になって……正直わしはうれしい。

 それにしても聖女ちゃんが言うようにあちらこちらで大層賑わっている。

 今回訪れた国は比較的豊かで今のところ大きな争いもなく、平和で潤っている国と称して差し支えない。

 豊かな風土、おいしい食べ物、見栄えのする建物、気持ちのいい人々。

 挙げ句に今は建国祭の真っ最中、この国が1番盛り上がっておる最中で、この周辺に詳しいのヒトに聞いたら全員がここを勧めてくるくらいには観光映えする国なのじゃった。


「そうじゃなぁ聖女ちゃん。どれもこれもうまそうで老体にはもたれそうじゃあ。脂が殴りかかってくるようじゃあ」


 良い国で聖女ちゃんの情操教育には間違いなくプラスである。

 じゃけど、わしは正直この国は来ないつもりじゃった。

 なぜかと聞かれれば……。


「おい見ろ。聖女様が来られたぞ!!!」 


 回りがざわめき出す。

 シャンシャンと鈴が鳴り響き、先導する厳かな騎士たちが海を割る聖者のように群衆を真っ二つにかき分ける。

 人々はそんな騎士たちに逆らう事無くさぁっと捌け、手のひらを合わせて騎士たちに守られているそれに祈りを捧げる。

 騎士たちの中心にいる人物が露わになっていくにつれて、ある人は膝をおり祈りを捧げて、ある人は天を仰いで感謝を告げ、ある人は立ち尽くしたまま涙を流した。

 皆々がそれに静かに感情を爆発させておる。


「嗚呼、あれがこの国の聖女様なのですね、なんて綺麗なお方たち……」


 この静な激情の中心にいる奇跡の具現である聖女たちに皆が心酔しておった。

 わしの隣にいる聖女ちゃんもその神々しさに口をポカーンと開けてひと言だけ呟いて呆けておる。

 確かに、容姿、衣装、雰囲気、演出、民草、全てが聖女を押し上げるための舞台装置。

 この国の中心、奇跡を行使して国を守り慈しみ育む国母である聖女がそこにおった。

 聖女は静かに微笑んで民草に手を振るう。まるでそこだけ大輪の花が咲き乱れたよう。

 それだけで皆が惚ける。国母にオギャっておる。

 年下の少女にあてはめるには適切ではないが、皆が間違いなくあの聖女に母性を感じておった。ヤバいな。

 ゆっくり、ゆっくりと全てのヒトに目を合わせて進んでいく聖女。

 自分と目が合ったと錯覚してそれに追従する殉教者である民草。

 そんな大名行列をわしらは眺めておった。


「すごかったですねぇおじい様。なんというのか……静かな熱狂とでというのでしょうか?

 聖女様がどれほど慕われているか誰が見ても一目瞭然でわかりますねぇ」


 聖女ちゃんが微熱にほだされ言うようようにこの国の聖女様は大層慕われている。

 この国のトップである国王よりも人気がある。

 うまく繁栄の象徴として祭り上げられておる。そして、うまく奇跡を起こす希人をコントロール出来ておる。

 短絡的に使い潰さないように長く細く、祭り上げられたほうもできるだけ気持ちよく聖者という役割をこなせるように……。

 民の為に奇跡を起こす聖女。聖女を信仰する民。それらの仕組みを上手いことまわす王。

 うまい三すくみ、仕組みができておった。


「ホント、わたしのいた国とは大違い……」


 聖女ちゃんがポツリと呟いた。

 声の響きから感情はうかがえない。

 ガリッと何かを噛み締める音がした。たぶん自分の爪を噛み締めている。

 


「ほんっと、ズルい……」

 

 ビシッとなにかがひび割れたような音が響く、たぶんこれは空間が割れた音だ。世界が聖女ちゃんの危険性を訴えるときになるラップ音だ。

 嗚呼ヤバい。

 聖女ちゃんの足下から影が四方八方にずずずいっと伸びていく。

 そして伸びた影から黒いモヤ? 霧? が立ち上っていく。

 聖女ちゃんの顔に真っ暗な闇が張り付き目があるべき場所は赤く輝き、口があるべき場所は三日月みたいに裂けて、異形の仮面と化した。

 感情は読めない、けれど聖女ちゃんは涙を流し、三日月みたいに口を歪めて笑っておった。

 真っ赤な目から真っ黒な涙が滝みたいに流れ落ちる。

 真っ黒な涙が地面にポトリと落ちるとジュッと焦げたような音がして地面を黒く染めていく。

 ちょっと情緒が不安定すぎる。


「うわぁ!!!」


 突如、悲鳴が響いた。

 事態の中心はわしと聖女ちゃん。というよりは聖女ちゃんひとり。わしは隣で突っ立ってあわあわしておるだけじゃから危険には映らんじゃろう。

 地面を、空気を黒く汚すなにかに対するファーストインプレッションとしては正しくてありきたりじゃ。


「うぉえぇぇえええ」


 聖女ちゃんの近くにいたヒトが突然嘔吐し倒れ込む。

 そして倒れ込んだ地面は黒く侵されていて、まるで底なし沼に沈むようにズブズブとどこかへ沈み墜ちていった。

 その様を民は思考を止めて見ておったが、そんなのは一瞬だけ。

 悲鳴や怒号や嗚咽は爆発し、皆が聖女ちゃんから弾けるように逃げ出す。


「おんなじ聖女なのに……」


 縋られる聖女様に、逃げられる聖女ちゃん。

 神に与えられた奇跡という超常は同じだというのに、人々が向ける瞳は真逆。

 聖女ちゃんに向けられるものは絶対に神聖なものではない、むしろ対極の化け物に向けるソレだ。

 人々の悲鳴を背に受けて、聖女ちゃんはヒトに異常をきたす涙を、ヒトを飲み込む影を、ひたすらに産み落としていく。

 あーあ。やっぱりこうなっちゃうかぁ。だから聖女ちゃんをこの国に連れて来るのは嫌だったんじゃ。

 わたしの他の聖女様というのがどんなお方か気になります。ねぇ、おじい様? なんて上目遣いでうるうる瞳を潤ませて懇願してくる聖女ちゃんをどうして無碍になどできようか?

 きっと孫とかいたらこんな気持ちなのじゃろう。

 無下に出来なかったからこうしてこの国は今こうして危機に曝されている。

 聖女ちゃんがかつて仕えていた国では聖女という役職は消耗品くらいにしか思われていなくて、出来てあたりまえ、出来なければ叱責というカスの底辺みたいな扱いじゃった。

 奇跡を使役すれば体調などいくらでも整えられるのに、それでも初めて聖女ちゃんを見たとき、ガリッガリに痩せていて頬はこけまくっていて体中青あざだらけで驚いた記憶がある。

 奇跡を当たり前と思っている人々、奇跡をただただ享受する愚かな人々、奇跡に感謝の気持ちなど全くなかった人々。

 そしてそれを悲劇だと気づいていない聖女ちゃん。全員が漏れなく愚か者。

 この世の地獄みたいな状態じゃった。

 そりゃこんなに情緒不安定にも育とうものである。

 むしろよくぞあんな状態からあそこまで明るくなってくれたと賞賛すべきである。

 ただそんな聖女ちゃんにも自身でコントロール出来ない闇の部分が色濃くあって……、こうして自分よりも恵まれた境遇のものに出会うとついやっちゃうことがあるのじゃった。若さ故のなんとやらってやつじゃ。


 まわりは相変わらず怒号やら悲鳴やらがうるさい。

 そのうち慌てふためくことしか出来ない人々を押しのけて自警団みたいなヒトたちがやってきた。

 民主がこれ以上近付かないように安全地帯を見極めて人を配置しこれ以上の事態の悪化を防ぐ。

 初期対応としてはなかなか及第点ではなかろうか?


「貴様らは何者で目的はなんだ!!!?」


 自警団の隊長だと思われる人物がこちらにじりじりと近付きながら叫ぶ。

 自分だって恐いだろうに、自警団という使命に準じてこの国を守ろうと頑張っている。

 その姿勢は大変尊く、報われるべき所業である。


「答えろ!!! 返答無しや返答次第では討伐対象になるからな。正直に答えるんだぁぁぁああああ!!!」


 頑張った自警団の隊長は急に伸びた聖女ちゃんの影に飲み込まれて地面に吸い込まれていった。

 ご愁傷様じゃあ。

 正義感溢れる彼の境遇には同情すべき点しかないが世は無情なのじゃった。

 彼の悲鳴を皮切りに矢じりやら石やら魔法が飛んでくる。

 いずれも殺意モリモリで彼らにとってわしらは間違いなく敵判定。

 それらの殺意はビッシリ隙間なくこちらに秒で、瞬で迫り来る。

 じじいであるわしには抵抗する手段は

もちろん、ない。

 しかし、特に恐怖もない。

 なぜなら聖女ちゃんの影が起き上がりわしの前に立ち塞がりあらゆる敵意を底が見えない影の中に吸い込んでいったからじゃ。

 どういう原理が働いていてはたしてこの影が飲み込んだものがどこに行くのかはわからない。

 ただこの影は好き嫌いなく限界なく区別なくあまねくすべてをどこかへ吸い込んでいく。

 なんかようわからん聖女ちゃんが使役するミラクルの具現。

 そんなミラクルが敵意を向けてくるすべてに牙を向く。

 すごい早さで膨張していき破裂まで秒読み。

 このミラクルは破裂したらどこへかしこへあらゆる所へ勢いのまま飛んでいきすべてを飲み込んでいく。

 飲み込んだら飲み込んだものに比例して影自身も成長してたぶんこの国全部が影に飲み込まれて終わるじゃろう。

 あーあ、儚ねぇことじゃ。

 ぶくぶくぶくぶくと膨らんでいく影を見ながら、やっぱり聖女ちゃんをこの国に連れてきたのは失敗じゃったなぁメンゴメンゴとか思考を放棄して見呆けておった。 

 膨らみ続ける絶望は萎むことはない。あれが爆発したらこの国は終わりじゃ。

 まぁたやらかしちゃったなぁ。これで何集落目じゃったかなぁ。

 一応反省とかするんじゃけどなぁ。

 なぁんでこうなっちゃうんじゃろうなぁ。

 意味の無い脳内反省会をよそに影は破裂する一歩手前まで大きくなった。

 あれがなんなのか? わしら以外は知り得ないはずじゃ。それでもアレから根源的な恐怖を感じ取れる。

 アレはやばい。アレが爆発したらみんな死ぬ。なんとなく皆の共通認識はそれで。

 もう聖女ちゃんに立ち向かおうとするものなど皆無。

 皆が自分かわいさに逃げ出す。恐怖に侵された普通の人が当たり前に起こすアクション。

 絶望が、恐怖の具現が、混沌を巻き散らかす一瞬前。

 この国の寿命が尽きる瞬間。ぷしゅーと間の抜けた音がした。風船から空気ぎ抜けていく時のあの音じゃ。

 皆が天井に座す影に目を向けた。


「奇跡だ……」


 そこには、萎んで涸れていく影があった。

 どうみても恐怖に属するアクションではない。むしろ自分たちを害そうとしていたなにかが明確に終わったと理解させてくる。

 自分たちは救われたのだ。

 誰が呟いた通り、奇跡が起こったのは疑いようがない。


「ありがたやありがたや」


 そして、民衆は一様に奇跡に感謝して祈りを捧げる。


「聖女様!!!」


 聖女ちゃんの対極側に奇跡の体現者たちがいた。

 民衆の体が、祈りがすべてそちらのほうをむく。


「皆様の、国家の安全と安寧は我々がお守りいたします」


 そこには五人の聖女がいた。

 おそらくこの国の最大戦力、救国の乙女達、この国の全ての心の支え。


「皆様お下がりください、ここは我々が……ッ!!!」


 引き受けますとでも言おうとしたのじゃろう。

 だけど聖女ちゃんはそんな決めゼリフなんて待つ義理はねぇと言わんばかりに影を伸ばして聖女達に襲いかかった。

 前は当然として横側もなんなら後ろ側からも完全包囲した大きく影が倒れかかる。

 逃げ場は皆無、ぱっと見は詰みである。

 逃げ去りながら人々は絶望のうめき声をあげるけれど、一瞬後には影の隙間から光が漏れ出て、更に次の瞬間には影は弾けて消されておった。

 まだまだ聖女たちの奇跡は終わらない。

 光が剣の形を模してひゅんひゅんと宙を舞い、標的である聖女ちゃんに的を絞り一直線に駆ける。


「危ない聖女ちゃん!!!」


 影が抵抗するように立ち塞がるけれど、年甲斐もなく慌てふためいたわしがとびこんでみるけれど。

 そんなものはなんの障害にもならずに、影は浄化されるようにかき消されて。わしの体もなんの障害にもならずに素通りして。


「あぅ……」


 あらゆる抵抗は意味をなさず、まるで世界の決定事項であるかのように光の剣が聖女ちゃんの両腕、両脚に突き刺さった。

 ついでに無意味なダイビングかまして盛大にずっこけたわしの体も貫いた。

 まるで昆虫標本じゃ。悪趣味極まりない。


「おじい様ッッ!!!」


 いや、わしを慮ってくれるのは嬉しいのじゃが、どうみてもそっちのほうが重症じゃぞ聖女ちゃん。

 痛い。そりゃあ貫かれているのだから当然ではある。ただしこの痛みはピンで体を刺し穿たれたものではない。

 不思議と激痛ではない。

 表現しづらいのじゃが、刺された患部がじんわりと発熱していてむず痒痛いとでも評そうか。

 なんとか首だけ聖女ちゃ達の向けると相も変わらず光の剣がひゅんひゅんと宙を舞っていた。

 早く敵を貫かせろと待っている。

 民草の避難は完了していて、ここには聖女ちゃんとわし、そして聖女様が五人。


「痛くはないでしょう? この光の剣はあくまでも拘束するためのもの。

 あなたを傷つけるものではありません」


 一番前にいた聖女様。おそらくリーダー格じゃろう。

 その聖女様がゆっくりと歩を進める。

 ゴールは当然聖女ちゃん。


「わたくし達はあなたを害する気はありません」


 光の剣で威圧しておきながら何を言うのか?

 武力をちらつかせながらなにを世迷い言をほざくのか?


「わたくし達はあなたの事が知りたいのです」


 心を委ねてしまいたくなるくらいには声色は優しい。

 どうやらこの聖女様は嘘は言ってはいない。

 圧倒的なこの存在は嘘をつく必要がない。


「あなたの事を教えてちょうだい?」


 ゆっくりゆっくりと敵意がないことを示すかのように腕を大きく広げて抱き締めるような姿勢で近づいてくる。


「おともだちになりましょう?」


 聖女ちゃんまであと五歩ほど。あくまでも敵意はないと穏やかな声にゆったりとした所作。

 しかし聖女ちゃんはそんな好意を受ける気は無くここまで接近してきた愚か者を武力を以て出迎える。

 聖女ちゃんの真っ黒な顔から1本の漆黒の矢が飛び出した。

 狙いはもちろん眼前で御高説垂れる敵。

 この距離ならかわせるはずがない、それほど圧倒的な速度じゃった。


「まぁうふふ、おてんばさんなのですね」


 しかし、そんな一撃も聖女様には通用しない。

 漆黒の矢は聖女様の眼前で弾けて消えてしまった。圧倒的な実力差をまざまざお見せつけられてしまった。


「さぁ、可愛らしいお顔を見せてくださらない?」


 抵抗は全てはたき落とされる。

 一人でも敵わない上位の聖女があちらにはあと四人もいて不測の事態に備えている。

 聖女様はなんのためらいもなく真っ黒い聖女ちゃんの顔面に腕を差し入れた。

 すぶん、と沼に沈むようにその腕が沈んでいく。

 ぽたぽたと聖女ちゃんの顔から泥のようなものが落ちるけれどそれらは聖女様を汚すことはなく、当たる直前で浄化されて消えていった。


「……大変な目に会われ続けたのですね。ひどい」


 聖女ちゃんがひたすらに首を振りじたばた体を動かすけれど聖女様は振りほどけない。

 聖女様はどうやら記憶を覗き見ているようじゃった。

 聖女ちゃんの過去。奇跡の使い手なのにヒト扱いもされない、都合の良い労働力。

 搾り取れるだけ搾り取って絞りかすになれば無惨に廃棄される。

 奇跡の体現者として扱って欲しいとまでは言わない、せめて普通のヒトとして扱って欲しい。

 そんな些細な願いも叶わない悲惨としか言いようのない過去をのぞき込まれている。


「辛かったでしょうね。いえ失礼いたしました。

 そんな簡単な言葉で片付けてけいいような境遇ではありませんね、がんばりましたね、あなたは立派です」


 聖女様は泣いていた。

 アルカイックスマイルを歪ませて、ご尊顔をくしゃくしゃにして聖女ちゃんの過去に同情していた。

 同情された方は屈辱に身を震わせるようなこともあるかもしれない。

 ある意味侮蔑よりも相手を傷つけるかもしれない。

 それでも聖女様は惜しみなく聖女ちゃんに同情していた、嫌味などなく、境遇にただただ憐れんで、辛かった過去に涙を流した。

 それは聖なるものみたいじゃ。

 空気が浄化されていくような錯覚を覚える。ピリピリしていやな感じじゃ。

 それは伝播して後ろで控えている四人の聖女も涙を流す。病魔のような強制させる共感力。


「あなたは救われていい、これからは幸せになってよいのです」


 感極まった聖女様が思いきり聖女ちゃんを抱き締める。

 パァンと聖女ちゃんの顔に張り付いた影がはじけ飛んだ。

 そこには皆と同じように涙を流す聖女ちゃんの姿があった。

 無垢な同情に絆されて、自分を認められて歓喜の涙を流すただの少女がおった。


「思い出したくもないどす黒い過去しかないあなたはこれから幸せになるだけ。幸せに駆け上がっていくだけです。

 あなたが幸せになるお手伝いをわたくしたちにさせてくださらない?」


 彼女たちは間違いなく聖女ちゃんの為に涙を流している。

 あれだけの犠牲者をだした聖女ちゃんを許し、慈しもうといっている。

 今までの決して現れなかった聖女ちゃんの理解者が五人もいる。

 今まで現れることのなかった聖女ちゃんに必要だったヒトが一人どころか五人もいる。

 対等なお友達を、理解者を得た聖女ちゃんはここで救われるべきなのじゃろう。

 彼女等に聖女ちゃんを託そう。それが聖女ちゃんのこれからの人生に必要じゃ。


「大変な目? 悲惨? そう言ったのですか?」


 聖女ちゃんは呟く。

 疑問を抱くことをなく搾取され続けたたまたま奇跡を使役できるだけのひとりの少女が今、救われようとしてる。


「はい。

 あなたのこれから幸せになるのです。

 わたしたちにそのお手伝いをさせてね」


 ずぶり、と音がした。

 きょとんとした聖女様の胸には聖女ちゃんの腕が突き立てられている。


「はい? どうしたのです?」


 ゴフッ、と吐血しても未だに聖女様は理解が追いつかない。


「悲惨、悲惨! 悲惨ッ?

 わたしを救ってくれたおじい様とのこれまでを悲惨と宣ったのか?」


 聖女様の胸に突き立てられた腕をグルグルとかき回すたびに聖女様は苦痛の表情を浮かべた。


「おじい様に会うまでの事は悲惨でもいい。

 でもおじい様に救われたこれまでを否定されると腹が立ちます。

 ぶちまけてやりたくなるくらいにはらわた煮えくり返ります!!!」


 今まで圧倒的な存在だった聖女様の顔が歪む。

 年相応な少女が当たり前に抱く恐怖の表情が浮かぶ。


「聖女長ッッ!!!」


 後ろに控えて警戒していた他の聖女も呆気にとられて反応が出来ない。

 ただ慌てふためいて聖女様の身を案じて叫ぶのみである。

 だが残念ながら答えが帰ってくることはなく、聖女様の目から鼻から口から黒い泥が噴出した。

 聖女様の体積以上の泥が噴水のように噴き出す。

 汚いスプリンクラーが泥をまき散らす、これらの泥は決して浴びてはいけないものだとわかっているから他の聖女はなんとか避けようとするけれど。

 あらゆる努力はむなしく、平等に黒く汚れてしまった。死の宣告を受け取ってしまった。

 

「おまえに救ってもらわずともわたしはもうとっくの昔におじい様に救われている!!!」


 聖女ちゃんは叫び、かつて聖女様じゃったスプリンクラーを空に掲げた。

 まるで注水されているかのように膨らむスプリンクラー。

 弾けたら終わる。

 さっきの繰り返し、違いはさっきは大勢の観客がいて、今回は聖女が四人だけということ。

 人数こそあれじゃが、抱く感情は同じ。


「やめてぇぇ!!!」


 日々を慎ましく生きるヒトにも、奇跡を使役する存在であっても死は平等に訪れる。

 聖女たちは叫ぶ。

 奇跡という理解の及ばない結果だけを産み出す術をもっている彼女等にも御せない聖女ちゃんの使役する奇跡? いんや絶望か?

 まぁいずれにしろ、かつて聖女様だった風船はあまりもにもあっさりと弾けて絶望の具現である泥を巻き散らかす。

 鋭い針のような形状をとり弾けてあらゆるものへ突き刺さる。


「あーあぁ」


 やっちゃった。






 昨日まで大国と言われていた集落を見ていた。

 少し小高い丘から見下ろしている。

 黒い泥に浸食され、黒い雨が降り注ぐ国を見ていた。あれらに侵された国はもう終わっている。

 ……あの国は終わった。聖女ちゃんが終わらせてしまった。


「うふふ、うふふふふ」


 聖女ちゃんは上機嫌で体を揺らしながら鼻歌なんぞを奏でていた。


「なんじゃ上機嫌じゃな聖女ちゃん。なんかいいことあったの?」


 わしの問いに聖女ちゃんは微笑む。

 清楚で朗らかで明るくて、含む腹芸はなく額面通りにうけとっていい可愛らしい笑顔。


「はい、良いことありました。でも恥ずかしいからおじい様にはナイショですげふっ、あらごめんなさい」


 じゃそうじゃ。

 満腹なのかゲップがでてしまって口を押さえて恥ずかしそうに顔を伏せる聖女ちゃん。

 まぁ本人が幸せならいいかぁ。他の誰が不幸になっても聖女ちゃんが幸福ならいっかぁ。

 わしにはこの娘を連れ出した責任がある。

 世界の平和なんてとてもとてもわしには大きすぎる。

 でも聖女ちゃんひとりくらいならなんとかなる……。


「おじい様、食べ尽くしたこの国はもういいですからそろそろ次の国へ行きましょう?

 まだ見ぬおいしいものがわたしたちをきっと待ってくれています」


 じゅるりと舌なめずりして、まだ見ぬ全てに思いを馳せる聖女ちゃん。

 食欲を抑えきれない子供のように無垢でもあり、獲物を前にした肉食獣のように妖艶でもある。


「あぁおじい様、舌なめずりは乙女としてははしたなかったですね、お恥ずかしいですぅ……」


 聖女ちゃんひとりくらいならなるとかなる……かなぁ?

 世界食い尽くされないかなぁ?


 

 

 

 

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