表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
被験体8号って何だよ。  作者: 松野うせ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/4

4話

「ちょっとだけありがたい話、してもいいか」

 さて、どこへ行こうか。子供服屋、映画館、靴下専門店、中古ショップ、アクセサリー店には入りづらいから、あとは雑貨屋が数軒、一階には菓子屋。

「疲れた。だっこ」

「抱っこか。答えになってねえなあ」

「ねーなあ」

 若干蹴られつつ、抱っこをご所望だそうだからその通りにする。しっかりと重い。本人が非協力的なのでさらに重い。重量に腕を踏ん張らせながら歩く。あてはない。

「あのな、瑛人。世の中には、色々な『心をモヤっとさせる苦しみ』があるんだ」

「ながーい」

「じゃあ『モヤ子』だ。モヤ子は二種類に分けられる」

 自分でも、ああ、説教を垂れているな、と思う。それでも達彦は口から説教を垂らして床に落として、その様子を眺めさせる。その垂れ落ちた説教が、のちに我が子が考える時の参考資料になればいい。

「その一は、『俺がわかちあえるモヤ子』だ。例えば、マユが『掃除ってやだなぁ』とか思ってたら、その気持ちはモヤ子。その気持ちって、俺が掃除を代わってやったりすれば肩代わりできるだろ」

「ぼくが、おやつ食べたいのに食べられないのは?」

「それも、俺がわかちあえるモヤ子。例えば、お菓子を買ってやったり、それができないなら一緒に気晴らしができるだろ」

 大きな通路が交差する。中央では催し物がやっている。襲うは休日の人の波、だがそれも楽しい。

「ぼくはお菓子を食べたいわけじゃん」

「わかちあってるだけだからな。心の苦しみであるモヤ子を取り除けることは、あんまりない」

「カフェでお菓子食うか?」

「くう!」

 しまった、言葉が荒かった。達彦の小さな反省。


「で、続きなんだが。その二は、『俺がわかちあえないモヤ子』なんだな」

 返事の代わりに達彦を凝視する瑛人。そっけないといえばそっけないし、熱心だといえば熱心である。

「例えばマユは女性だから、『女性しか与えられない苦しみ』があるだろう」

 ふうん、とかすかな応答。まあ、聞いていなくてもいいや。そう思いながら、今日もうざったい説教。

「その苦しみは、絶対俺には理解できない。わかちあえないってこった。そういうものが残念ながらある。男女の違いでもそうだし、男女の壁を越えて、これは価値観の違いになるんだが」

「お父さんは何が言いたいの」

 なぜか抱っこから降りようとする瑛人に、達彦は頭を掻く。お前が抱っこと言ったのに。

「つまりな、お母さんのわかちあえないモヤ子をつついた、お父さんが悪かったなってことだ。わかちあえるものを沢山わかちあって、それだけじゃ足りなかったんだよ。まずは、わかちあえる事柄に真摯に向き合うべきだった。それすらしてなかったのにな、俺は」

 眉を下げる達彦に、瑛人はそっぽを向く。カフェが近づいてきたからだ。視線がそちらに向かうのは、子供として良い傾向なのかもしれない。無関心はつまらない。

「ねえ、お菓子何食べよう。これはわかちあえるモヤ子」

「ああ、うん。そうだなあ。……あ、瑛人」

「なあに? チョコチップのやつにするの?」

 人気カフェチェーンの列に並びつつ、足にしがみつく瑛人に小声で言う達彦。

「外でモヤ子って言うなよ、お父さんの造語だから。この世にない言葉だから」

「……モヤ子」

「言うなって」

「我が名はモヤ子」

「お前の名前はモヤ子じゃない」

 列の中でも前の方にやってきた。綺麗なケーキの群れが、ショーケースの中に鎮座している。

「モヤ子、りんごのケーキにする」

「お前はモヤ子じゃなくて瑛人だし、ケーキは高いんだよ」

「飲み物もいる」

 電子マネーの残高を確認しようとスマートフォンを出した時、通知が来ていることに気がついた。パンジーのアイコン。繭子だ。パンジーにも花言葉が様々ありそうだが、これは保護者会用、言うなれば外行きのアイコン。花言葉も咲く時期も何も知らずに、散歩中に一枚撮ったものだった。

 そんなパンジーに、ちょっぴり体がこわばる達彦である。指は一回宙を彷徨って、通知を開く。


『見て、新しいズボン買った!!フロム繭子』

 無機質な文字で作られる彼女の楽しげな様子と、一緒に送られてきたブレブレの写真にくす、と笑う。繭子はいつも似たようなパンツばかり履いている。そういえば、黒いロングスカートがあったはずだが、どこへしまったのだろうか。

「何見てるのー?」

「あったかーいものを見てる」

 注文も決めずにみせて、みせて、とせがむ声。店員が微笑んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ