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第20話

 中国では、梅の実が熟する時期に雨がよく降っていることから「梅雨」という漢字が生まれ、それが日本に伝来してきたのだとか。ただ他にも「梅雨」の漢字の由来はあるとかないとか、そんなことを中学の頃の国語教師が言っていたことを思い出しながら、窓の外を見た。


 朝から降っている雨は、休むという言葉を知らないのだろう、昼の今になってもひたすら地面を打ち続けている。


 季節は梅雨。湿気の多い教室の中、いつものメンバーで机を囲み、昼食を食べていると「実は・・・彼女ができました!」と、本郷が声高らかに報告しだした。


「流石ですな本郷殿!これはあっぱれ」

「すごいね本郷君。おめでとう」


 祝福の言葉をかける2人。一方俺は、小さく拍手をするだけに留めておいた。


「ありがとう。まあ、俺ぐらいになると彼女を作るのなんて余裕よ」


 満面の笑みを浮かべながら本郷は言った。


「ちなみに相手は誰なんだ?」何となく聞いてみると、「二組の中川里香って子だよ」と教えてくれた。


 本郷曰く、2組のサッカー部の友達が中川里香と同じ中学で、そのサッカー部の友達に紹介してもらい、デートを数回重ねた後、交際が始まったということらしい。


「俺、中川さん知ってるよ。確かソフトテニス部じゃなかったっけ?あの人、可愛いよねえ」

「俺も知っている。中川殿は廊下でたまにすれ違うが、あれは上物の女子だ」


 浜中と細川は中川という女子生徒のことを知っているらしいが、俺はどうも顔と名前を一致させることが出来ない。そもそも同じクラスの生徒ですら、まだ全員一致させることができないのだから当然なのだが。


「そうなのよ、里香ちゃんってマジ可愛いのよ!白川さんと同じレベルだぜ」


 俺の方を向いてにやにやしている本郷。俺は返答をしない。


「それでさ――」と、細川が不気味な笑みを浮かべて、

「本郷殿は中川さんとどこまでやったのかね?」と、卑猥なことを追究し始めた。

「聞いちゃいます?」と、満更でもない様子の本郷は、にやにやしながら語りだした。


「実はこの前の日曜日に里香ちゃんの家に行って、最後までやっちゃいました!」


「おお!」と歓声を挙げる細川と浜中。全日本選手権で優勝したかのように喜び、まるでヒーローかのように振る舞う本郷。思春期の男子高校生を絵に描いたような風景がそこにはあった。


「っていうかさ」と、本郷はまたしても俺に視線を向けて──。


「お前は白川さんとどこまでやったんだよ?」


 本郷だけなく、細川と浜中も興味津々といった様子で俺を見てくる。注目の的になってしまったからには答えるしかないだろう。


「手をつないだ。それ以上は何もない」


 俺の言葉にぽかんとした表情になった3人。あっけにとられるとはまさにこのことだ。


 最初に口火を切ったのは細川で、「佐々木殿、流石にそれはないだろう」次に浜中が、「えっと、ひょっとして恥ずかしがってる?」最後に本郷が、「お前さ、本当のこと言えよ」と、げらげら笑っている。

 訂正の言葉を述べず、黙っている俺に対して3人とも驚きの表情を見せる。そして本郷が──。


「えっと、マジな話?」

「本当だよ。手をつないだ以上の先は何もしてない」

「キスは?」

「してない」

「エッチは?」

「キスもしていないのにしているわけないだろ」


「あはははっ」と大爆笑する本郷。「お前ら、小学生のカップルみたいだな」と、余計な一言も付け加えられた。

 細川も愉快に笑っており、浜中は「まあまあ」と二人をなだめている。


「でも、裕介らしいといえばらしいか」


 いかにも俺のことを理解してるかのような口ぶりで本郷は言った。俺自身、自分の恋愛観というものが分かっていないのに、こいつに何が分かるのだろうか。


「ただな裕介、せっかく彼女がいるんだから、やれることはやっておいた方が良いぞ。いきなりキスやエッチはお前にとって敷居が高いかもしれんが……そうだな、白川さんの家に遊びに行ってみたらどうだ?お前、女子の部屋に入ったことないだろ。女子の部屋はいいぞ。特に彼女の部屋なんてもう最高だぜ。入る前はその気がなくても、あの特有な空間では理性が崩壊するんだ。男、女互いにな。何かが起こったとしても、何も起こらなかったとしても、幸せになれること間違いなしだ」


 雄弁と語る本郷に、細川と浜中は「なるほど」と言いながら耳を傾けていた。細川の「本郷殿、女子部屋はどんないい匂いがするのだ?」という質問や、浜中の「本郷君、今までに何人の女子の部屋に入ったことがあるの?」という質問に、歴戦の勇者のような表情をして丁寧に返答している姿を見ながら、俺は弁当箱から玉子焼きを箸でつかみ、口へ入れた。


 俺が黙々と弁当を食している中、話題はいつの間にか、本郷による、どうやったら彼女ができるのか講座に変わっていた。


「女子がいつもと違う髪型をして登校してきたら真っ先に褒めろ」「話をする時はとにかく相手に共感して、絶対に否定しない」「八割の優しさと二割の冷たさ、このバランスが大事なんだ」等など、どこかの大学教授のように個人的な恋愛学を力説する本郷。細川は冗談半分に笑いながら聞いている様子だが、浜中はどことなく真剣な様子だ。スマホのメモ帳機能でメモを取りながら、本郷教授の教えをインプットすることに専念している。そうとう彼女が欲しいんだな。


「佐々木君もさ、彼女ができるコツを教えてよ」


 突如浜中に話を振られ、「えっ」という間抜けな声が出てしまった。コツも何も、俺の場合は正攻法で挑んだわけじゃないから指導してやれることなんて一つもないぞ。


「浜中殿も女子全員にラブレターを書いてみてはどうだろうか?佐々木殿のときみたいに上手くいけば一人ぐらいはOKをしてくれるかもしれないぞ」

「いや、それは……恥ずかしいかな。こんなことができるのは佐々木君ぐらいだよ」

「しかしな、浜中、何か殻を破らなければ彼女なんて一生できないぞ。意外と裕介の策はありかもしれん」


 にやにやしながら浜中に冗談交じりの言葉を投げかけている本郷と細川。浜中は腕を組みながら「う~ん」と考え込んだ後──。


「彼女は欲しいけど、佐々木君の策は保留ってことで」

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