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第15話

 小学校2年生の頃の話。


 あれは確か、10月ぐらいだった気がする。


「昨日の放課後、クラスで飼っていたかめたろうが亡くなってしまいました」


 2年2組担任の年配女性教師である真鍋先生は、朝の会の先生のお話でそう告げた。

 かめたろうというのは、5月から2組で飼っていたゼニガメのことで、生き物係の橋爪君が家から持ってきたものだ。

 基本的には生き物係が交代で餌やりをしたり、水槽の水を変えたりと、世話をしていたが、「わたしもエサやりたい!」「ぼくにもやらせて!」といったように、多くの子供たちが進んで世話をしていて、クラスのアイドル的存在となっていた。


 そんなみんなに可愛がられていた、かめたろうの訃報に、クラスの子供たちはみんな驚きそして悲しんだ。

 特に橋本君はその場で号泣してしまい、人一倍悲しみに暮れていた。


「かめたろうが天国に行けるように、みんなで立派なお墓を作ってあげましょう」


 真鍋先生の発案に、みんな賛成し、1時間目に予定されていた国語の授業は、かめたろうの墓づくりに急遽変更された。

 校舎中庭に使っていない花壇があり、かめたろうはそこに埋葬されることになった。

 真鍋先生がどこかから白色の園芸用プレートを持ってきて、マジックで「かめたろうのおはか」と書いて土に差した。


「かめたろう、天国でも元気でね」

「かめたろう、わたしたちのこと、わすれないでね」

「かめたろう、今までありがとう」


 みんな思い思いの気持ちをかめたろうへ贈った。


「かめたろうは幸せですね。みんなにこんなに愛されて、天国に行けたんですもの……」


 真鍋先生の言葉に、多くの子供たちが涙を流した。


 確か俺はこの時、「2時間目って何だっけ?」と考えていた。


 1カ月後。


 帰りの会で、「係からのお話はありますか」という日直の言葉に橋爪君が手をあげた。


「ハムスターをこのクラスで飼いたいんですが、いいですか?」


 昨日、橋爪君のお父さんの会社の同僚が、「実はハムスターを飼ってるんだけど、数が多くなってきて少し大変なんだ、よかったら誰か、何匹か引き取ってくれないか?」と社内で話をしていたらしい。

 その同僚の人というのは、数年前からハムスターを飼っており、飼っているハムスター同士が子供を産み、その子供同士がまた子供を産み、といった感じで、まさにねずみ算的にハムスターが増えてしまっているらしい。

 橋爪君のお父さんはその同僚から1匹だけハムスターを受け取り、家に持ち帰ってきたが橋爪君は、「かめたろうの死で悲しんでいる、クラスのみんなのためになるかもしれない」ということで、学校で飼ってはどうだろうかと思ったとのこと。


 このような事情を橋爪君は語ってくれた。


「いいと思います」

「ありがとう橋爪君」


 クラスのみんなは大賛成。真鍋先生も了承してくれていた。


 翌日、ゲージに入ったゴールデンハムスターを橋爪君は学校に持ってきた。


「かわいい~」

「ちっちゃい~」


 みんなは笑顔で新しい2組のペットを迎え入れていた。


 それからというものの、休み時間になると、ゲージの周りには子供たちで埋め尽くされるようになった。

 瞬く間にハムスターはクラスの人気者となった。


 ちなみに名前は「はむたろう」に決定した。

 かめたろうのたろうを取ってつけたのが由来だ。決して、とあるアニメからぱくったわけではない。


 はむたろうが教室にやってき2週間ほどがたった日の放課後。


 宿題の漢字ドリルを教室の机の中に忘れてきてしまったことに、帰宅してから気付いた俺は、学校へ取りに行くことにした。

 帰りの会から1時間ぐらいは経っていたが、児童玄関の扉は空いていたので、無事に校舎内へ入ることが出来た。


 誰もいない教室に入る。


 自分の机のところまで行き、中を探ると、漢字ドリルが入っていた。

 さて、さっさと帰ろう、そう思った時、後方から音がした。


「カラカラカラカラッ」


 音がする方を見ると、その先にははむたろうがいるゲージが置いてあった。

 何となく気になり、ゲージに近づいて中を見た。


 はむたろうが勢いよく回し車を走っていた。


「カラカラカラカラッ」


 音を途切れさせることなく、ひたすら走り続けるはむたろう。

 野生のハムスターはエサを求めて、一日で20km走る。以前、図書室に置いてあった動物図鑑を読んだときに、そのような説明が書かれていたことを思い出す。

 ゲージの中のはむたろうは無我夢中で走っている。


 しかし、これは走っていると言えるのだろうか。

 足を動かし、体力を消耗しているだろうが、その場から動いていない。

 どんなに足を動かしても、はむたろうはこの小さな世界から出ることはできないのだ。


 漢字ドリルを脇に挟み、俺ははむたろうを両手で掴んで駆け足でその場から離れた。


 上履きのまま玄関から外に出る。

 秋の風が少し肌寒く感じた。

 校庭の隅の方まで歩き立ち止まる。


 そこで俺は両手を解放した。


 はむたろうは勢いよく跳びだし、後ろを振り返ることなく走り去っていった。

 ここから20km移動するとどこまで行けるのだろう。


 小さくなっていくはむたろうの後姿を見ながら俺はそんなことを考えていた。


 翌日の朝。


「みなさんにお知らせがあります」


 暗い表情の真鍋先生は朝の会でそう切り出した。


「はむたろうですが、昨日の放課後から姿が見当たりません。先生も一生懸命探したのですが見つからなくて・・・たぶんだけど、逃げ出しちゃったようです」


 教室がどよめきだす──。


「え、なんで?なんで?」

「どういうこと?」

「昨日、ちゃんとふたしまってたよ」


 子供たちは一種のパニック状態になっていた。


「どうして・・・はむたろう・・・」


 涙が止まらない橋爪君。真鍋先生が背中をさすってあげている。


 その日の2年2組は一日中、暗い雰囲気に包まれていた。





「昨日、〇〇動物園で飼育していたニホンザルが脱走したそうです」


 テレビのニュースを見て、俺は小学校2年生の頃を思い出していた。

 画面には脱走したサルの写真が映っている。


 動物園の動物は果たして幸せなのか。

 

 おそらく意見が分かれることだろう。

 脱走したサルは今、自由に外の世界を駆け巡っているだろう。

 しかし、外の世界には定期的にエサを与えてくれる飼育員など存在しない。

 いるのは多くの外敵動物であり、常に命の危険に晒されることになる。


 そういえば──あの後2年2組はどうなったんだっけ?


 俺は自分がはむたろうを逃がしたことを、クラスのみんなに話したかどうか覚えていない。


 まあ、どちらでもいいか。


 話したか、話していないか、どちらにしろはむたろうは、外の世界へ走り去っていったことに変わりはないのだから──。


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