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第13話

「時間です。解答をやめてください」


 試験監督の教員によって発せられたその言葉。

 今この瞬間をもって、一学期中間テストが幕を閉じた。

 1年1組の教室内には歓声が巻き起こり、両手でガッツポーズをする者や、互いに抱き合い喜びを分かち合う者などで賑わった。


「やったぜ、これでしばらく勉強から解放される」

「今日という日を心から待ち望んでいた」

「2人とも、嬉しそうだね」

「何だ浜中、お前は嬉しくないのか?テストが終わったんだぞ?俺たちは晴れて自由を手に入れたんだ。アイアム、フリーダム!」


 その日の昼休み、いつものメンバーで昼食を食べ終えた後、4人で雑談をしていた。

 高校生活初のテストが終了し、他のクラスメイト同様、本郷や細川は嬉しさのオーラを全身から解き放っていた。


 俺もそれなりに喜んでいた。

 

 一方浜中はいつも通りのように見えた。


「もちろん嬉しいよ。でも、テスト勉強は終わったけど、普段の授業の予習と復習はこれまでどおりやらないといけないからね」

「浜中殿は素晴らしいなあ。よっ、高校生の鏡」

「予習と復習なんて毎日してるのか?すげえな、俺には考えられん」


 本郷に同意だ。俺にも考えられん。


「佐々木君、ちょっとこっちに来てくれない?」


 浜中が勉強熱心だという話をしていると、突如白川に呼び出された。

 本郷が「何、何?今から彼女と何をするのかな?」と冷やかしてくるが無視をして白川についていった。

 ついていったと言っても、歩いたのはたった数歩。同教室内のそこにはクラスメイトの女子が数人集まっていた。


「ねえ、聡子。佐々木君にも聡子の描いた漫画見せてあげてよ」


 いつものにこにこした笑顔で白川は聡子と呼ばれる女子生徒にそう言った。ボブカットの髪をしていて、幼さが残る表情、たしか苗字は三島だったはずだ。


「えー。恥ずかしいよ」


 三島は紙の束を両手で隠すようにしながら抱えてそう言った。


「いいじゃんいいじゃん!聡子の漫画めっちゃ面白いよ!」

「うんうん、誰が読んでも満足することなし!」


 白川に続いて周りの女子生徒も声高らかにそう言う。

 三島は観念したのか頬を少し赤く染めながら、「じゃあ、どうぞ」と言って両手に抱えていた紙の束を俺に渡した。


「絵はあんまり上手じゃないからね」


 保険をかけたいのか、そう一言付け加えてきた。


「聡子はね、将来漫画家になるのが夢なんだよ。小学校一年生のころから毎日漫画を描き続けているんだって。すごいよね、尊敬しちゃうよ」


 白川が三島の解説をしてくれた。


「そんな、すごくないよ!好きだから描いているだけだよ」


 両手を振りながら照れた様子でそう言う三島。言葉では否定しているが、白川に褒められて嬉しそうにしているのが分かる。


「本当に聡子はすごいよねえ」

「努力家だねえ」


 周りの女子生徒たちも三島を褒めたたえる。

 三島の頬はリンゴのように赤くなっていた。


 とりあえず、三島の漫画を読めということか。


 俺は渡された紙の束をじっくりと読み始め、漫画の世界に入り込むことにした。




 三島が描いた漫画を簡単に説明するならば、時代設定が2300年で、人型AIが世界を支配しているというものだった。


 漫画を読み終えた俺に三島が「どうだった?」と感想を聞いてきた。


「物語の設定自体はありがちだが、内容がしっかりしていて中々面白かった」

「でしょ!面白いでしょ!」


 白川が親指を立てて自信満々にそう言ってきた。


「よかった~ありがとう」


 三島はふうと息を吐いて、安堵の様子を浮かべた。

 周りの女子生徒たちも「やっぱり聡子はすごいねえ~」と盛り上がっている。


 待て、俺の感想はまだ終わっていないぞ。


「しかし、絵は下手だな」


 そう言いながら俺は三島に漫画を返した。


「え・・・?」と、固まってしまう三島。

 白川をはじめ、周りで盛り上がっていた女子も一瞬で静まり返る。


「小学校一年生から毎日描いてるってことは、もう9年間ぐらい描いてるんだろ?それにしては絵が下手すぎると思う。これ以上上手くなるのは難しいと思うから、物語の内容で勝負をするべきだな」


 俺は思ったままのことをたんたんと三島に告げた。

 俺の言葉に三島は顔を下げ、黙ったまま動かない。

 真夜中の公園に一人でいるような静かな時間が訪れる。


 そんな沈黙を破ったのは白川だった。


「ちょっと、佐々木君、なんて失礼なことを言うの!」


 そこにはいつもの笑顔はなく、怒りの表情が見えた。こんな白川を見るのは初めてだ。


「そうよ、聡子がかわいそうよ」

「最低!信じられない」


 周りの女子生徒も憤慨した様子で俺に詰め寄る。


「どうだったか、と聞かれたから思ったことを言っただけだ。それのどこが悪いんだ?俺は本当のことを言っただけだ。それとも何だ、思ってもいない、嘘で固められた虚言を吐き出せばよかったのか?だとした最初にそう言っておいてくれないと困る」


 日本国憲法には表現の自由が保障されている。俺の言った言葉を非難するのは憲法違反をしているのと同じことだぞ。


「こいつ、マジで頭おかしいんじゃないの」


 周りにいた女子生徒の一人が俺を蔑む目で見ながらそう言った。

 学年の女子全員にラブレターを出したときのことがふいに脳裏をよぎる。

 黙り込んでいた三島が両手で顔を覆い、涙を流し、肩を震わせる。


 女子生徒たちはそんな三島に寄り添い、「大丈夫だよ」「聡子の絵はとっても上手だよ」と、慰めている中、

白川はこちらに体を向けてこう言った。


「とりあえず、あっち行っててくれるかな」


 自分から呼び出しておいてその言い草はないんじゃないか。そう思ったが、これ以上この場に留まるのはよくないと感じた。


 明らかに雰囲気が悪い。

 俺は素直にその場を去ることにした。


 しばらくして、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、午後の授業が始まる。


 その日、三島聡子は学校を早退した──。

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