第12話
土曜日。
今日は白川の提案で、2人で勉強会をすることになった。
1週間の内に2回も勉強会をすることになるとは思わなかったが、家に一人でいてもテスト勉強がはかどらないのは予想できたので、ちょうど良かったのかもしれない。
場所は富北高校近くにあるこじんまりとしたカフェ。
「黄緑坂駅前だと人が多すぎてお店に入れるか分からないから、学校の近くにしよ!」とのこと。
時計の針は午後3時を指していた。
店内はカウンター席が4つに、テーブル席が6つ。
客は俺たち2人の他に、サラリーマン風の男性がカウンター席に1人いるだけで、空席が目立つ。
土曜日のこの時間にこの客足だと経営的に大丈夫なのだろうか、と思いつつ、勉強するにはこれぐらいがちょうどいいなとも思った。
俺はアイスコーヒーを、白川はカフェラテを頼む。
程なくして、短髪白髪で年季の入った皺を顔に作っているマスターが注文したものを持ってきてくれた。
アイスコーヒーの味は可もなく不可もなくといったところ。
「ここのカフェラテはやっぱり美味しいなあ」
俺はこのカフェは初めてだが、白川は結構来ているのかもしれない。満足そうにカフェラテを飲んでいる。
コーヒーを半分程のみ、コップをテーブルの隅に移動させて、目の前にできたスペースに勉強道具を出す。
テストまで日が迫っている。
俺は苦手教科の英語の勉強に取り組むことにした。
白川は数学Aの教科書とワークを出している。
とりあえずはテスト範囲の英単語をルーズリーフにひたすら書いていく。
俺は何かを覚える時は、基本的に書いて覚えることにしている。
小学生の頃、母親に「漢字は書いて覚えるのが一番よ」と言われ、その通りに勉強してみたところ、漢字テストで良い点が取れたのだ。
それがきっかけで、漢字や英単語は書きながら覚えるのが習慣になった。
「ド・モルガンの法則ってなに~!?訳が分からないよ~」
一方、数学Aの勉強に苦戦をしている白川。基本的に白川は理数科目が苦手とのことらしい。
白川にド・モルガンの法則を解説してやると、白川は神を崇めるかのような目で俺を見た。
「佐々木君って頭良いんだね!すごく分かりやすい!」
教科書に載っていることをそのまま説明しただけなのだが、白川の中で俺は頭の良い人と認識されてしまった。
そんな感じで勉強を進めること数十分、先にシャーペンを持つ手を放棄したのは白川だった。
「頭使うと甘いものが食べたくなっちゃった。アイス頼もうっと!佐々木君も何か頼む?」
「いや、俺は大丈夫」
アイスコーヒーがまだ残っているので追加注文はしなくてもいいだろう。
客が少ないためか、白川のオーダーはすぐに届いた。チョコレートアイスを見て、「なんて美味しいの!」とご機嫌な様子で次々とスプーンを口へ運ぶ。
「アイス、好きなんだな」
「とっても大好きだよ!特に小学生の頃は毎年夏休みになるとね、ほぼ毎日、お母さんと2人で家の近くのアイスクリーム屋さんへ行ってたぐらいだよ!」
満面の笑みでそう話す白川。母親と仲が良いんだな。
「もちろんお父さんには内緒!2人だけの秘密なんだあ~」
俺にはどうして父親に秘密にする必要があるのか分からなかったが、まあ、人それぞれ考え方は違うものだ。
あっという間にアイスを食べ終わった白川は「よ~し、集中するぞお~」と意気込み、再びシャーペンを手に取った。
俺も残していたコーヒーを飲み干し、勉強に戻る。
男子4人組で勉強するのも良かったが、女子と二人で勉強するのも悪くはない。
店内を流れるクラシック音楽が心地よく、思考を研ぎ澄ませてくれるように感じた。
「何この問題、どうやって解くの~」
しばしば白川は俺に問題の解き方を聞いてくるため、自分の英語の勉強が所々休止してしまうが、別に不快な気分にはならなかった。
この日はかれこれ3時間ほど勉強をした。
「佐々木君と勉強できてとっても楽しかった!数学も色々教えてくれてありがとう!またやろうね!」
そう言い残し、笑顔で去っていく白川。
断っておくが、俺は別に勉強が得意ではない。中の下といったところだ。
偏見だが、てっきり白川は成績優秀だと思っていたが、少なくとも理系科目に関してはそうでもないことが分かった。
俺に勉強を教わってるぐらいだからな。
クラスで人気者の女子生徒というのは勉強ができるやつ、という俺の思い込みは今日崩れ去った。
さて、俺もそろそろ帰るか。
夕日を背に、俺は自転車をこぎ出した。