「春の余白、斬痕のあとさき」
春の江戸、川辺の柳がゆっくりと芽吹き始める。
吉睦が町の裏道を歩く姿は、もう江戸の町では見慣れた風景になっていた。
だが、町のどこかには、いまだ誰のものとも知れぬ“斬痕”が静かに刻まれている。
---
あの夜の騒ぎは、表向きは“辻斬りの一味捕縛”として片付けられた。
だが、町の人々の胸には、“型”の噂や恐れが微かな傷跡となって残ったままだ。
---
吉昌は、静かな座敷で巻紙をひとつひとつ並べていた。
師から託された景光写しの刀も、今は新しい白鞘に納めてある。
斬痕の線――
それぞれの傷口は、斬った者ごとに、心の闇と希望を滲ませていた。
---
ある日、吉昌はふと窓の外を眺めた。
春の陽ざし、どこかで遊ぶ子どもたちの声。
その隣では、吉睦が静かに茶をすする。
「どうした、吉昌」
「……いいえ、ただ、町が静かになったなと思いまして」
「静かな時ほど、見えぬ“型”が動き出すものだ」
---
吉昌は深く頷き、巻紙に筆を走らせる。
(いずれまた、未解決の斬痕が現れるだろう。
だが、その時は自分が“見立てる”番だ)
---
外の空気には、春の匂いが満ちている。
---
そして、町のどこかでまた、新たな斬痕が生まれる。
その痕が、誰の“業”を語り、何を遺すのか――
まだ誰にも、分からない。
---
斬痕見立て帖
その物語は、静かに、だが確かに、次の世代へと続いていく――
1部完




