斬痕の春、継がれる見立て
夜明け前の北町裏。
斬り合いの混乱がようやく収まると、町人たちは一人、また一人と家路についた。
夜鷹は奉行所の下役に連行され、残った浪人や娘も、文蔵と田島の案内で静かに現場を離れていく。
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吉睦は、膝をついて地面の斬痕を見つめていた。
――“型”だけをなぞった斬痕、真剣勝負の跡、そして迷いの残る刃の傷跡。
彼の心には複雑な思いが渦巻いていた。
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「……終わったのか?」
録之助が隣に腰を下ろした。
傷だらけの着物を直しながら、疲れ切った表情で呟く。
「さあな。町から“型”が消えることはねぇさ。だが、今夜のあいつはもう、何も斬れねぇだろう」
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文蔵が戻ってきて、夜鷹が持っていた刀を手渡す。
「先生、これ。奴が使ってた景光写しです。
刃こぼれだらけで、もう斬れる代物じゃねぇ……」
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吉睦はその刀を受け取り、じっと見つめた。
「本物に“似せる”ことと、本物になることは、まるで違う。
斬痕には“斬った者の生き様”が、そのまま刻まれる」
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そのとき、遠巻きに見ていた吉昌が、静かに一歩前に進み出た。
巻紙と手控えを抱きしめ、迷いのない目で吉睦を見つめている。
吉睦はそっと彼に景光写しを手渡した。
「……お前に預ける。
この“型”が何だったのか、自分の目と手で確かめてみろ」
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吉昌は深く頷き、刀を受け取った。
「はい、必ず。“斬痕の意味”を見抜けるよう、修業を続けます」
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夜が明ける。
北町の空に春の光が広がり、江戸の町はまた新しい一日を迎えようとしていた。
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録之助、田島、文蔵――
それぞれの仕事に戻る仲間たち。
吉昌は師の背中を見送りながら、巻紙を開いた。
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(“型”は伝わる。しかし、本物は、斬った者にしか残せない――
これからは自分が“見立てる”番だ)
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その日も町のどこかで、新たな斬痕が生まれるかもしれない。
だが、“本物”を見抜こうとする目は、確かに受け継がれていく。
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斬痕見立て帖――
その春、六代目の手に、静かに託された。




