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山田浅右衛門 吉睦〜斬痕見立て帖〜  作者: やはぎ・エリンギ
第二章 影斬りの刀

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35/36

斬痕の春、継がれる見立て

夜明け前の北町裏。

 斬り合いの混乱がようやく収まると、町人たちは一人、また一人と家路についた。

 夜鷹は奉行所の下役に連行され、残った浪人や娘も、文蔵と田島の案内で静かに現場を離れていく。



---


 吉睦は、膝をついて地面の斬痕を見つめていた。

 ――“型”だけをなぞった斬痕、真剣勝負の跡、そして迷いの残る刃の傷跡。

 彼の心には複雑な思いが渦巻いていた。



---


 「……終わったのか?」


 録之助が隣に腰を下ろした。

 傷だらけの着物を直しながら、疲れ切った表情で呟く。


 「さあな。町から“型”が消えることはねぇさ。だが、今夜のあいつはもう、何も斬れねぇだろう」



---


 文蔵が戻ってきて、夜鷹が持っていた刀を手渡す。


 「先生、これ。奴が使ってた景光写しです。

 刃こぼれだらけで、もう斬れる代物じゃねぇ……」



---


 吉睦はその刀を受け取り、じっと見つめた。

 「本物に“似せる”ことと、本物になることは、まるで違う。

 斬痕には“斬った者の生き様”が、そのまま刻まれる」



---


 そのとき、遠巻きに見ていた吉昌が、静かに一歩前に進み出た。

 巻紙と手控えを抱きしめ、迷いのない目で吉睦を見つめている。


 吉睦はそっと彼に景光写しを手渡した。


 「……お前に預ける。

 この“型”が何だったのか、自分の目と手で確かめてみろ」



---


 吉昌は深く頷き、刀を受け取った。

 「はい、必ず。“斬痕の意味”を見抜けるよう、修業を続けます」



---


 夜が明ける。

 北町の空に春の光が広がり、江戸の町はまた新しい一日を迎えようとしていた。



---


 録之助、田島、文蔵――

 それぞれの仕事に戻る仲間たち。

 吉昌は師の背中を見送りながら、巻紙を開いた。



---


 (“型”は伝わる。しかし、本物は、斬った者にしか残せない――

 これからは自分が“見立てる”番だ)



---


 その日も町のどこかで、新たな斬痕が生まれるかもしれない。

 だが、“本物”を見抜こうとする目は、確かに受け継がれていく。



---


 斬痕見立て帖――

 その春、六代目の手に、静かに託された。




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