北町裏 闇の型指南
夜の北町裏――
灯りの絶えた長屋の一角に、人目を避けるようにして十数人が集まっていた。
浪人、町人、若い女、そして浮浪児――
その中心に、黒羽織に深い笠を被った“夜鷹”が立つ。
---
「よく聞け――“型”さえ極めれば、お前らも一太刀で人を斬れる」
低く響く声が、闇に溶ける。
「腕も、力もいらねぇ。形さえ間違えなけりゃ、骨だって断てる。
“試し斬り”の名人と同じ型を真似ろ――死体は語らねぇ、“斬痕”が残るだけだ」
---
闇の奥、吉睦・録之助・田島・文蔵が静かに様子をうかがっていた。
近くの路地では、吉昌が巻紙と手控えを胸に、息を殺して待機している。
録之助が短く囁く。
「吉睦、合図は任せるぞ」
---
吉睦は深呼吸してから一歩踏み出した。
「――やめておけ。その“型”は、死しか残さねぇ」
“夜鷹”が笠を上げ、口元に笑みを浮かべた。
「おや……御様御用の先生自らとはな。
お前も“型”に囚われて生きてきた口じゃねぇか?」
---
浪人たちが一斉に刀を抜く。
女の一人が震えながら、細い短刀を握っている。
吉睦と録之助、田島、文蔵も一斉に構えた。
---
「田島、文蔵、町人を外に逃がせ!」
録之助が叫び、二人は人垣を割って非戦闘員を外へ誘導し始める。
---
夜鷹の手下と思しき浪人が、吉睦に斬りかかる。
吉睦は半身に構え、間一髪で刃を受け流す。
(腕が素人だ。だが――“型”だけは見事に模倣している)
録之助がもう一人の浪人と交錯し、畳に転がる刃を蹴り飛ばす。
文蔵は岡っ引きらしい手際で町人たちの避難を手伝いながら、時おり抜刀で応戦した。
---
“夜鷹”は一歩も動かず、静かに吉睦を見下ろす。
「斬る理由なんざ要らねぇ。ただ“型”が広がりゃ、この町はお前の手じゃもう止められねぇ」
吉昌が遠くからそのやりとりを見つめていた。
(“型”が人を狂わせる……本当にそれだけなのか?)
---
次の瞬間、夜鷹自身がゆっくりと刀を抜く。
静かな一歩――型は“正眼”、狙いは吉睦の喉元。
---
吉睦も構えをとる。
闇の静寂、足音、呼吸、心の波――
ほんの刹那の斬り合い。
“型”がぶつかり、“本物”と“模倣”が火花を散らす。
---
夜鷹の刃が吉睦の肩をかすめる。
吉睦は踏みとどまり、夜鷹の手首を斬り返す。
「……“型”だけじゃ人は斬れねぇ。お前の斬痕は、何も残さねぇぞ」
夜鷹は肩で息をし、血の滴る手で刀を地面に落とす。
---
周囲の浪人たちが怯えたように後ずさる。
その中に、あの逃げていた娘の姿があった。
---
吉睦は静かに娘に声をかける。
「もう“型”に振り回されるな。斬らずに生きる道もある」
娘は涙をこらえ、深く頭を下げた。
---
夜鷹は静かにうつむき、最後にこう呟いた。
「……“型”は、広がったらもう止まらねぇ。」




