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山田浅右衛門 吉睦〜斬痕見立て帖〜  作者: やはぎ・エリンギ
第二章 影斬りの刀

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北町裏 闇の型指南

夜の北町裏――

 灯りの絶えた長屋の一角に、人目を避けるようにして十数人が集まっていた。

 浪人、町人、若い女、そして浮浪児――

 その中心に、黒羽織に深い笠を被った“夜鷹”が立つ。



---


 「よく聞け――“型”さえ極めれば、お前らも一太刀で人を斬れる」

 低く響く声が、闇に溶ける。


 「腕も、力もいらねぇ。形さえ間違えなけりゃ、骨だって断てる。

 “試し斬り”の名人と同じ型を真似ろ――死体は語らねぇ、“斬痕”が残るだけだ」



---


 闇の奥、吉睦・録之助・田島・文蔵が静かに様子をうかがっていた。

 近くの路地では、吉昌が巻紙と手控えを胸に、息を殺して待機している。


 録之助が短く囁く。


 「吉睦、合図は任せるぞ」



---


 吉睦は深呼吸してから一歩踏み出した。

 「――やめておけ。その“型”は、死しか残さねぇ」


 “夜鷹”が笠を上げ、口元に笑みを浮かべた。


 「おや……御様御用の先生自らとはな。

 お前も“型”に囚われて生きてきた口じゃねぇか?」



---


 浪人たちが一斉に刀を抜く。

 女の一人が震えながら、細い短刀を握っている。

 吉睦と録之助、田島、文蔵も一斉に構えた。



---


 「田島、文蔵、町人を外に逃がせ!」


 録之助が叫び、二人は人垣を割って非戦闘員を外へ誘導し始める。



---


 夜鷹の手下と思しき浪人が、吉睦に斬りかかる。


 吉睦は半身に構え、間一髪で刃を受け流す。

 (腕が素人だ。だが――“型”だけは見事に模倣している)


 録之助がもう一人の浪人と交錯し、畳に転がる刃を蹴り飛ばす。

 文蔵は岡っ引きらしい手際で町人たちの避難を手伝いながら、時おり抜刀で応戦した。



---


 “夜鷹”は一歩も動かず、静かに吉睦を見下ろす。


 「斬る理由なんざ要らねぇ。ただ“型”が広がりゃ、この町はお前の手じゃもう止められねぇ」


 吉昌が遠くからそのやりとりを見つめていた。

 (“型”が人を狂わせる……本当にそれだけなのか?)



---


 次の瞬間、夜鷹自身がゆっくりと刀を抜く。

 静かな一歩――型は“正眼”、狙いは吉睦の喉元。



---


 吉睦も構えをとる。


 闇の静寂、足音、呼吸、心の波――

 ほんの刹那の斬り合い。


 “型”がぶつかり、“本物”と“模倣”が火花を散らす。



---


 夜鷹の刃が吉睦の肩をかすめる。

 吉睦は踏みとどまり、夜鷹の手首を斬り返す。


 「……“型”だけじゃ人は斬れねぇ。お前の斬痕は、何も残さねぇぞ」


 夜鷹は肩で息をし、血の滴る手で刀を地面に落とす。



---


 周囲の浪人たちが怯えたように後ずさる。


 その中に、あの逃げていた娘の姿があった。



---


 吉睦は静かに娘に声をかける。


 「もう“型”に振り回されるな。斬らずに生きる道もある」


 娘は涙をこらえ、深く頭を下げた。



---


 夜鷹は静かにうつむき、最後にこう呟いた。


 「……“型”は、広がったらもう止まらねぇ。」




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