娘の影、黒幕の気配
朝の騒ぎがひと段落したころ、吉睦たちは一度奉行所に戻り、情報を整理した。
田島は娘の行方を追う役を引き受け、文蔵は町の裏道に網を張って手配人脈を動かし始める。
録之助は町の親方や各問屋の主に直接会い、最近現れた“妙な浪人”や、刀を売りさばく者の情報を集めた。
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「田島、娘の足取りはどうだ?」
録之助が地図を広げながら問う。
田島は人足寄場や茶屋、橋場の小間物屋まで足を運んでいた。
「親分、昨夜から今朝にかけて、三カ所で似た娘の目撃があります。
どこも慌てた様子で、血のついた布を抱えていたそうです。
最後は川向こうの薬種問屋で薬を買おうとしたが、金が足りず追い出された、と」
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文蔵が裏帳面を片手に戻ってきた。
「先生、“斬り役の仲介”をしてるらしい奴が北町界隈に現れたって噂です。
元は賭場の胴元で、最近はよそ者の浪人や町の厄介者を集めて“型の伝授”を吹聴して回ってると……」
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吉睦は巻紙の斬痕を指先でなぞりながら、低く呟いた。
「“型”だけを教えられた者が、恐怖や欲で斬る。
町に“真似事”が蔓延すれば、本物の斬痕も霞んじまう……
誰かが故意に、町ごと“刀の型”に狂わせている」
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録之助は唇を噛み締めた。
「吉睦、町が壊れちまう前に、どこかで止めねぇといけねぇな。
田島、薬種問屋にもう一度あたって、娘の行方を絞り込め。
文蔵は“斬り役仲介”の噂をもっと突き詰めろ。俺は親方筋から裏金や刀の流通を調べる」
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吉睦は静かに頷いた。
「……おれは現場の痕跡をもう一度洗い直す。
“型”の本質が何か、斬られた者の魂が何を訴えているのか――
それを見失ったら、山田家は終わりだ」
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吉昌もそっと近づく。
「先生、ぼくにもできることがあれば……」
吉睦は少しだけ微笑み、巻紙の一部を吉昌に渡す。
「お前は斬痕の記録を整理してみろ。
誰が斬り、どう変わってきたか――“型”の遷移をたどれ」
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仲間たちはそれぞれ、町へと散っていった。
奉行所の中庭には、早くも春の花が咲き始めている。
しかし、江戸の町全体には、未だ不穏な空気が渦巻いていた。
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その裏通りの奥、
ひとりの影が夜明けの路地をゆっくり歩いていた。
笠の下に隠された目――
その口元は、何かを嗤っているようだった。




