夜明けの急報
奉行所の座敷で夜を徹した推理は、やがて静けさに包まれた。
外では夜風が街路樹を鳴らし、薄明の光が障子越しに滲みはじめている。
行灯の油も尽きかけ、誰もが疲労と焦燥を隠せずにいた。
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その時、急ぎ足の下役が駆け込んできた。
「録之助さん、また出やした! 今度は小名木川の河岸で斬り合い騒ぎです!」
空気が一気に張り詰める。
吉睦もすぐに立ち上がった。
「田島、文蔵、用意はいいな?」
「へい、すぐ行きやす!」
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一行は小名木川の河岸へと急いだ。
春まだ浅い夜明け、川沿いにはもやがかかり、板橋の上に町人や夜回りの者たちが集まっている。
田島が先に駆け出し、文蔵が現場周囲の人払いを始める。
録之助は町人たちから証言を集め、吉睦は静かに斬り合いの跡を探し始めた。
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現場には、男の倒れた遺体――
着流しは血に濡れ、手には折れた短刀。
周囲の地面には泥の足跡と、斬り合いの混乱を物語る草履の跡が幾重にも走っている。
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吉睦はまず遺体の傷口を観察した。
「……切っ先が浅い。肩から胸へ、まっすぐ斬り下ろしているが、骨まで届いていない。
この型は――やはり素人か、あるいは別人だ」
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田島が周囲を歩き、見つけた証拠品を差し出す。
「先生、橋の下にこれが落ちてました」
白布に包まれていたのは、血の付いた女物の小刀。
「女の物にしちゃ、刃こぼれが目立つ。誰かに貸し与えた可能性もあるな」
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文蔵が町人から新たな証言を聞き取ってくる。
「昨夜ここで、若い娘が泣きながら駆けていったのを見たって人が二人いました。
娘は着物を泥だらけにして、しかも手に血の跡をつけてたって……」
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録之助が低く唸った。
「また“型”をなぞっただけの、下手な斬り方……。
だが、斬り合いは真剣だったようだ。これまでの模倣犯と違う何かを感じるな」
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吉睦は巻紙に新たな斬痕を記録しながら、仲間たちの報告を一つ一つ吟味する。
血の飛び方、足跡の間隔、草履の脱げた位置――
細部を重ねるごとに、“斬る”という行為がこの町で妙な伝染を始めていることが、じわじわと浮かび上がってきた。
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田島は川のほとりを見回しながら言う。
「斬ったやつは、斬られる方と面識があったようです。
“泣いて謝っていた”って声も聞きました」
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文蔵が静かに頷いた。
「先生、この先もきっと……もっと大きな騒ぎになりますぜ」
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吉睦は春の川面に目をやった。
斬痕の記録と、未解決の謎。
ただの模倣で済まないものが、確かにこの町に根を下ろし始めていた――




