表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/36

鑑定記録の調査

翌日、浅草小塚原の屋敷に戻った吉睦は、灯明をともすと奥座敷の書棚に手を伸ばした。


 引き出したのは、黒革の綴じ帳――「斬痕帳ざんこんちょう」。


 そこには、吉睦がこれまで試し斬った刀の銘、銘振り、斬れ味、施主(持ち主)、試斬箇所(腕・胴・首など)、死体の状態までが、余白なく筆写されていた。

 鉄の語り、骨の割れ方、血の流れ方。すべてが“斬った者”にしか書けない密度で記されている。


 「肥前忠吉……無銘……のたれ刃文、反り浅し。斬痕、胴一重断ち」


 目録の一頁、そこに記された文字があった。


 「文政七年。試料は盗人・高橋重蔵。施主――鍋島藩・留守居役。納刀先、不明」


 吉睦の目が止まる。


 「納刀先が、記されていない……?」


 通常、試斬後は施主に戻されるか、鑑定所の蔵へ納められる。その経路が残っていないなど、まずあり得ぬ。


 吉睦は懐から小刀を取り出すと、帳面の脇に墨のにじみを見つけた。


 「……書かれた跡を削ったか。いや、最初から“書かなかった”のか」


 背後で、障子の影が動いた。


 「また、妙なことになっておいでだな」


 ぬっと入ってきたのは、吉睦の旧知――元南町廻り同心で、今は隠居の古道具屋、**柴山長兵衛しばやま ちょうべえ**だった。


 「鍋島の刀だってな。あそこの連中は、物が上等だが出所がいつも曖昧だ。裏手に忍ばせる商人筋も多い」


 「留守居役の名義で試斬に出され、戻された記録が消えている。あり得るか?」


 「ふん、あり得ぬ、とは言えんな。あそこには、江戸詰めの隠密組織があると聞く。“刀を使った実験”――していたら、表には残さんさ」


 吉睦は手を止めた。

 静かに閉じた帳面の端が、風もないのにわずかにめくれた。


 「その刀は、私が斬った。だが、いまそれは“他人の怒り”を帯びている」


 「斬られた者の記憶が、刀に残るのか……?」


 「違う。斬った者の“迷い”が、残る」


 吉睦の声が落ちた。


 「この刀をいま使っている者は、斬ることで“誰か”になろうとしている。御様御用の、な」


 長兵衛が言葉を飲んだ。


 「なら……次に斬るのは、“試し斬られる側”じゃねえ。今度は、“公儀の者”かもしれんぞ」


 吉睦は立ち上がった。


 「この刀の在処を洗う。鍋島藩の納刀台帳に記録が残っていれば、出所を追える。……だが、それには“口”の利く者が要る」


 「いるさ」

 長兵衛がにやりと笑った。

 「鍋島の内情に鼻が利く“元忍び”が一人。今も裏町で息を潜めている」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ