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山田浅右衛門 吉睦〜斬痕見立て帖〜  作者: やはぎ・エリンギ
第二章 影斬りの刀

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奉行所の夜 未解決の座敷

夕方、町奉行所の一室。

 吉睦、録之助、田島、文蔵、それに町医者が、畳の上に証拠品や記録を並べていた。

 薄暗い行灯の下、事件ごとに分けた巻紙、足跡の写し、血の付いた鍔の欠片――

 誰もが言葉少なに、その夜の“何か”を考え込んでいた。



---


 録之助が膝を鳴らしながら、現場の地図を広げる。

 「型が同じでも、毎度斬り手の“手癖”が違う。

 一件目は小森、二件目は左利き、今朝のは躊躇いがある。

 それに、どの事件にも“誰かに見られてる”感じがあるんだ」


 田島が手控えを読み上げる。

 「昨夜の町人の目撃証言です。“女が泥だらけで駆け込んだ”。

 “浪人風の若い者が女と揉めていた”とも。だけど、斬り合いは見てないと……」



---


 文蔵は頭を掻いた。

 「刀の“型”を町で真似てるやつがいるってのは知ってたが、

 まさか女や素人までがこんなことを……」


 町医者は、巻紙の端を押さえて言う。


 「どの遺体も、“最初の一撃”は綺麗なんですが、

 そのあとは力が抜けてます。慣れた手じゃない、明らかに“誰かの型”に憑かれてる」



---


 しばらく全員が黙り込む。

 行灯の明かりが、巻紙の斬痕の線を揺らす。



---


 吉睦は静かに語る。


 「型ってのは、見て真似できるもんじゃねぇ。

 ……だが、見様見真似でも“形”だけをなぞる奴が出てくると、

 斬られる側も、町も、いつのまにか“本物”を見失う」


 田島が戸惑いの声をあげる。


 「じゃあ先生、この町で今何が起きてるんですかい?

 “誰か”が皆に型を広めてる……?」


 録之助が首をひねる。


 「噂だな。町の茶屋でも、“斬痕見立て”の話をする連中が増えてる。

 小森の型に憧れる若い浪人――あるいは、もっと別の黒幕か……」



---


 文蔵がぼそりと呟く。


 「斬ることが“流行り”になるなんざ、江戸も末だ」



---


 静かな座敷に、外の風が障子を揺らす音だけが響いていた。



---


 やがて、録之助がぽつりと言った。


 「吉睦、お前の“斬痕見立て”は今も通じるのか。

 ……もし、本当にこの町が狂ってくるなら、

 斬痕に“残るもの”はもう、型だけじゃなくなるぜ」



---


 吉睦は、目の前の巻紙をじっと見つめていた。

 その指先には、まだ乾ききらない血の色が染みていた。




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