奉行所の夜 未解決の座敷
夕方、町奉行所の一室。
吉睦、録之助、田島、文蔵、それに町医者が、畳の上に証拠品や記録を並べていた。
薄暗い行灯の下、事件ごとに分けた巻紙、足跡の写し、血の付いた鍔の欠片――
誰もが言葉少なに、その夜の“何か”を考え込んでいた。
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録之助が膝を鳴らしながら、現場の地図を広げる。
「型が同じでも、毎度斬り手の“手癖”が違う。
一件目は小森、二件目は左利き、今朝のは躊躇いがある。
それに、どの事件にも“誰かに見られてる”感じがあるんだ」
田島が手控えを読み上げる。
「昨夜の町人の目撃証言です。“女が泥だらけで駆け込んだ”。
“浪人風の若い者が女と揉めていた”とも。だけど、斬り合いは見てないと……」
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文蔵は頭を掻いた。
「刀の“型”を町で真似てるやつがいるってのは知ってたが、
まさか女や素人までがこんなことを……」
町医者は、巻紙の端を押さえて言う。
「どの遺体も、“最初の一撃”は綺麗なんですが、
そのあとは力が抜けてます。慣れた手じゃない、明らかに“誰かの型”に憑かれてる」
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しばらく全員が黙り込む。
行灯の明かりが、巻紙の斬痕の線を揺らす。
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吉睦は静かに語る。
「型ってのは、見て真似できるもんじゃねぇ。
……だが、見様見真似でも“形”だけをなぞる奴が出てくると、
斬られる側も、町も、いつのまにか“本物”を見失う」
田島が戸惑いの声をあげる。
「じゃあ先生、この町で今何が起きてるんですかい?
“誰か”が皆に型を広めてる……?」
録之助が首をひねる。
「噂だな。町の茶屋でも、“斬痕見立て”の話をする連中が増えてる。
小森の型に憧れる若い浪人――あるいは、もっと別の黒幕か……」
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文蔵がぼそりと呟く。
「斬ることが“流行り”になるなんざ、江戸も末だ」
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静かな座敷に、外の風が障子を揺らす音だけが響いていた。
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やがて、録之助がぽつりと言った。
「吉睦、お前の“斬痕見立て”は今も通じるのか。
……もし、本当にこの町が狂ってくるなら、
斬痕に“残るもの”はもう、型だけじゃなくなるぜ」
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吉睦は、目の前の巻紙をじっと見つめていた。
その指先には、まだ乾ききらない血の色が染みていた。




