模倣の斬痕
町医者の検死が終わるころ、現場の空気は張りつめていた。
町人たちも少しずつ遠巻きに散り始めるが、吉睦と録之助、田島、文蔵はその場に残って捜査の手を止めない。
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「田島、文蔵、こっちの草履跡、もっと細かく見てみろ」
録之助が指示を飛ばす。
田島が、泥に残った足跡の形を小刀で丁寧に縁取る。
「先生、こっちの足跡……明らかに普通の町人じゃありません。歩幅も狭いし、着物の裾を引きずった跡まで残ってる」
文蔵は小声で言う。
「昨夜の雨のせいで、どれもぼやけてやすが……こりゃ、女物にしちゃ大きすぎる。だけど男にしちゃ細すぎる。年若い女か、痩せた浪人かもしれねぇ」
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吉睦は巻紙に現場の足跡を写し取りながら、もう一度遺体の傷口へ意識を向けた。
肋骨の内側に、刀が一度“止まった”痕がある――
(小森なら、一太刀で断ち切るはず。これは、途中で躊躇い、押し込んだ……)
「……切っ先が、いったん骨に引っかかってる。力の入れ方を知らねぇ素人か――あるいは、慣れていない手か」
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そこへ、町医者が診察道具をしまいながら歩み寄ってきた。
「浅右衛門どの、こりゃ妙ですぜ。
骨の割れ方もだが、血の流れ方が、前の三件とはまるで違う。何か……斬られた側が動こうとした形跡がある」
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田島がうなずく。
「現場に血が飛び散ってない。おそらく、斬ったあとすぐに倒れ込んでやす」
録之助が町医者に問う。
「刺客か、知り合い同士の揉め事か――?」
町医者は首を振った。
「いや、現場の足跡を見る限り、斬ったやつもすぐ逃げてる。二人とも相当に動揺していた様子ですな」
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そのとき、文蔵が人混みの外れから戻ってきた。
「親分、ちょいと変な話がありやすぜ。
表通りで、昨夜“泥だらけの娘”が慌てて茶屋に駆け込んだと。
血はついてなかったが、裾に細い赤い筋がついてたと亭主が言ってました」
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吉睦は足跡と現場の位置関係を再度確かめ、静かに記録を続ける。
(女が逃げた? 斬ったのは女か、あるいは連れの浪人か。
いずれにせよ、ただの模倣だけではない――
誰かが、何か“伝えよう”としている気配……)
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録之助が肩をすくめた。
「事件が増えるたび、訳がわからなくなるな。
どうせまた町奉行所じゃ“酔っ払いの喧嘩”で片付けられるんだろ」
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「いや、今回は何か違う」
吉睦は小声で呟いた。
巻紙には、型に似せた“別人”の斬痕と、細い血の痕――
春の風の中に、解けぬ謎がまた一つ、刻み込まれていった。




