深川偽りの型
深川の裏町――春まだ浅い朝。
町人たちが遠巻きに息を潜める中、吉睦は膝をつき、倒れた遺体と向き合った。
田島同心が近くで見守り、文蔵が現場の人垣を制しながら、録之助は周囲の状況を丁寧に見回していた。
吉睦はまず、斬られた胴の傷に目を凝らす。
着物の下、肋骨の間から腹部にかけて、鋭い斬痕が貫いている。
だが、骨の断ち方が荒く、深さが均一でない――
「型」は真似ているが、明らかに手練れの一撃とは違う。
「……やはり“模倣”か」
吉睦は低く呟く。
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田島が脇に屈み、手にした鍔の欠片を吉睦へ差し出した。
「先生、これ。泥にまぎれてたが、間違いなく事件と関係がありそうです」
吉睦は鍔をじっと観察する。
「悪くない作りだが、見栄えを気にしすぎている。……“使うための刀”じゃねぇな。
恐らく、この斬り手は“業物の型”ばかり追いかけているだけだ」
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そのとき、路地の向こうから足音が近づく。
文蔵が警戒の声をあげた。
「録之助さん、なんだか様子が変ですぜ。野次馬だけじゃない、どうも裏稼業の顔が混じってやす」
録之助は町人たちを遠ざけ、岡っ引き数人と周囲を見張らせた。
「吉睦、急ぎで頼む。こっちも動きが怪しい奴らが増えてる」
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吉睦はなおも遺体と現場を丁寧に調べる。
切っ先が着物の裾で微かに擦った跡、血の飛び方が先ほどより右へずれている。
「この“型”、確かに小森のものを真似ているが……動きが鈍い。
本物は、こうはならない」
その言葉に田島が同意した。
「先生、実は昨夜、ここで見かけた浪人が、斬り合いが起こる直前まで飲み屋で騒いでました。
酔っていたらしく、歩き方も怪しかったと町人の証言があります」
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文蔵も駆け寄る。
「それと先生、道端に女物の草履の跡があったってのは町人からの話です。
この路地を通る時間帯に女が二人、慌てて走り去ったとか……」
吉睦は膝を立て、草履の痕跡を探す。
乾いた泥に、小さな足跡が二つ。
その脇には、微かな血痕――だが人の傷口のものとは違い、細い筋のようだ。
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録之助が地図を広げ、町の流れを指さす。
「最近、この辺りで“型”だけを真似る素人の斬り合いが何件も起きてる。
だが、どれも未遂だったり、傷が浅かったり、何か腑に落ちねぇ。
――誰かが“模倣犯”を煽ってる気配がある」
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吉睦は巻紙に新たな斬痕を記録する。
傷の形、骨の割れ方、服の裂け目、周囲の足跡や血の向き――
一つ一つ、丁寧に筆で書き留めていく。
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日が高くなると、町奉行所の下役も現場を調べにやって来た。
田島同心が状況を説明し、文蔵が目撃証言を手帳に書き込む。
「……それにしても、こんな風に型だけ真似て斬るやつが増えるとはな」
録之助が低く呟く。
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吉睦はふと町人たちの中に、見覚えのある影を見つけた。
数日前、病床に見舞いに来ていた浪人――
今はただ、遠巻きに現場を見ているだけだが、その眼は何かを知っているようだった。
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現場の空気が重くなる。
吉睦は心の中で、事件の真相と“斬痕の意味”に思いを巡らせていた。




