再び始まる春
春の朝、町医者の静かな一室。
吉睦は白い天井を眺めながら、巻紙に書かれた過去の斬痕記録を指でなぞっていた。
肩や腹に巻かれた包帯の重さは消えないが、命が繋がったことへの安堵と、事件が終わっていないことへの妙な焦りが、胸の奥で静かに渦巻いている。
襖の向こうから、微かな人の気配――
静かに開いた障子から入ってきたのは、柳生録之助だった。
彼もまた、腕と脇腹に分厚い包帯を巻き、疲れた顔で、けれども無理に口元を歪めていた。
「……生きてるか、吉睦」
「どうにか、な」
二人は短い会話を交わし、しばし病室には沈黙が満ちる。
外からは、江戸の町に春の陽が差し始めていた。
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ふと、録之助が口を開いた。
「新しい事件が起きた。昨夜、深川でまた斬られ役が出た。……現場はお前の型じゃねぇ」
吉睦は眉をひそめた。
「もう、あいつ(小森)じゃないのか?」
「現場を見てきた同心の田島が言っていた。“前とは何かが違う”ってよ。町の岡っ引きの文蔵も、変わった草履の跡を見つけたと」
録之助の言葉に、吉睦の胸に再び警戒心が灯る。
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「これで終わった、なんて、やっぱり思えねぇな」
「現場、見に行くか?」
吉睦はゆっくりと体を起こし、包帯の上から着物を羽織った。
隣室では、見習いの吉昌が、吉睦の回復を気遣い茶を淹れている。
彼はまだ現場には連れて行かないが、既に刀や斬痕記録の整理は手伝っていた。
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その後、三人は町医者に礼を言い、春の陽が差す江戸の町へと歩み出す。
吉睦、録之助、田島、そして文蔵――
仲間たちが自然に揃い、再び“斬痕の謎”を追う旅が始まる。
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深川の新しい現場は、細い路地裏の行き止まりだった。
血だまりの傍らに、男の遺体が転がっている。
近くには、女物の草履の片方と、乾いた泥の足跡が続いていた。
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吉睦は、腰を下ろし、静かに死体の傷口を観察した。
「……一太刀で仕留めているが、骨の断ち方が荒い。“型”は似てるが……」
田島が傍に寄ってきて、血の付いた鍔の欠片を差し出す。
「現場で拾いました。やっぱり、前とは何かが違います」
文蔵も辺りを警戒しながら、町人たちに話を聞き回っている。
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録之助がしゃがみ込んで吉睦に囁く。
「やっぱり、“誰か”が型を真似てるだけかもしれねぇな。
本当にこれで全部終わるのか……」
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吉睦は静かに巻紙を取り出し、現場で新たな斬痕を記録した。




