囮作戦と再戦前夜
傷が癒え、二人は再び町へ出た。
春めいた夜の江戸。
だが町の空気には、まだ冬の名残が残っている。
人々の噂話に混じって、「また斬り殺された者が出たらしい」――そんな言葉が耳に入る。
吉睦と録之助は、町の茶屋や問屋を回り、わざと目立つように行動した。
「山田浅右衛門が新たな刀を試すらしい」「吉睦が町で見回りをしている」――そんな噂も、密かに町中に流れるよう仕組んだ。
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夜、橋のたもと。
「……あいつ、乗ってくると思うか?」
録之助が小声で訊いた。
「乗ってくるさ。今の小森には、もう“斬ること”しか残っていない。
おれたちが囮だとわかっていても、型の“完成”を捨てきれないはずだ」
吉睦が静かに答える。
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二人は、橋の上で静かに待った。
江戸の夜風が、桜の枝を揺らす。
遠くに足音――
「来るぞ」
録之助の声に、吉睦も身構える。
「今度こそ、逃がさねぇ。……絶対に」
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薄暗い夜道に、白い着物の人影がゆっくりと近づいてくる。
それはまっすぐ二人の方へ、ためらいなく進んでくる。
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小森彦次郎が、無言で立ち止まった。
空気が、ぴんと張り詰める。
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「二度も同じ手は食わねぇぞ、小森……」
録之助が刀に手をかけた。
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次の瞬間、再戦の火蓋が切られた――。




