記録調査と返り討ち
吉睦と録之助は奉行所の記録蔵に向かった。
重い蔵戸の向こう、古文書と巻物の山が二人を迎える。
「小森彦次郎……いた。文政九年、御前試合で異様な斬撃を披露。
対手は一太刀で胴を断たれ、観客騒然、審判即中止。その後、行方不明……」
吉睦が読み上げ、録之助がうなった。
「記録通りだとしたら……今起きている事件と型も似ている」
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二人はさらに、御前試合を知る道場の古老を訪ねる。
茶を啜りながら、古老はゆっくり語った。
「あれは、まるで“彫る”ような斬り方だった。傷の筋も、肉の裂け方も……普通じゃない。
斬った後、本人はひとことも喋らず、審判が止めたらそのまま消えた。……噂じゃ、最近あの町外れの長屋で浪人を見かけるってな」
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さらに町人、刀鍛冶からも情報を集める。
「景光写しを持った男が長屋に出入りしているらしい」
「夜更けに物音がして、次の日には竹が切り倒されていた」
「やせて無口だが、目だけが異様だった」
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――夜。
二人は裏道を抜け、町外れの長屋にたどり着く。
「ここか。……正直、気味が悪いな」
録之助が小声で言うと、吉睦も頷いた。
「だが、やるしかない。被害者は、皆一撃で斬られている。“型”まで同じだ。
放っておけば、また犠牲者が出る」
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長屋の灯りは消えていたが、戸の下からは微かな明かりが漏れている。
二人は呼吸を合わせ、ゆっくりと戸口を押し開けた。
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畳の上には、小森彦次郎が座していた。
吉睦たちが入ってくると、まるで何も驚かず、ただ静かに二人を見据えた。
「……あんたが小森彦次郎か?」
吉睦が問いかける。
男は、ゆっくりと顎を引き、答えた。
「俺に、何の用だ」
「深川で起きた斬殺――三人とも一太刀で、型まで同じだった。
現場に残された紙片、“景光写し 三尺三寸 三の型 合”。
お前がやったのか?」
小森は黙ったまま、畳に置いた“景光写し”の柄に手をかける。
「――人間を素材に、刀を仕上げているだけだ」
その声には感情の起伏がなかった。
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録之助が前に出る。
「てめえ、それで何人殺した!?」
「……足りないんだ。まだ、“型”が足りない」
その瞬間、小森が立ち上がった。
吉睦と録之助も、ほぼ同時に刀を抜いた。
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静かな緊張が満ちる。
「やめろ、これ以上斬らせはしない!」
吉睦が叫んだ。
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次の瞬間、小森が踏み込み、一直線に斬りかかる。
吉睦は受け止めようとするが、肩に焼けつくような痛み。
録之助も斬り込むが、小森の動きは鋭く、太刀筋が見えない。
「くそっ……!」
二人は必死で応戦するが、まるで小森の“型”の中に取り込まれていくようだった。
気付けば、吉睦も録之助も、深い傷を負って畳に倒れていた。
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小森はその場に立ち尽くし、二人を冷たく見下ろした。
「これで、また“ひとつ”仕上がった」
そして、何事もなかったように長屋を出て、闇に消えていった――
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吉睦と録之助は、血にまみれたまま気を失った。
夜が明ける頃、町人に発見されてようやく町医者へ運ばれた。




