銘を知る者
「“景光写し”――か」
柳生録之助は、紙片を覗き込みながら呟いた。
「最近、市中の刀剣問屋で出回っているらしい。仕込みは江戸か、もしくは相州の流れを汲む鍛冶だ。だが妙だな……」
「妙とは?」
吉睦が尋ねると、録之助は鼻を鳴らした。
「景光の写しは珍しくない。だが“人を斬るためだけに調整された写し”は異質だ。刃文の波が荒い。見栄えじゃなく、実用のために鍛えられている」
「つまり、業物の“皮”をかぶった、本気の殺人刀というわけか」
「その通り」
二人は、吉睦の屋敷の奥座敷――刀剣押形の部屋にいた。
江戸の名工からの写し、試斬記録、刀鍛冶の注文書……
その中から、吉睦は数年前に見たある依頼書を思い出した。
「……これだ」
吉睦が引き出した一枚の巻紙。そこにはこう記されていた。
> 『景光写し、長さ三尺三寸、刃渡り実戦調整、用途:据物試用。納入先:本所・伏見屋』
「伏見屋……あの本所の書物問屋か」
録之助が目を細める。
「そこに“実戦調整”の景光写しが送られていた――なら、それが今回の凶器である可能性は高い」
「問題は、誰が受け取ったかだ」
吉睦がふたたび巻紙をたぐる。
末尾に、受取人の名が記されていた。
> 〈受領之者:小森 彦次郎〉
「……小森、彦次郎……」
録之助の表情が一変した。
「知っているのか?」
「いや……知らん。だがその名、どこかで耳にしたことがある。……確か、御前試合の過去記録にあった」
御前試合――
数年前、老中主催で催された幕臣の剣術競技会。
その中で、記録に残らぬながらも「奇怪な技を披露した男」がいたという。
その技は――斬った後の傷が、まるで彫刻のようだった。
観客は凍りつき、審判は即座に打ち切りを命じた。
そして、その男は姿を消した。
「そいつが……“小森”だったかもしれん」
録之助の声は低かった。
「――ならば、奴は“斬る”ことそのものに取り憑かれている」
「そして、今なお……“完成品”を求めて斬っている」
吉睦は静かに言った。
「刀の銘を、自分の血で書くように。――人の肉に、“刀の完成”を刻んでいる」
外は、三月の風。
雪は溶け、だが空気にはまだ冷たさが残っていた。
春を迎えぬうちに――
また、誰かが斬られるかもしれない。




