第三章:影の銘
――文政十二年、晩冬。
深川の町で、三人の町人が、相次いで斬られた。
いずれも一撃。
胴を断たれた者、肩口から腰までを割られた者、そして首から胸を裂かれた者。
傷は深く、鋭く、容赦がない。
それなのに――不思議なほど、美しかった。
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「……斬痕が整いすぎている」
山田浅右衛門・吉睦は、白布の下に並べられた三つの遺体を前に、わずかに眉をひそめた。
「人を斬って、こんなに均一な“型”が出るものか……」
傍らの町奉行所与力が、冷たい息を吐いた。
「型……?」
「刀で斬られた痕の“形”のことだ。骨の断ち方、肉の裂け方、皮膚のめくれまでが――まるで手本のように、同じ角度だ」
「そんなことが……」
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吉睦は、死体の脇に落ちていた小さな紙片を拾い上げた。
墨書された文字。
〈景光写し 三尺三寸 三の型 合〉
与力がたじろぐ。
「こいつは……何だ? “型”? “合”?」
「“合格”の『合』だな」
吉睦は低く言った。
「――これは、刀の“試し斬り”だ」
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与力が顔をしかめた。
「試し斬り……って、役所の御様御用の、それじゃないですか」
「違う。これは“誰かが勝手にやった”ものだ。
試すのは……刀の“性能”じゃない」
吉睦は、最後の遺体の胴を斬った箇所を指差す。
「これは……刀を“仕上げている”。
人を斬って、刀そのものを“完成させようとしている”」
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静寂が落ちる。
白布がかけ直され、死者の顔が闇に沈む。
「……あの景光ってのは、有名な刀なんですか?」
与力の問いに、吉睦はうなずいた。
「相州伝、長船景光。南北朝の名工。だがこれは本物ではない。写し――偽物でも模倣でもない、“あえて模した業物”だ」
「そんなもんで、斬れるんですか?」
「斬れるさ。人を斬るには、むしろ好ましい」
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吉睦は静かに言った。
「――問題は、“斬ったのが誰か”じゃない。
“なぜ、こうまでして斬ったのか”だ」
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夜の空気が、遺体安置所の中でしんと冷えた。
誰かが、己の刀の“完成”のために人を斬っている。
何度も、何人も。
それは、“刀剣試験”などではない。
――人間を素材にした、芸術的な殺戮だった。




