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山田浅右衛門 吉睦〜斬痕見立て帖〜  作者: やはぎ・エリンギ
第二章 影斬りの刀

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16/36

斬痕封殺

場所は、江戸郊外――かつて山田家が“据物斬り”を行っていた旧試斬場の納所跡。


 吉睦は、誘い出された。


 封じたはずの鞘が、そこに安置されているという、名を伏せた文。


 「……来ると思ったよ、吉睦さま」


 冷気の中から現れたのは、黒江惣十郎くろえ そうじゅうろう

 かつて山田家で押形と記録を司った男。筆跡を真似、斬痕を写す“影”の記録人だった。


 「あなたの名も筆跡も、私はすべて写せる。

 いや――私こそが、“吉睦”そのものを継ぐべき者だ」


 納所の奥。

 乱雑に置かれた偽の押形、晒し者のような死体。

 吉睦が追っていたすべてが、ここに“仕組まれていた”。



---


 「……ならば証明してみせろ。

 “斬る”に値するかどうかを――その身で」


 吉睦は静かに鞘を構える。


 だが次の瞬間、床板が崩れた。


 「……っ!」


 落ちかけた右脚を咄嗟に引いたが、足首が裂ける。

 納所に仕込まれた崩落の罠が発動したのだ。


 鼻を突く煙。香が焚かれていた。

 目が霞む。呼吸が乱れる。

 ――地の利を奪い、五感を鈍らせる“記録人のための斬場”。


 「これは再現だ、吉睦さま。

 あなたが斬った“記憶”を、今、私があなたに刻む!」



---


 黒江の踏み込みは速かった。


 刀ではない、鞘で斬る。その速度、角度、間合い――

 まるで“斬痕”を逆算した一撃が次々と襲ってくる。


 吉睦は受けた。

 裂帛の気合とともに、鞘で弾き、受け、返す。


 だが、足が利かない。


 視界も歪む。


 斬撃ではなく、“記憶”に殺される――



---


 四十合を超えた。


 右肩を裂かれ、左腕が痺れる。


 吉睦の息が、乱れる。


 そのとき。


 ――ドンッ!


 天井の格子が破れた。


 そこから録之助が転がるように落ちてきた。


 「――どきやがれッ!」


 手にしていたのは、町方の仕込み棒。

 その石突きを振るって、黒江の脇腹を鋭く打ちつける――!


 「ぐっ……!」


 黒江の体勢が崩れた。


 その一瞬。


 吉睦は最後の力を振り絞って鞘を突き出す。

 喉元に、止めの一撃。



---


 静寂が、戻った。


 録之助が喘ぎながら言う。


 「ったく……また勝手に出ていきやがって。

 死人になるつもりかよ、あんたは……」


 吉睦は血まみれの肩を押さえながら、地に座り込む。


 「……“名”は、斬らぬ限り、増殖する。

 “斬痕”とは、刀のことではない……記録に憑いた、人の執念だ」



---


 数日後――


 黒江惣十郎は町奉行に引き渡され、押形と記録帳は焚かれた。

 山田浅右衛門吉睦の名は、改めて“真”と認められる。


 だが、吉睦は思う。


 ――人は“記憶”を斬れぬ。

 その“名”とともに、いつかまた、新たな斬痕が生まれるだろう。


 だとしても――俺は、封じ続ける。


 刀の語る声が尽きるまで。


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