封じたはずの記憶
典膳の死から、わずか三日後。
江戸・牛込の町外れで、第四の死体が見つかった。
胸部に外傷はなし。内臓が内部から破裂し、死因は“心臓の炸裂”。
そして遺体の傍に置かれていたのは――
**「山田浅右衛門吉睦 試之」**と刻まれた、見事な銘の押形紙。
それは、吉睦の手による**“真贋不明の偽押形”**だった。
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「……おい、冗談じゃねえぞ」
録之助の声が震えていた。
「この押形、どう見たってあんたの筆跡だ。
しかも、鞘の構造も……“香月堂”の細工と同じだ」
吉睦は、黙って押形を手に取った。
筆致、紙質、墨の濃淡、押印の角度――どれも完璧。
だが、彼には“書いた記憶がない”。
「……この手口。まさか、典膳が生きて……?」
「いや。死体は俺が見た。あれは確かに、典膳だった」
録之助が低く呟く。
「じゃあ、“誰かが典膳の後を継いだ”ってことか。
しかも、あんたの“名”まで使って」
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吉睦は、ゆっくりと座敷に腰を下ろした。
目を閉じ、深く息を吐く。
「……“記憶は斬っても、斬りきれぬ”か」
鞘を封じ、帳を焼き、記録を絶ったはずの事件。
だが、それでもなお――“名”だけが、再び人を斬っていた。
「吉睦さま。俺ぁ知ってる。あんたは誰よりも、“斬らないために、斬ってきた”人だ」
録之助の言葉に、吉睦はかすかに微笑んだ。
「……“誰かが、俺になろうとしている”。
ならば、俺は俺の手で、その“記憶”を断たねばならぬ」
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夜の山田家。
座敷の灯がひとつ、ゆっくりと消えた。
――だが、どこか遠くで、もう一つの鞘が音を立てていた。




