斬れぬ戦い、封じられる記憶
深川・霊岸島――。
人けのない石畳に、黒漆の鞘が、静かに音を立てた。
「……山田の名は、いずれ終わる」
奥山典膳は、鞘を下げたまま、構えをとる。
その姿は異様だった。刀を抜かぬまま、気迫だけが空気を裂いていた。
一方、吉睦もまた、試斬に用いた同型の“音殺しの鞘”を手にしていた。
「終わらせるために、私は来た。
記憶を斬ることができるのは――封じる者だけだ」
二人の間に、風が走った。
典膳が踏み込む。
――ズンッ。
重い空気が揺れると同時に、石畳が一枚、中央から真っ二つに割れた。
「……刃がなくとも、意志は届く」
典膳の言葉と同時に、吉睦が動いた。
「ならば――その意志ごと、受け止めよう」
彼の鞘が、横なぎに走る。
ぶつかり合ったのは、形なき“圧”だった。
振動。空気の共鳴。
風鳴り。震動音。気配――すべてが刃の代わりに響き合い、**無数の“斬らぬ斬撃”**が空間を満たした。
そして――
典膳の体が、ふっと揺れた。
口元から、薄い血が滲む。
「……やはり、吉睦さま。あなたの“封じ”は、美しい」
そのまま、音もなく膝を折り、崩れ落ちた。
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翌日、事件は幕引きとなった。
香月堂の仕込み鞘と帳面は、町奉行に提出され、山田家の記録として封じられる。
吉睦は、ひとり、山田家の納所にて典膳の遺した“記録帳”を焼いていた。
「斬って、残すことが“罪”なのではない。
それを、“誰にも渡せぬもの”とすることが――私の業だ」
そう呟くと、帳の最後の一頁を、炎の中に滑らせた。
鞘は、封印された。
典膳は、死んだ。
そして――
もう一人の“斬り手”は、未だ動いていた。




