典膳の殺人美学と“記録の呪縛”
神田明神裏の廃寺跡。
冬の木立に陽が沈み、空気は澱んでいた。
その中で、奥山典膳は、ただ一人、静かに鞘を拭いていた。
黒漆塗りの、音を殺した“斬れぬ刀”――
「……斬らねば、語らぬものもある」
彼の独白が、闇の中にぽつりと落ちた。
「記録は残せぬ。言葉は歪む。
だが、斬り痕は、嘘をつかぬ」
典膳は、懐から古びた帳面を取り出した。
そこには、これまでの“斬り”の記録――
肉の裂け方、内臓の位置、音の反響と死に至るまでの時間……細密に記されていた。
「斬った者の“意志”は、刃に染み込む。
ならば――その意志を、鞘に封じてしまえばよいのだ。語らぬ記憶が、最も純粋だ」
彼は、筆を止めた。
「吉睦さま……あなたは“封じた”が、私は“残す”。
あなたが“責任”と呼んだものを、私は“記録”と呼ぶ」
彼の顔に浮かんだのは、狂気ではなかった。
誇り――斬るという行為に殉じた者の、それに近い、透徹したものだった。
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その夜。
典膳は、三人目の“記録対象”を求めて、町に姿を消す。
だが、彼の背後を、もう一つの影が追っていた。
「……奥山典膳。お前はやはり“使える”。
その“刃なき鞘”――我が手に渡れば、“本懐”に近づく」
闇に溶けるような声。
その者の手には、香月堂の古帳面と、吉睦の筆跡を模した銘文が握られていた。
「“吉睦見立て”――偽られた鑑定ほど、世を惑わせるものはない」




