怪奇探偵※推理するとは言ってない
「少し遅くなっちゃったわ。もう真っ暗ね」
日が沈んだ道を、高校生の少女が早足で歩いている。
少女は文芸部に所属しており、図書室で評論を書いていたら遅くなってしまったのだ。
「うう、このあたりの道は街灯も少ないから怖い」
暗闇は人間に根源的な恐怖を与える。その恐怖を紛らわせるように、独り言を呟きながら帰り道を進んでいると、道路わきにうずくまる子供の姿があった。
少女は善性のの性格をしているのか、地震の恐怖を押し殺してうずくまる子供に近づき声をかける。
「君、大丈夫どこか調子が悪いの?」
少女が声をかけ、手を差し出すと子供がバッとその手をつかんだ。
少女が驚いて、手を払おうとするが振り払えない。
文芸部とはいえ、高校生が振り払えないほどの握力を子供は有していた。
「いやっ。離してっ」
子供の雰囲気に異常なものを、感じ少女が藻掻くが子供は手を放すことなく顔を上げた。
すると、たちまち子供の体が大きく毛むくじゃらになり、見上げるほどの巨体になった。
「きゃあああああああっ!」
やがて、少女の悲鳴は途絶え、何事もなかったように静寂が戻った。
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春になり少し暖かかくなってきた日差しの中、緑がかった髪を後ろでちょこんと結んだ小学生くらいの子供が、公園のベンチに腰掛けスマホを操作していた。
「ぬああっ!またSR。200連して完全爆死ぃ!運営の鬼め」
どうやらソシャゲをしていたようだった。
ガチャで外れて、力尽きたようにベンチに横たわった。
ぐてっと、ベンチに体を預け、空を見ていたら不意に影が差した。
「君、こんな時間に公園なんかにいて、学校はどうしたの?」
「その言葉は、そのままあなたに返すよ。その制服は如月高校の制服でしょ。3時くらいなら、まだ授業時間だと思うけど?」
影ーーー茶色の髪をサイドアップにした、活発そうな美人というよりはかわいらしいという表現が似合う高校生の少女に問いかけられて、子供がそう返すと、
「あたしは調子のおかしいクラスメイトを、家まで送っていったの。理由があるの。」
「なるほどね。まあ、ボクはそもそも学校に通っていないからね。どこに居ても問題ないんだよ」
「ええっ。学校に行ってないなんて、不登校?お姉さんが相談にのるわよ。ああ、あたしの名前は五月リラ。よろしくね。ええと……」
「令和の世には珍しいおせっかいだね。レッドデータブックに載っているんじゃないかい。別に相談が必要とも言っていないんだけど?」
少女ーーーリラを子供が軽くあしらう。
しかし、おせっかいと善意の塊のような少女は、まったくめげることなく子供に迫った。
「君も随分と図太そうだし、大人びているからね。そういう子には押せ押せでいっても大丈夫でしょ。ね、名前を教えてよ」
「あなたには、図太いなんて言われたくないね。まあ、いいや。ボクの名前は鑑明だよ。よろしくしなくてもいいけど」
「ほんっと、子供らしくないね。もしかして、謎の組織に薬を飲まされたとか?」
「そんな薬が現実にあるわけないでしょ。高校生にもなって現実の区別くらいつけた方がいいよ」
子供ーーー明が、やれやれといわんばかりに首を振ると、リラが「ムキーッ!」と地団駄を踏んだ。
感情表現豊かなリラをほほえましそうに見ると、明はリラに話しかける。
「ごめんごめん、からかいすぎたね。それでボクは生活に問題はない。問題があるのはあなたの方じゃないかい?」
「え?」
リラが地団駄をやめて、驚いた表情で明をみる。
「さっき調子が悪いではなく、調子がおかしいって言っていたからね。そのクラスメイトさんは体調不良以外のことだったんじゃないかなって。」
「わっ!明君、探偵みたいだね」
リラが勢い込むのを、明は顔を引きつつ言う。
「唾を飛ばさないでくれないか。こんなので探偵扱いされたら、じっちゃんが飛び蹴りしてくるよ」
「明君のお祖父さんって探偵なの。じっちゃんの名にかける感じ?」
「いいや」
明にからかわれて頬を膨らますリラに満足したのか、明が尋ねる。
「さて、話を戻そうか。君のクラスメイトの話だよ」
「ああ、そうそう。あたしのクラスの子なんだけど、もともと成績も優秀で物静かな子だったんだけど、ここ1週間ほど奇行が目立っているの」
「奇行?」
明の疑問に、リラが頷いて答える。
「うん。最近は目が虚ろで、事あるごとに唸り声をあげたり、今日なんて机をへし折ったの。信じられる?その子、部活も文芸部よ。というか、普通の人間に机って折れるものじゃないわ」
「へえ」
「それで、さすがにおかしいまま授業を続けるわけにもいかないから、あたしが自宅に連れて行ったのよ。その時に会ったお母さんも憔悴していたし、自分が自分でなくなるなんて辛いと思う。だから、助けてあげたいと思ったの。でもどうすればいいかわからなくて………」
リラの話を聞き、少し考えこんだ明は
「机を折るほどの力を発揮した子を、リラが連れて行ったの?」
「呼び捨て……。まあ、いいわ。そうよ」
「つまり、リラはそれ以上の力を持つってことだね。五月って五月とも呼ぶし、つまりは、五リラーー<ガシッ>」
「それ以上言ったら…………つぶすわ」
「ゴメンナサイ」
アイアンクローで顔を鷲掴みにされ、吊り上げられた明は速攻で謝った。
顔をさすりながら、明はゴリラ、もといリラに話を続ける。
「その子は友達でもないんだろう?それなのに、リラは助けたいのかい?放っておいても、リラには損はないと思うよ」
そういう明に、リラは軽く笑っていった。
「損よ。あたしがそうしたいと思ったのにやらなかったら、後で後悔が残る。後悔はあたしが未来に進む歩みを鈍らせるの。だから損よ」
そういうリラを、見て明もかすかに笑って言う。
「感覚的過ぎて何言っているかわからないな。リラ、あなたは普段の説明でも擬音ばっかり使っているタイプだろう?」
「え?どうしてわかったの?」
リラの疑問をスルーして、明は一つため息を吐き、リラを真っすぐ見て言う。
「まったく……君みたいな人間を見たのはずいぶん久しぶりだ。少し気が向いたよ。ーーーあなたがその人を救いたいというならば、今回は力を貸そう。ボクをその子のところまで連れて行ってくれ」
「?ふふっ。ありがと。でも、暴れたりするし、危ないよ。子供を危ない目に合わせるなんてできないよ。それに、明君に何ができるっていうの?」
子供が背伸びをして、慰めてくれていると思っている言葉にムッとした明が言葉を続ける。
「そこは、g……リラが守ってくれるだろう?あと、何ができるかは言葉で言っても信じられないだろうから、その時見せるよ。報酬はガチャ石を買ってくれ。30連でいいよ」
「え”」
リラがお金取るのといわんばかりにぎょっとするのを尻目に、笑いながら明が歩き始める。
「探偵には報酬があるものだろう。さあ、行こうか」
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「そうそう、そのクラスメイトというのはどういう子なんだい?」
道すがら、明が尋ねると、リラはあまり詳しくないけど、と前置きをして説明を始めた。
要約すると、名前は綾篠森前述のとおり優等生で、物静かな文学少女というものだ。取り立てて社交的なわけではないが、内省的というわけでもなく友人もそれなりにいるらしい。
また、家は資産家らしく、先ほど学校から送った時にみた家は豪邸であったとのことだ。
「なるほど、家が広いのは好都合かな」
「何をする気?」
「リラが暴れても、音が外に響かないだろう?」
「暴れないわよ!人を狂暴扱いするなーっ!」
うがーっと叫ぶリラに楽しそうな目を向ける。
「でも、いたいけな子供にアイアンクローしてたし」
「人聞きが悪い!いたいけな子供にはしてないわよ」
「そうかい?まあ、確かに普段は穏やかかもね。森の賢者は」
「賢者?……ふふん。分かればいいのよ」
言葉の意味を知らずドヤ顔をするリラを、明は苦笑しながら見ている。
軽口をたたきながら、歩いていると豪邸とといわんばかりの住居が見えてきて、表札には<綾篠>と書かれていた。
「本当に立派な豪邸だねぇ」
「でしょ」
自分のことでもないのに胸を張るリラを呆れた目で見て、明は最大の問題点を告げる。
「それで、とりあえずここまで来たけど、綾篠森にはどうやって会う?」
「え?明に案があるんじゃないの」
「リラに案がないなら、とりあえずお見舞いに来た体で話をしてみればどう?」
「さっきの今だし、会ってくれるかな……」
困ったようにインターホンに向かい、しばらく応答をした人と話をして戻ってきた。
「ダメだった。出てくれたのはお手伝いさんだったけど、綾篠さんはお休み中なのでお会いできません。ですって」
「そうか。まあ、聞いているような状態なら人に会わせようとはしないよね。それならば、あちらから話をしてもらうか」
そういうと明は、少し離れてどこかに電話をかけて話をし始めた。
電話の相手とは親しいようで、気やすい雰囲気で話をしているようだった。
やがて、電話を終えて戻ってくると右手の親指と人差し指で丸を作って示した。
「つてで、ボクらを紹介してもらうことになった。そのうち、出てくると思うからここで待とう」
明はそういうと、地面に腰を下ろしてくつろぎ始めた。
リラは今更ながら、明のことを何も知らないことに思い当たり声をかけようとしたところで、玄関が開き年かさの女性が姿を現した。
それを見て、明は玄関に向かって歩き始めたため、声をかけそびれてしまった。
後で聞けばいいと思い、明に追いつくように小走りで駆け寄った。
玄関に駆け寄ると、年かさの女性は2人が子供と学生であることを訝しんだのか眉を寄せたが、表情を改め森の母のいる居間まで案内をしてくれた。
居間にたどり着くと、疲れた顔をして少しやつれているが綺麗な女性がいた。この女性が森の母親なのであろう。
「先ほどお会いしたばかりですが、お邪魔します」
「ああ。あなたは先ほど森を送ってくれた子ね。確か五月さんだったかしら?」
「はい。五月リラです」
「そう。それでそちらの子が天都さんから紹介のあった子ね?」
「うん。ボク鑑だ。早速だがあなたの娘のところに行かせてもらうよ」
「ええ。案内するわ。ついてきてちょうだい」
森の母親は紹介されたのが子供だったからか、不思議そうな顔をしたが、藁にも縋る思いで2人を案内することにしたようだった。
森の母親に案内されて、部屋の前まで行くと唸り声が聞こえてきて、母親は辛そうな顔をしていた。
扉の前まで来ると母親とリラを下がらせ、扉を開いた。
部屋の中を覗き込むと、ベッドの上にぼさぼさの髪をして顔を歪ませて睨み、唸り声をあげる少女がいた。おそらく彼女が綾篠森なのだろう。
「森、森!どうか、どうか、森を助けてください」
森の姿を見た、森の母親が明にすがる。
「危ないから下がっていてよ。……にしても、これは思っていたより、厄介かもね」
明が汗を一筋垂らしながらつぶやく。
「どうしたの?分からなそう?」
リラの問いに、手招きをしながら答える。
「いいや。アレの正体を暴くのは簡単なんだけどね……リラ、悪いけどボクを森君に向かって持ち上げてくれるかい」
「え……。分かった。これでいい?」
リラが明のわきを掴み、森に向かって掲げるように持ち上げる。
「ああ。そのまま、落とさないでくれよ」
言うや否や、明の姿が歪み始める。
「ええっ。明!これ大丈夫なの⁉」
「いいから、きちんと持っていてくれ」
戸惑うリラに、明が答えるうちにゆがみが治まり、明が着ていた服が床に落ちた。
そして、明を掴んでいたはずの手には20cm位の銅鏡を持っていた。
「えええええっ!ナニコレ!明!どこ行ったの!」
『あまり揺らさないでくれ。この鏡がボクだ』
リラは動揺のあまり鏡を振り回すが、鏡から声が聞こえてきて動きを止める。
「え、もしかして明?」
『ああ、ボクだ。とにかく森君にボクを向けてくれ』
「う、うん。分かったよ」
銅鏡を森に向けると、鏡面に映る森の姿が次第に大きく膨れ上がり、毛むくじゃらの鼻が大きい3m程の巨人が映し出される。
巨人の姿が映ると同時に、森が苦しみ始め鏡に映る姿と同じになる。
それを見た母親が悲鳴をあげ、それに反応するように巨人が前屈みになる。
『まずいね。攻撃態勢にはいったよ。正体を暴かれて、怒ったかな…』
「コレってヤバくない!どうするの?」
慌てるリラに、明は落ち着いて答える。
『こういう時には、最適な方法がある。とある不動産王も実践していた方法だ』
「そんな方法があるの?」
『ああ、それは……逃ーげるんだよぉー!』
「えええええっ!」
『とにかく、森ママを連れて広いところに出てくれ。庭まで出れれば一番いい』
「わかったよ!」
やけくそ気味に叫び、森の母親の手を引いて走り出す。
「明、あれって何なの?」
走りながら、リラが問う。
『あれはトロールという名の妖精だ』
「へっ?--ハゲてないし、原始人服じゃないし、それにトロールってモンスターじゃないの?」
『それは国民的RPGのヤツだろう。元ネタである伝承では妖精の1種だ。そもそも君の話を聞いたときにボクは怪異を疑ったんだ。精神疾患や薬では机を割るような力を女の子が出せるはずがない。ゴリラJK以外は……』
「ーーー割られたい?」
『ゴメンナサイ』
「それで」
『怪異なら憑依か、チェンジリングかと思ったんだ。それなら、どちらでもボクなら正体を暴けるから解決可能と思ったんだけど……まさかトロールとはね。フェアリーかエルフくらいかと思ったよ』
「そう!それ!明って何者なの?」
人の姿をしていたら、肩をすくめているだろう姿を思い浮かべながら、リラは先ほどから聞きたかったことを尋ねる。
『ボクは雲外鏡という妖怪、真実を映す鏡の付喪神だよ』
「へぇー。妖怪なんているの?」
『目の前にいるだろう。のんびり話している余裕があるなら、もっと速く走れ!』
「これ以上速くしたら、おばさんが付いてこれないよ!」
『---くっ』
幸いトロールはあまり足が速くないが、体力のない森の母親は息が切れており今にも倒れそうだった。
そして、ロビーに出たところで母親が力尽き、ついに追いつかれた。
『リラ。ボクをもう一度ヤツに向けてくれ』
「こう?」
『ああ、それでいい。劣化複写!』
明が叫ぶと、鏡面が光り照らされた場所に蛇と河童と百足が現れた。
『蟒蛇、河伯、大百足。トロールを倒せ!』
明の呼びかけに3体がトロールに向かっていく。
『今だ!森ママさんを安全な場所に』
「分かった!」
リラは母親を部屋の隅に連れていき、壁にもたれかけさせた。
「明、あんなことができるなんてすごいじゃない!もう大丈夫だね」
『ーーーいや。ボクが映したことがある妖怪を複製しているんだけど、能力がオリジナルに比べて格段に落ちるんだよ。だいたいにして能力は半分程度までしかないね。あっはっは』
明がやけになったように言って笑うのを聞いて、リラが憤慨して言う。
「笑い事じゃないよ!とりあえず蹴り飛ばせばいけるかな?」
『発想が脳筋過ぎる⁉いや、退魔力ーとか、霊力ーとかないと、物理は効かないよ』
『ええーっ!じゃあどうするの?』
『相手の体力が尽きるまで物量戦かなぁ』
リラの問いに、少しうんざりしたような声音で明が答えた。
「妖怪さんたちが可哀そうじゃない?」
緊急事態ではあるが、リラがお人よしを発揮して言うと明がさらっと答える。
『複製には心はないよ』
その言葉を聞き、リラは少し考え明にある提案をした。
「ねえ、頑丈そうな妖怪をたくさん出してくれない?」
『まあ、いいけど………どうするの?』
「いいからっ!お願いね」
『はあ……。分かったよ。劣化複写』
明は怪訝な様子で、片車輪、大亀、ぬりかべ、化け蟹を出したところで、トロールと戦っていた最後の1体が倒され消えていくところだった。
『出したよ。ここからどうするの?』
「ありがと。まあ、見ててよ」
リラはそう言うと、明を壁に立てかけると、片車輪に近づきおもむろに掴み持ち上げる。
そのまま、トロールに走り寄り勢いのままに打ち付けた。
『----はっ⁉』
人の姿であれば、目を剥いていただろう程に驚いた。
リラはトロールが腕を振り回すのを躱し、片車輪で受け止め、お返しとばかりに殴りつける。
顔がボコボコになった、哀れな片車輪が消えると大亀に近づき同様に鈍器にする。
気のせいか、心がないはずのコピー妖怪たちの顔が<えっ。自分たちも鈍器にされるんすか?>と絶望しているように見える。
『さっきは可哀そうって言っていたのに……思い切りが良すぎだよ……』
きっちり、4体使い果たした時にはトロールは蹲るだけになっていた。
明は人に姿を戻しリラとトロールの傍によった。
それを見て、リラは目を全開にして叫ぶ。
「%&*@#$!明!全裸で歩き回らないでよ。っていうか、ち○こがない。君、女の子だったの!」
「服は森君の部屋に置いてきてしまったから仕方ないじゃないか。それと、人前でち○こなんていうもんじゃないよ」
明はそういった後、からかうような顔をした。
「それにしても、ボクのことをもしかして男の子だと思っていたのかい?」
「だって、ワイシャツとズボンの格好で、自分のことをボクって言ってたし………」
リラは焦って釈明しながら、改めて明を見た。
緑がかったボブヘアに紫色の瞳、薄い体をしているが少し胸も膨らんでいて、中性的な容貌をしているがまごうことなき女の子であった。
「その、ごめん。っていうか、これを着て。少しは隠して!」
そう言いつつ、少し顔を赤くしながら自分の着ていたブレザーを明に着せる。
「うん。ありがとね」
微笑ましそうに礼を言いながら、ブレザーのボタンを留め、トロールに向き直る。
そして、心が折れて毛の隙間から怯えた目をのぞかせるトロールに話しかけた。
「さてトロール君、君がさらった女の子を返してくれないかな?君からは悪意を感じられなかったから、森君を気に入ったのだろう。ならば、森君は生きていて隠されているのだと思うが違うかい?」
明の質問にトロールは黙り答えない。
「だんまりされると、またリラが暴れてしまうなぁ」
トロールは見上げるばかりだったが、明がそう言い、リラが指を鳴らすとトロールは高速でうなずき空中に手を差し入れると、森を取り出した。
森の意識はないが、寝息が聞こえるので眠っているだけだろうと思えた。
リラがトロールから森を受け取る。
「森!」
それを見て、森の母親が走り寄り、森を抱き寄せる。
「ありがとう。素直に応じてくれて、助かるよ。しかしだね、気に入ったからといって、森君に迷惑をかけると嫌われてしまうよ」
明の言葉にトロールは焦ったように、手をブンブン振る。
「ふむ。嫌われるのは困る……と。では、森君と友達にでもなりたいのかい?」
明が問うと、トロールは首を縦に振る。
それからしばらく、明はトロールに質問を繰り返し、トロールは身振りで答えていた。
そうこう話をしていたところで、森が目を覚ました。
「うぅ…ん。---あれ、わたし……」
「おはよう。あなたは眠るまでをどこまで覚えているかな?」
目覚めた森に、明が尋ねると森はまだ寝ぼけているのか、ぼうっとしながら答える。
「えっと…。学校から帰って………。はっ!子供が大きな怪物にっ!ひっ!」
森が記憶をたどり、トロールと会ったところを思い出したところで、蹲るトロールを見てひきつった悲鳴を上げる。
森の反応を見て、トロールが心なしかしょんぼりする。
「落ち着いてくれ。彼はもう大丈夫だ。そこのゴリラにボコられて大人しくなったからね」
「真面目にやれ」
明が森を落ち着かせるために状況を説明したところで、額に青筋を浮かべたリラに頭頂を鷲掴みにされる持ち上げられる。
その様子を見て、森の恐怖に強張っていた頬が緩んだ。
「彼がどうして日本にいたのかは本人もわからないらしいが、心細さから蹲っていた処にあなたが声をかけてくれた。その上、あなたはトロールという妖精に会ったことで、妖精に好かれる性質が開花したようだ。先祖に妖精か妖精と契約をしたものがいたのかもしれないね。ともあれ、あなたに好意を持った彼はトロール流の好意の表現としてあなたをさらったというわけだ」
リラの手をタップして、降ろしてもらった明はトロールから聞き出したことを説明していく。
「そうだったのね」
明のから聞いた事情を頭の中で整理して、森は蹲るトロールを見ると、そう呟いた。
「これから大変だし、そう簡単には許せないかもしれないが、少し歩み寄ってくれ。彼には君の処に居てもらわなくてはいけないわけだし」
「「「え?」」」
聞き逃せないことを言った明を、驚きの声を上げた森と母親とリラが見る。
その様子を見て、明は少し考える様子を見せたが、真顔をつくり森に向ける。
「森君、ボクが先ほど言ったことを覚えているかい?」
「え?----あっ!そういうこと!それでなのね……」
「森君は察しが良くて助かるよ。ぜひ、リラも見習ってくれ」
「今日会ったばかりなのに、なんか色々見透かされてる気がする。うぅぅ。それはともかく、どういうことなの?」
森とは違って、まったく分かっていなさそうなリラに、明は面倒くさそうに説明する。
「さっき、ボクは森君が<妖精に好かれる性質が開花ようだ>といったんだ。つまり、これから森君の周りでは妖精による騒動が増えるというわけだ。日本はあまり妖精は多くはないとはいえ、交通手段が便利になった現代ではそれなりにいるんだよ。そして、妖精の行動原理は人間とは全く違うから好意を持たれたとしても残酷な結末も多い」
「ええっ!大変じゃない。何とかしてあげてよ、明。私も出来ることがあるなら手伝うよ!」
森の置かれている状況を理解して、リラは明を揺すりながら懇願する。
「おぶっ。おぶっ。リラ……揺らすのはやめてくれ。は、吐く」
リラの力で揺すられた明は、目を回している。
明の宣言を聞いたリラは、慌ててポイっと明を放り投げ捨てた。
「うべっ。リラあなたはボクの扱いが雑すぎないかな?まあ、ともかく、森君に関しては四六時中ボクらがついているわけにもいかないだろう?だからこそのトロールだよ」
「どういうこと?」
察しの悪いリラに呆れていると、森が明に答え合わせをするように問いかける。
「五月さん。おそらく彼女はトロールを私の護衛にしようとしているのではないかしら。違うかしら?ええと……明さん?」
「ああ、名乗っていなかったね。ボクは鑑明。明と呼んでくれ。あなたの解釈で間違いないが、少し補足をしよう。トロールは妖精でも強い部類だ。その気配を纏わせていれば、離れていたとしてもそうそう絡まれないだろう」
明の捕捉に、納得した表情をした森はトロールの方に向いて少し困った表情をする。
「わたしの傍にいてもらった方がいいことは分かったけれど………大きすぎて、いてもらえる場所がないわ」
「それなら心配ない。トロール君」
明が呼びかけると、トロールの強大な体躯が縮み始め治まった時、そこにはオールド・イングリッシュ・シープドッグのような犬の姿になったトロールがいた。
「まあ。かわいいわ。お母さま、この子を家に住まわせてもいいかしら?」
「正直なところ、さっき暴れていたところを見ていたから怖いという思いはあるわ。でも、森の安全には代えられないものね。森のことをよろしくね。トロールさん」
森は驚いた様子だったが、犬の姿に歓声をあげ、その声に喜んだトロールがしっぽを振る。
森の母親も、状況からトロールを家に置くことを認めるしかないようだ。
リラも触りたそうに近づくが、怯えたように距離を取られ落ち込んでいた。
「トロールは変身能力を持つからね。犬の姿だしこれはロ○ムという名前にしてもいいかもね」
「バウッ」
明の言う名前に、ヤベー名前つけようとするなといわんばかりに吠えた。
「ははは。まあ、名前はあなたたちで相談をしてくれ。屋敷に被害が出てしまったことは申し訳なかったね。リラに依頼されたことは片付いたし、ボクたちは失礼させていただくよ。行こうか、リラ」
「家など直せばいいことです。森とは比べることなどできません。ですから、本当にありがとうございました」
明とリラは森の母親の礼を背に、屋敷を後にする。
ーーーーーーーーーーーーーーー
帰り道を歩いていると、不意にリラが話しかけてきた。
「ありがとね、明」
「ん?まあ、ガチャの為だからね」
「ゔ……。覚えていたか。あっ、そういえば、なんか明ああいうの慣れている感じだったけど、なんで?」
「ボクの能力は真実を映し出す。手がかりも推理も不要で、名探偵も意味をなさない、正真正銘の捜査チートだからね。よく、事件解明の依頼があるんだよ」
「ええっ!こんな子供を危ないところに連れて行くなんて!」
「あのねぇリラ。ボクは妖怪だって言っただろう。見た目通りの年齢じゃないよ。こう見えて1400年は存在しているよ」
「ロリババアじゃない!」
「ふふん。分かったらボクのことは明さんと呼んでくれたまえ」
「え、いや」
近づく別れを惜しむように、意味があったり、なかったりする話をしながら歩いていると不意にリラが立ち止まり振り向いた。
「決めた。あたしは明の仕事を手伝う。チョーっと今月ピンチだったりするからね。えへへ」
そう言うリラに、明は呆れた顔を向ける。
「たかが、1万円弱のために危険に首を突っ込むつもりかい?却下だよ」
「じゃあ、バイトで雇ってよ」
「不採用」
「う~~。諦めないからね」
「どうして、そこまでこんな仕事をやりたがるんだい?高校生でもできる仕事は探せばあるものだろう。わざわざこんなアングラな仕事なんかかかわらない方がいい」
「んーー、綾篠さんを助けてくれたことの感謝とか、困っている人を助けたいという事もあるけど、何よりここで別れたら明ともう会えない気がするんだ」
明は図星を刺されたという風に、わずかに目をそらした。
それを見て取ったリラは、勢い込んで明に迫る。
「やっぱり!」
「どうしてこういう事だけ察しがいいんだい⁉まったく、仕方ない」
「じゃあ!」
「仕事には関わらせないよ。でも、まあとりあえず連絡先だけ交換しようか」
明の答えにむくれるが、思い直し連絡先を交換する。
思いのほか素直に納得したリラに訝し気な目を向けるが、まあいいかと流し連絡先を交換する。
「よし!じゃあまた連絡するね」
「別にしなくていいよ」
「やーだよっ!またねっ」
そういいながら、去っていくリラを苦笑しつつ見送る。
リラの姿が見えなくなったところで、自らの拠点への帰途に就く。
真実を映す鏡でも、未来は見えない。
この時の明はまだ知らない。
リラが無理矢理、仕事に首を突っ込んでくることを。
やがて相棒となり怪奇探偵と呼ばれることを。
今はまだ知らない。
5000字くらいの短編にしようと思っていたら、倍くらいになりました。
一応続きそうな締めなので、要望がありましたら続きを考えてみます。