世一
時は江戸
家々は業火に包まれ、人々の悲鳴が木霊する。阿鼻叫喚の地獄絵図の中、一人の男が財宝を抱え、焼け落ちる家々を後にしていた。その男、世一とでも名乗ったか、悪逆非道の限りを尽くし、その名を轟かせていた。
財宝を独り占めするため、仲間すら手にかけた世一は、その行いに高笑いを浮かべていた。しかし、その時、彼の目に飛び込んできたのは、炎に照らされた一匹の白い蜘蛛だった。
それは、燃え盛る炎の中で倒れた大木の傍で、今にも息絶えそうなほど弱っていた。
世一は、なぜかその小さな命に惹きつけられた。自らが放った業火に苦しむ人々を尻目に、彼は身を乗り出し、白い蜘蛛をそっと手のひらに乗せた。
蜘蛛は、まるで感謝するかのように、その細い足を世一の指先に絡ませた。その時、燃え盛る炎を背に、倒壊しかけた家屋の残骸が世一に向かって倒れてきた。
次の瞬間、世一の体は瓦礫の下敷きとなり、その命は炎と共に儚く散った。
彼が最後に見たのは、手のひらで静かに輝く白い蜘蛛の姿だった。
悪逆の限りを尽くした男が、最後に小さな命を救い、自らの命を終える。それは、因果応報か、あるいは、一瞬の慈悲か。炎が全てを焼き尽くした後に残ったのは、白い蜘蛛と、その傍らに転がる、煤にまみれた財宝だけだった。