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嫌がらせが幼稚な悪役令嬢シリーズ

君が嫌がらせだと思っているのはただのいたずらです。可愛いから問題ない。

作者: 伏山唯

「断罪中の悪役令嬢ですが、皆さん何でそんな微笑ましい顔で見てるんですか?」の王太子アドニス視点です。


今回はリリーラの兄が登場します。

後半、ちょっとリリーラ兄と王太子アドニスくんのエピソードがあります。

BLのつもりはないのですが、そう見えるかもしれないので苦手な方はリリーラちゃんとのいちゃいちゃまででブラウザバック推奨です!


誤字脱字などありましたら教えていただけるとありがたいです!

 王太子、アドニス・アルビオンには幼い頃から決められた婚約者がいる。

 リリーラ・ブローニュ公爵令嬢。サラサラの銀髪と透き通るような翡翠の瞳が特徴的な愛らしい少女だ。同年代の子供たちよりも小柄で、初めて彼女を見たときはまるで絵本に出てくる妖精のようだと思った。

 ブローニュ公爵家で宝石が散りばめられた宝箱の中にしまい込むように大切に大切に育てられ、この世の醜いものには一切触れることなく育ってきた少女。彼女と居ると心が洗われるようだった。

 だから、アドニスも彼女を大切にした。それこそ、厳重に警備された城の宝物庫にしまい込むように。彼女には綺麗な世界だけを見せてきた。醜いものは何一つ見せないようにしてきた。

 君は何も知らなくていいんだ。

 何も見なくていいんだ。

 僕だけを見ればいい。僕の作り出す世界だけを。


「おい、お前またリリーに嘘を教えただろう」

「何のことですか」

 今日も世界一可愛いリリーラを愛でていると、彼女の兄であるライリーに睨まれた。

「10歳にもなって、兄弟とは一緒に寝ないと」

「嘘ではないです。常識です」

 ライリーはアドニスとリリーラより3つ年上でとにかくリリーラを溺愛している。溺愛しすぎて、婚約者であるアドニスを敵視している。

「リリーは怖がりなんだ!俺がいないと怖くて眠れないんだぞ!」

「いい加減妹離れしてくださいよ。リリーには僕がいるので大丈夫です」

「このケダモノが!!」

 このような言い合いは日常茶飯事だ。

「というか、僕、一応王子なんですけど」

「それがどうした、リリーのためなら王族への不敬など怖くもなんともない。俺は強いからな」

 悔しいが、事実だ。リリーラの育ったブローニュ公爵家は魔法の才に秀でている。さらにこの兄は騎士学校にも通っているので魔法騎士という特別な称号を得ているのだ。アドニス自身も騎士の訓練は受けているが、何度演習でこの男にボコボコにされたことか。絶対に私怨が入っている。

 なんなら、婚約したての頃に池に突き落とされたことがある。あのときは熱が三日三晩続いて死ぬかと思った。それすらも「大丈夫だ、死なない程度に手加減した」と言ってのける男だ。さすがにリリーラが泣きながらライリーに抗議してくれたおかげで殺されかけることは無くなったが…。

 しかし、アドニスはこれがきっかけで「このままではいけない」と己を奮い立たせ、この義兄に対抗するべく己を鍛え始めた。おかげで今では滅多なことで風邪は引かないし怪我も少ないフィジカルと、滅多なことでは挫けない鋼のメンタルを手に入れた。そうなるまでに幾度となく死にかけたが…。城の回復術師が有能で本当に助かった。

 しかし、このライリーという男。世界がリリーラ中心で回っている残念さだが、外見はリリーラと同じ銀髪に翡翠の瞳の美男子だ。貴族界の女性人気は非常に高いのだが、いかんせん本人はリリーラにしか興味がない。もう婚約者を決めてもいい歳であるが、未だにそんな話も聞かない。まさか本気でこのまま一生邪魔をされるのだろうか…アドニスの危機感は日々煽られ続けている。リリーラとは確かに政略結婚ではあるが、アドニス自身リリーラに恋心を持っているし、リリーラも持ってくれているはずだ。

 アドニスもリリーラも10歳。あと4年もすれば貴族学園に入学し卒業と共に結婚準備に入る。それまでにこの義兄に婚約者ができるか、自分を認めさせるかしなければならない。そうでないと身が持たない。

 悪魔のようなこの男を退けるには己を鍛え続けるしか無い現状に時折心が折れそうになる。しかし、リリーラの笑顔を見れば頑張れる気がするのだ。それほどまでに、アドニスはリリーラが好きだった。


だからこそ、4年後まさかあのようなことになるとは思いもしなかった。


 14歳になり貴族学園に入学したアドニスは、同じクラスにいるエラという少女と知り合った。彼女は父親が商売を成功させ男爵位を与えられたグスマン家の令嬢で、非常に優秀な少女だった。

 短く切りそろえられた赤に近い茶髪と、切れ長の目元は涼やかで利発そうな美人である。手足もスラリと長く、令嬢にしては身長が高い方であった。

 王太子ということもあり、入学した直後から生徒会入りを決められていたアドニスは、優秀な彼女を生徒会に引き入れようと声をかけた。

 話してみれば見た目よりも話しやすい人柄に好感を持ち、貴族になりたての彼女は何かと不便だろうと気にかけるようになった。


 それがいけなかったのだろうか。 


「アドニス殿下、リリーラ様に関して少々気になる報告が届いております」

 側近であるロランからの報告でアドニスは、近頃リリーラがエラに接触していることを知った。

「僕はリリーからも、エラ嬢からも何も聞いていないけど…少し、様子を見に行ってみようか」

 ロランと連れ立ってリリーラを探してみるとちょうどリリーラとエラが向かい合っている場面に遭遇した。

「何をしていらっしゃるのでしょうか」

 心配そうに呟くロランに、アドニスは唇に人差し指を当て静かにするように促す。

「貴女、最近アドニス殿下とよく一緒にいらっしゃるそうね」

 いつになく厳し目の声でエラを見上げるリリーラに、アドニスは嫌な予感を覚えた。場合によっては止めに入らねばならない。

「ええ、生徒会の一員として殿下には気にかけていただいてます」

 穏やかな声て答えるエラにリリーラはビシィッと持っていた扇を突きつける。アドニスはいつでも飛び出せるように身構えていた。しかし…

「ちょっと殿下に目をかけてもらってるからって…ばーかばーか!!」

 そう言ってリリーラは足早に去っていった。

 アドニスの目線の先には呆然とリリーラの後ろ姿を見送るエラの姿。しかし、アドニスの目にエラは映っていない。なぜなら、アドニスはすっかり混乱状態に陥っていた。


 今、なんと言った???ばーかばーか??


 これまで、温室育ちで蝶よ花よと愛でられ育てられてきた育ちのいいリリーラの口からおおよそ発せられるはずのない言葉が飛び出した。誰だ、僕のリリーラにあんな言葉を教えたのは…いや、それよりも。

(ええええ…なにあれ、可愛い。何あの可愛い天使?この世に存在して大丈夫??いや、天使だしこの世に存在してるのか?いや、してる!絶対にしてる!しかし、可愛すぎて心配なんだけど…あの可愛い天使なんだっけ?あ、そうか、僕の婚約者か、今すぐ保護しなきゃ)

 ぐるぐると思考を巡らせるアドニスの後ろでロランが、そして目線の先でエラが同じく悶えていたことなど、この時のアドニスには知る由もなかった。


 結論、リリーラは天使だった。


「リリーラ様は相変わらず清らかでした」

 ロランがうっとりしながら漏らした言葉にアドニスはうんうんと頷いた。

「心配するようなことはなかったようだ」

 しかし、それはそれとして…リリーラはどこであのような言葉を覚えてきたのだろうか。そして、何故あのような言葉をエラ嬢にぶつけたのだろうか。

「はっ、もしかして…リリーラはエラ嬢と仲良くなりたかったのか!」

 アドニスもまた、天然であった。しかし、アドニスには一つ疑問があった。それは他でもない、リリーラの行動だ。リリーラは箱入り娘で所謂天然というやつだ。もし、エラと友人になりたいのであれば素直にそう告げるはず。


(もしかして…やきもちか?)


 リリーラはアドニスが気にかけているエラに対して嫉妬しているのかもしれない。仲良くなりたい気持ちと嫉妬心で葛藤しているのかもしれない。そんな考えに行き当たり、アドニスは浮き立つ心を抑えられなかった。


 それから度々、アドニスはリリーラがエラに対して自ら話しかけ、ちょっかいを出しているのを見かけた。それも、淑女の鑑と言われるリリーラらしからぬ態度で。

 アドニスと会うときは相変わらず淑女然としていたし、おっとりしとした純粋培養のお嬢様だった。それを少し物足りないと感じるようになったのはいつからだっただろう。エラにイタズラしているリリーラがなんだか楽しそうに見えて、もしかしたら本来のリリーラはあのような性格なのかもしれない。

「僕にも見せてほしいのにな…」

「なにか?」

 つい漏れ出してしまった独り言に、生徒会の仕事をしていたエラが反応した。

「ああ、いや、すまない。独り言だ」

「そうですか。そういえば、今日はリリーラ様にランチに誘われまして。にんじんや、ピーマンを押し付けられましたわ」

 クスクスと笑いながら報告してくるエラに、その様子を想像したアドニスもつい笑顔になる。

「日頃は、苦手なものでもキチンと口にするのだが…君には甘えているのかな」

「ご本人は嫌がらせのつもりなのですよ」

「え…」

 エラの言葉にアドニスは思わず固まった。しかし、エラは構わず続ける。

「ですが、リリーラ様は根が純粋なのですね。人に対して悪意を向けることが出来ないようです」

 エラの言葉に、アドニスはほっと胸を撫で下ろした。エラはリリーラの行動に対して嫌がらせと認識しつつも、悪感情は抱いていない。

「それはそうだ。リリーは僕が、大切に大切にしてきた。綺麗な世界だけを見るように。この世の汚いもの全てから遠ざけてきたんだ」

「殿下はリリーラ様をとても愛しておられるのですね」

 エラがどこか眩しそうにアドニスを見る。アドニスはリリーラの笑顔を思い浮かべながら目を細めた。それは愛おしそうに。

「昔から伝えているつもりなんだけどね」

 それこそ、ヤキモチなど妬く暇もないくらいにリリーラを大切にしてきたつもりだ。

「リリーラ様もそれだけ、殿下を愛しておられるのですわ。本当にお可愛らしい」

 微笑ましそうに言うエラには、アドニスも同意だ。一応被害者であるエラがそう捉えてくれているならアドニスも安心だ。

「私は成り上がりの男爵令嬢なので、周りの方々から避けられがちで…リリーラ様が話しかけてくださって感謝しているのです」

「僕は正直、君が少し羨ましいよ。リリーの隠された一面を引き出せたようで」

 苦笑しながら言うアドニスにエラは一瞬目を見張ったあとまたクスクスと笑い出した。

「それは光栄ですね」

 そう答えた時のエラがどこか勝ち誇ったようで…アドニスは一瞬背中にヒヤリとしたものを感じた。

 リリーラとの結婚は、このまま何事もなければ卒業後に必ず果たされるものだ。かといってライリーという障害が取り除かれたわけではない。まだまだ彼に認められてはいないし、これからもしごかれることは確定だ。まさかとは思うが…どこかリリーラに心酔しているように見えるこのエラという少女まで、障害として立ちはだかるのではないだろうか…。嫌な予感に冷や汗を垂らしながら、アドニスは笑うしか無かった。

 

 リリーラはやはり、可愛い僕のリリーラだった。それを再確認してからの日々はアドニスにとって心が癒される毎日だった。学園ではライリーの邪魔は入らないので、思う存分にリリーラを愛でることが出来る。ライリーの影に怯えて、胃がキリキリと痛むこともない。あんなに危惧していたエラも特にリリーラとの仲を邪魔されることもなく…まあ、時折リリーラ自身がエラを誘ってランチに行ってしまうことがあったが、特に大きな問題もなく学園生活は過ぎていった。

 しかし、そんな日々もあと一年で終わりを迎えようというある日、アドニスの耳に再び不穏な話が舞い込んできた。

 生徒会の帰り道、一人の令嬢が学園の門の傍に佇んでいた。彼女はアドニスを見るなり、美しいカーテシーを見せる。

「君は…シシリー嬢?」

「アドニス王太子殿下にご挨拶申し上げます」

 リリーラほどではないが、彼女もまた社交界では素晴らしい淑女として名を馳せていた。幼いころはリリーラに並ぶ婚約者候補でもあったが、アドニスがリリーラを選んだことで彼女とは挨拶を交わすのみの関係となっている。

「それで…シシリー嬢がわざわざ僕を待っていたということは何か話でもあるのかな?」

「ええ。リリーラ様のことで、殿下のお耳に入れておきたいお話がございます」

 シシリーの口からリリーラの名前が出たことで、アドニスはピクリと眉を上げた。

「近頃、リリーラ様の良くないお噂を耳にします」

「良くない噂…とは?」

 神妙な面持ちで告げてくるシシリーに、アドニスもまた真剣な顔で答える。

「リリーラ様がまるで悪女のようにエラ様を虐げている、と」


シシリーの話に、アドニスは約二年前のことを思い出した。その時も、こうしてリリーラの良くない噂を聞き確認しに行ったのだ。結果、リリーラが天使だと改めて再認識することになったが。その後も、リリーラがエラと接触する場面をか何度か見かけたがどれも微笑ましい、子供のいたずらのようなものだったと認識している。


「それが…今回は違うのです」

 彼女、シシリーはリリーラの友人でもある。そのためか、心配なのだろう…やけに落ち着かない様子であった。

「今回のお噂は、内容が具体的なのです。もちろん、私は常にリリーラ様のお傍におりますし、エラ様と交流なさる場面も見かけております。ですが…何も知らない人々はこの噂を鵜呑みにしているようで…」

 シシリーの話を聞くに、前回の時とは違い今回は深刻なようだ。誰かが意図的に、リリーラの悪評を広めている。そして、その噂を信じている生徒がいる。


 この学園の生徒は何と愚かなのだろうか。あんなに可愛い天使のようなリリーラが、人を虐げるなど。そしてその噂を鵜呑みにするなど。うん、よし。全員痛い目見せよう。特に噂を流した人間。後悔してもし足りないくらい反省してもらおう。


 アドニスの心は決まった。

「ありがとう、シシリー嬢。この件は僕が預かるから安心していいよ」

 アドニスの言葉にシシリーは安堵し、深く頭を下げて去っていった。


 翌日、アドニスは噂の当事者の一人であるエラに声をかけた。アドニスに話しかけられ足を止めたエラは見事な淑女の礼を見せる。リリーラに教わったそうだ。さすが僕のリリーラ。

「エラ嬢に確認したいことがあるんだけど、少し時間あるかな?」

 アドニスがそう告げると、彼女は柔らかな笑みを浮かべ「ええ、構いませんわ」と答えた。今、彼女が何を思っているのか…アドニスは真意を測りかねている。場合によっては彼女も敵に回るかもしれない。敵に回すには厄介な人間ではあるが、アドニスにとって優先すべきはリリーラだ。リリーラを守るためには厄介な人間と対峙することも厭わない。

 彼女と連れ立って生徒会室に向かい話を切り出すと、エラは表情を硬くした。しかし、結論としてエラは味方だった。味方どころか、ある意味アドニス個人にとっては敵かもしれない。

 用意周到な彼女は、リリーラとのやり取りを全て記録していたのだ。そして、その記録を見せびらかされ、アドニスの知らないリリーラの一面を散々自慢された。

 彼女は相当…リリーラに心を奪われているらしい。確かにリリーは可愛いからな、うん。しかし、ライリーだけでも厄介なのにエラまでとは…前途多難な二人の恋路に、アドニスは思わず深く重いため息を吐くのであった。


 アドニスとエラは卒業パーティーで全てを暴くことに決めた。今まで、エラがリリーラにされていたことを映像付きで。それによって、卒業パーティーの参加者全員にリリーラの潔白と可愛らしさが証明できる。リリーラを見てやましい気持ちがないものは笑顔を浮かべるだろう。そうではない者。それがアドニスのターゲットだ。


 僕のリリーを傷つけたものは、容赦しない。


 側近たちにも協力を仰ぎ、いよいよ卒業パーティー本番。アドニスはいつも通り、リリーラを伴って会場入りした。そして一度リリーラから離れ、側近とエラを近くに呼ぶ。それから、リリーラに向き直るといよいよ作戦開始だ。

「リリーラ嬢、君にこの場で確認したいことがあるんだけどいいかな?」

 アドニスが話を切り出すと、リリーラはスッと表情を真剣なものに変えた。真っ直ぐとこちらを見据えてくる美しい翡翠色の瞳に、アドニスの心臓は激しく音を立てる。

(我慢だ、僕)

 本当は今すぐにでも、リリーラの傍に駆け寄って抱きしめたい。彼女は今、きっと不安な気持ちでいるだろう。大丈夫だよ、僕が守るからとその髪を撫でてあげたい。けれど、今はその気持ちを抑えてでも…ここに居る人間を欺かねばならないのだ。いくつかのやり取りをして、アドニスがリリーラを詰めているように見せなければならない。

 アドニスはパーティーの参加者たちに視線を巡らせながら、穏やかな声音で彼女に声を掛ける。仕方無い、可愛いリリーラに厳しくなんて出来ない。しかし、エラへの嫌がらせの真偽を問うとリリーラはあっさりと認めてしまった。ちょっと戸惑った。本人が嫌がらせと認識しているのは分かっていたが…何か言い訳のようなものをするかと思っていたのだ。潔いところもまた、魅力的ではあるけれども。しかし、その時アドニスの耳に「やっぱり…」「噂は本当だったんだわ」などとひそひそと囁く声が入ってきた。アドニスは素早く視線を巡らせる。

(特定した。彼らの顔は覚えた)

 他にも、リリーラを冷ややかな目で見ている者たち。彼らは限りなく黒に近いグレーだ。思わず目つきが鋭くなり、リリーラにかける声にも鋭さが混じってしまった。そんなアドニスの肩をエラが諌めるように軽く叩き「あとは私が」と、アドニスにだけ聞こえる声で言った。

 リリーラに確認をとり、エラを促す。ここからはエラの独擅場だ。しかし、何度見てもエラが記録している映像の中のリリーラは天使のように可愛い。あれを本気で嫌がらせだと思っているのも可愛い。映像が進むにつれて、リリーラが俯いていくのをアドニスは見逃さなかった。まるで罪の意識に苛まれているかのような、そんな表情だ。あんな小さないたずらで、罪悪感を感じてしまうリリーラはやはり悪意のあの字も持たない、潔癖な心の持ち主なのだ。

(大丈夫だ。君は、僕が…()()()が守るから)

 アドニスの中で、エラは既に戦友だった。多少の弊害は予想されるものの、エラのような人間がリリーラの傍にいてくれるのは心強い気持ちもある。

 やがてエラが全ての映像を流し終えると、辺りはシーンと静まり返っていた。ただ、一つ違うのは周りの人々の表情だ。殆どの者が、映像の中の可愛らしいリリーラの様子に温かい笑みを浮かべていた。しかし、アドニスが目に止めていたのは()()()()の強張った表情を浮かべていた者たちだ。映像の中でエラに詰め寄っていた令嬢たち。彼女たちはバツが悪そうに視線をうろつかせていた。

(彼女たちの処罰は後だ)

 今は、まずリリーラを安心させてやることだ。

「リリーラ」

 声をかけると、リリーラは意を決したように「どうぞ罰してくださいませ」と言い放った。そう来たかーと、思わず苦笑しそうになるも、こんな時でも毅然とした態度で淑女であることを忘れない。そんなリリーラだから愛しい。


大丈夫だよ、リリー。


そんな思いを込めて、顔を上げるように促す。アドニスの言葉で顔を上げたリリーラは、自分を微笑ましげに見つめる人々を見てポカンとしていた。

(リリーのあんな表情は初めて見る…可愛い)

 やがて、リリーラは困惑したように「な、なんですの…みなさん、なぜそのようなお顔を…」と狼狽えている。一方、アドニスはいつも淑女然としているリリーラの初めて見る表情の数々に胸が一杯になっていた。自分の前ではいつも淑やかで、凛とした女性像を崩さないリリーラの本質はきっとこんなに表情が豊かなのだろう。

 感極まったらしいエラに抱きつかれて、さらに困惑しているリリーラにアドニスはついに笑いをこらえきれなくなった。

「リリーラ、あんなもの嫌がらせとは言わないよ。ただの子供のいたずらだ」

 そう言ったアドニスの言葉に愕然としている表情(かお)も初めて見るものだ。もっともっと、色々なリリーラを見たい、見せてもらえるだろうか。

(これからの僕次第、かな)

 それはそれとして、エラはいつまでだらしない顔でリリーラにくっついているのだろう。アドニスはリリーラからエラを引き離すため()()()()()()を促した。「そうでした」と、人々に向き直ったエラはいつも通りの毅然とした優等生の顔だった。

 エラの話の内容に怯えるリリーラにイケメンムーブを見せるエラと、そんなエラに熱い視線を向けるリリーラ。あれはいけない。見逃せない。そういう顔は僕にだけ見せなさい。この数時間だけでリリーラの色々な表情を見てきたが、それだけはダメだ。思わず咳払いが出る。その瞬間、リリーラがハッとした顔をしてさらにキラキラとした目でアドニスとエラを交互に見た。

(待って、それ…どういう感情??)

 アドニスは困惑していた。そういえば、先ほどから度々アドニスとエラを交互に見ては期待するような目をしていた、気がする。

 エラが今回の目的を全て話し切り、場を騒がせたことを詫びた後…ここからは、エラにも話していない計画があった。この計画を知るのはアドニスの一番の側近であるロランのみだ。

 リリーラが()()悪意をもってエラに接していたのは事実である。ならば、罰を与えねばならない。もう一度、悪意があったことを確認すれば…少々食い気味に「自分を罰してくれ」と言ってくる。何故か、ものすごく期待に満ちた目で。

 ロランに魔道具の鞄を持ってこさせ、リリーラに一ヶ月分の荷物を詰めるように伝えればリリーラは初めて顔色を青くした。あれ、これ…何か勘違いしてるな。

「明日の朝、馬車で君のタウンハウスに迎えに行くから」

 そう告げれば、今度はキョトンとした顔でアドニスを見つめてくる。いちいち可愛い。

「迎え?お迎えがくるのですか?」

「うん、二人で隣国に行くんだから当然だろう?」

 あ、また困惑してる。ついでにエラを見れば物凄い怖い顔をしている。言ってなかったからな、婚前旅行のこと。してやったり、と思っていると次の瞬間リリーラの口から思ってもいない言葉が放たれた。

「あの…わたくしは婚約破棄されるのではないのですか?」


なんだって?


「殿下はエラ様と愛し合っておられるのですよね?ですから、エラ様への嫌がらせの罰としてわたくしは婚約破棄され、殿下はエラ様とご婚約されるのでは?」


 待って待って、なんでそんな風に思った?僕、ずっとリリーを大切にしてきたよね?お茶会も贈り物も欠かしたことはなかったし、パートナーが必要なときには必ずリリーを伴っていた。

 

 愕然とするアドニスの頭の中で、ライリーが「ざまぁ」と悪魔の笑みを浮かべていた。視界の端でエラと側近たちが笑いをこらえているのも見えている。しかし、そこは鋼メンタル王太子。すぐに立ち直った。

「君がなぜそんな勘違いをしているのか分からないけど…」

 伝わってないなら、これからも伝え続ければ良いのだ。

「僕は今も昔もリリーラが大好きなんだよ」

 その手を取り口づける。ポカンとしたリリーラが可愛い。

「どうやら、リリーには全く伝わってなかったみたいだし…これから嫌と言うほど教えてあげるよ」

 アドニスの王子様スマイルにリリーラの頬が染まったのをアドニスは見逃さなかった。今まではリリーラのペースに合わせていたが…今度からは遠慮するのは止めよう。リリーラの全部を愛しているから。リリーラがアドニスの前で本来の自分でいられるように。何の不安もなく、アドニスの傍で笑っていてくれるように。


その後、リリーラがアドニスの言動に思考回路がショートして気を失ったのを良いことに、アドニスはリリーラには絶対に見せない氷のように冷えきった表情と声でリリーラを陥れた令嬢たちと、リリーラを信じなかった生徒たちに制裁を与えたのだった。


卒業パーティーを終えたその足で、アドニスはリリーラを連れて外交と言う名の一ヶ月の婚前旅行へ出かけた。エラにも、もちろんライリーにも邪魔されることなくリリーラを十分に甘やかし、今までは手を握るだけであった関係もキスを交わすまでに進めることが出来た。


「ねぇ、リリー?一つ聞きたいんだけど」

「はい、なんでしょう?アドニス様」

 リリーラを膝に乗せながら、アドニスはリリーラの目を覗き込んだ。

「どうして、僕とエラ嬢が愛し合ってるなんて思ったんだい?」

「あ、それは、その…」

 カァァァッと音が聞こえそうなほど真っ赤に染めた顔を両手で覆いながら、リリーラが答えた。

「お恥ずかしながら…国民の間で流行りの恋愛小説がありまして…その内容が、アドニス様とエラ様の状況にそっくりだったのもので…」

 リリーラの話によれば、自分の立ち位置がその小説に出てくる悪役令嬢というものにそっくりで、アドニスとエラの運命的な恋を盛り上げようとしたそうである。政略結婚だと思い込んで、アドニスが自分を心から愛しているとは思っていなかったようだ。大好きなアドニスが、愛する人と結婚するのが一番幸せな形なのだと。とはいえ、悪意などというものを持ったことのないリリーラにはあの程度のことしか出来ず、可愛いいたずらで終わってしまったのだけれど。小説の悪役令嬢を参考にすることは「こんな恐ろしい…」という理由で出来なかったらしい。アドニスは思わず深い溜息をついてしまった。

「政略結婚ではあったけど…何人かの婚約者候補の中から君を選んだのは僕自身だよ」

 当時、婚約者候補は五人ほどいた。その中で、アドニスの目に一際輝いて見えたのがリリーラだったのだ。

「そもそも、本当にただの政略結婚だったのなら…君の厄介なお兄様に張り合おうとなどしないよ」

 思い当たる節があるのか、リリーラはバツの悪そうな顔をする。

「違うよ、リリー。そんな顔をさせたいわけじゃない。ただ、君のためでなければ僕は強くなろうとは思わなかったよ」

 リリーラに笑ってほしくて…アドニスはリリーラのサラサラの銀髪を撫でながら、その瞼にキスを落とす。

「君は悪役令嬢なんかじゃない。僕にとってのヒロイン…運命の人だよ」

 甘く囁けば、リリーラは花が綻ぶように笑った。




 





 婚前旅行を終え、帰国して一週間後アドニスは何故かブローニュ邸に呼び出されていた。呼び出したのはリリーラではなく、ライリーであった。

「一国の王太子を呼びつけるのは貴方くらいですよ、義兄(あに)上」

 呆れたように言うアドニスを、ライリーがギロリと睨みつけた。

義兄(あに)と呼ぶなと言っているだろう」

 イケメンの怖い顔は迫力がある、やめてくれ。

「卒業パーティーでのこと、聞いたぞ」

 ライリーの言葉に、アドニスの顔色はサァっと青くなる。これはしばかれるやつだ。

 しかし、アドニスの耳に届いたのは予想外の言葉だった。

「よくぞ妹を守ってくれた」

「は……?」

 ライリーが絶対に自分にはかけないだろう言葉に、思わず間の抜けた声が出てしまう。

「え、処罰が甘いとか…そういうお話では…」

 結局アドニスが彼らに与えた罰は令嬢たちは王城でリリーラ付きの侍女となったエラの監視のもと行儀見習の侍女として働かせること。噂を鵜呑みにした連中は一ヶ月の謹慎のあと、リリーラへの心からの謝罪をさせた。許すか、許さないかはリリーラ次第だと伝えたが、彼女はあっさりと許してしまった。なので、追加で今後、何があろうともリリーラを疑うべからず。少しでも彼女に害をなすようであればその時は罰する。と伝えた。まあ、彼らも今回のことですっかりとリリーラ信者になったようなので心配はなさそうだ。

「いや、あまり重い罰を与えてもリリーが心を痛めるだけだ。リリーの気持ちを優先するのであれば、落としどころとしては最適解だろう…なんだ、その顔は」

 思わず不可解なものを見る目をしてしまっていた。

「あ、いえ…義兄(あに)上の口から僕を褒める御言葉が出るとは思わず…」

 アドニスの言葉を遮るように、ライリーの手がポンっと頭に乗せられた。アドニスはさらに困惑する。

「あの小さかったお前が、大きくなったな」

 初めてかけられた優しい声音に、アドニスの顔にブワッと熱が集中する。思わずライリーを見上げれば、リリーラに見せるときのような優しい顔でアドニスを見ていた。そして、おもむろに腰に掲げた剣を手にするとアドニスの前に跪く。


「アドニス・アルビオン王太子殿下。貴殿を主君と認め、貴殿の騎士として生涯を捧げることを誓う」


 アドニスは、ライリーという男が苦手だ。リリーラとの婚約が決まったときから、王太子である自分に対して不遜な態度で、厳しく、優しくもない。

 しかし、苦手であると同時に憧れでもあり目標でもあった。いつでも自分の先を行くこの男の背中は、大きく。いつしか、認められたいと思っていた。そんな男が、自分の前に跪き騎士の誓いを立てているのだ。

 その事実がアドニスの心を満たしていく。アドニスにとってブローニュ兄妹の存在とは自分で思っているよりも大きいようだった。

「とはいえ、俺に比べたらまだまだだからな。これからもしごくぞ」

 再びアドニスの頭に大きな手が乗せられ、不穏なセリフを吐かれたが…そう言ったライリーの顔は兄の顔であった。

「はい。これからも、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」

 

「アドニス様ー!」

 遠くからリリーラの声が聞こえる。愛しい愛しいリリーラ。

「ほら、リリーが呼んでる。行け」

 ライリーに促され、アドニスは深く頭を下げるとリリーラの声の方へと駆けていった。その背中を見つめながら「妹を頼むぞ」と呟いたライリーの声は風に乗ってアドニスに届いた。


 もちろんです、義兄上


 心のなかで答えながら、アドニスは愛するリリーラをその腕に収めるのだった。

お読みいただきありがとうございました!


今回はちょっといちゃいちゃ書けて満足です(笑)


誤字報告ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
我らのリリーラ様が帰還なさった! この日をどんなに夢見たことか! や、他のお話も素敵でしたけど……寂しかったですぅ。
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