140字小説まとめ15
俺、どうやって家に帰ったんだ……酔ってて、覚えてねぇや。玄関で倒れてるなんて、情けなさすぎ……ん? 玄関って、こんな粘ついていてたか? 考え込んでいると、不意に身体が宙に浮いた。視界いっぱいに真っ暗な世界が映る。
ゴクン
意識を手放す前に、デカい嚥下音が聞こえたような気がした。
『捕食』
枕元に、着ぐるみの兎が立っていた。
「ハロー! ぴょんぴょんランドへようこそ!」
父さんが裏声で話しているとすぐに分かった。兎のぬいぐるみと可愛い装飾で、自室が彩られている……昔行ってた遊園地を、再現してくれてるんだ。
ありがとう、父さん。
事故で寝たきりになっても、毎日楽しいよ。
『娘思い』
「ありがとうございました〜」
また来たなぁ、小学生向けの本を大量に買っていく、謎のオジさん。書店としては潤うけれど、何か怪しい。失礼だけど、父親って雰囲気じゃないし、結婚指輪してないし……って、偏見か。
数日後、子供を2年間監禁した誘拐犯として、オジさんがニュースに取り上げていた。
『犯罪者はすぐそばに』
「可愛いな、あの子。声かけよっかな」
「マジか」
離れて聞こえてくる男達の会話は、当たり前の事だと思った。
「ねぇ、お姉さ……」
「許すわ」
だから、私は声を掛けていた男を遮り、言った。
「世界一可愛い私の愛犬を、特別に撫でていいわよ!」
胸の中に抱えていた愛犬が、元気に一鳴きした。
『可愛いコ』
疲れて、ベッドに沈み込んだ。もう、一歩も動きたくない、というか……動けない?! 金縛りってやつ? え、声も出せないし。かろうじて目だけは——
パニックになっていると、身体の上に何かが覆い被さった。
恐る恐る目だけ動かすと、毛布だった。
『オヤスミ……』
耳元で、優しげな声が聞こえた。
『優しいヒト?』
隣の席のお嬢様に、タブレット注文を教えている。なんでファミレスに、髪が縦ロールで、ドレスを着たお嬢様が……。
「とても助かりましたわ! 折角ですから、ご一緒にお食事しませんこと?」
お嬢様が、私の瞼をそっと拭った。
「涙を流していては、お料理の味も分からなくなってしまいましてよ」
『お嬢様の口説き』
美味しそうな、ケーキ屋さん。そこに入るのが私の夢なんだけど、入っちゃダメって言われるの。でも、見るのはダメって言われてないから、窓から中を覗いてる。色鮮やかなスイーツが沢山ある。けど、ケーキを作っているお婆さんがいない……。
「おや、材料がいるね」
急に声がして、振り返っ——。
『おカシの店』
「こんにちは」
目の前にいる天使が、私に挨拶をした。そして白い羽を動かし、後を追ってくる。
「勿体無い、寿命を強制的に終わらせてしまうなんて。本来は悪魔が迎えに来る所ですが、他の死者の対応で忙しいらしくて」
だから、早くいきましょう!
天使は地面に落ちていく私の背中を、力一杯押した。
『後押し』
ここ、何処だろう。何やら、本が沢山ある教室だ。図書室以外に、こんな所があったとは……。驚きながらも巡回し、試しに一冊の本を手に取ってみた。今日、学校を休んでいたクラスメイトの特徴や経歴等々が、細かく書いてあった。それに、顔写真もある。何これ、気持ち悪——
本がまた、もう一冊増えた。
『本?』
「この作曲者は、僕の演奏通りに語りたがってるんです!」
生徒が、そう強く訴えかけた。ピアノを教えてると、稀に楽譜を沿う事より自我を優先する生徒がいる。彼もそのパターンか。
「あのね、この作曲者は君みたいな表現はしないよ」
「何でそんな事言い切れるんですか!」
「僕の、恩師だからね」
『教えられた通り』
天使が額縁の中で、優しく僕に微笑みかけている。仲間内で唯一、同じ天使好きの親友が、絵を描いてくれたのだ。暫く見惚れていると、携帯が鳴った。出ると、汚い罵声が耳を劈く。
『おい、新入り悪魔! 亡者が地獄から逃げた! 追うぞ!』
「は、はい!」
僕は天使の絵を急いで飾ると、家を出た。
『天使好きの悪魔』
朝日が、眩しい……でも、すごく嬉しい。住宅街を彷徨いていたが、人気はいない。朝が早いせいだろう。がむしゃらに歩き続けていたら、目の前に救いがあった。僕は、必死に、手を——
「逃げちゃ、ダメだよ」
後ろから、キツく抱きつかれた。
「公衆電話で、助けを呼ぼうとしたの? 残念だったね」
『あと一歩』
行方不明だった父さんが、急に帰ってきた。家族皆は再会を喜んだが、僕は違和感が拭えなかった。日課である父さんとの散歩の時、僕はこう聞いた。
「誰?」
父さんは、ニコリと微笑んだ。
「父さんじゃ、ダメかな?」
俺は黙って、父さんの腕を柔く掴んだ。体温が死人のように冷たくて、心地良かった。
『父さん?』
崖から落ちるなんて……意識を何とか保っていたが、限界だ。妻が大好きな山菜折角取っていたのに、もう何処にも……。眼球を動かして周りを見渡すと、古い祠が見えた。
神様。もしいるなら、死人になっても何でも良い。もう一度息子に、家族に会わせて……
腹の底から、不気味な冷たさが湧いてきた。
『父さんの願い』
「ずっと一緒にいようね」
友達にそう言われて、共に屋上の淵に立った。
「世界にいるの、私達だけみたい」
友達は泣き腫らした目を、こちらに向けて笑った。そのまま私の手首を掴み、ゆっくり、空中へと歩む。
私は思いきり、手を振り払った。
想いが通じ合ってるなんて、一言も言ってないから。
『冷酷』
今日は夫との、結婚記念日が来た。最近喧嘩が多かった分、仲をより深める良い機会だわ……あら、お客様? あなた、ケイサツさん? という方がいらっしゃったみたいだけど。近所の方から、異臭がするからってツウホウを受けたんですって、何かしらね?
頭を垂れて座る夫を、私は優しく抱きしめた。
『愛シタイの』
横断歩道の前で立っていると、いつの間にか子供が隣にいた。その子が笑顔を向けてきたから、殴った。子供は宙を舞い、横断歩道の真ん中に倒れ込む。
すると、車が子供の上を通っていった……。
『痛い! 何すんだ!』
『私の地縛先だから、ここ。他の幽霊は、ダメ』
生意気なガキに、軽く手を振った。
『地縛霊の住処』
そろそろか。縁側に腰掛けて、涼しんだ。空は、綺麗な夕焼けだ。もうすぐ、日が落ちる……人気はなくなり、この世ならざる者が出てくる時間だ。ふと、隣に目を向ける。不定形の黒いモノが、いた。
「お、来たな。呑むだろ?」
いつもの様に一升瓶を掲げると、黒いモノは嬉しそうに身体を揺らした。
『酒盛り』
「お待たせ致しました。ご注文のお品でございます」
喫茶店で女性一人、コーヒーとココアを注文するなんて珍しい。後から誰か来るのだろうと思っていた。だが、どちらの飲み物から湯気が出なくなっても、女性一人のままだ。隣にいた店長が、悲しそうに顔を曇らせた。
「常連の娘さん、今日が命日か」
『弔い喫茶店』
人より劣っているから頑張らなきゃ、飛ばなきゃ。ボロボロの努力で作られた羽を、懸命に動かす。こんな低く飛んではダメだ、もっと上に、もっと……。
すると、風が僕の耳を、そっと撫でた。
「無理に飛ばなくて、いいんだよ。休んだって、いいんだよ」
……僕は、段々、背中の羽を畳んでいった。
『羽休み』
友人が、最近アクアリウムにハマっているらしい。どんな物か見せてもらったが、素晴らしかった。水中にある草がのどかに揺れ、その隙間を数多の熱帯魚が縫っている。
「熱帯魚に、名前ってつけてる? 教えて欲しいな」
友人に問うと、笑顔で僕の手を取って言った。
「全部、君の名前をつけてるよ」
『グッピーなら死んでる』
口の中で砕け散った紅い琥珀糖を、思いきり飲み込んだ。ザリザリとした感触が、食道を伝って、胃に落ちる。じきに、胃液によって溶けるだろう。私は、ほぅっと息を吐いた。
身体の中に深く、深く、染み込んで、私の一部になるのね。
また、紅い琥珀糖を頬張った。
鉄の味が、鼻腔に色濃く香った。
『材料は、貴方の……』
やっと寝た。泣き叫んでいた私の赤ちゃんは、布団で寝息を立てている。夜泣きで毎晩起こされてあやして、布団に寝かせると泣く繰り返し。堪らなくなった私は、赤ちゃんの背に軽くもたれかかった。トクン、トクン……呼吸音と共に心音が伝わる。
息子が、生きてる……私は、瞼をゆっくり閉じていった。
『ちいさな、いのち』
下駄箱を開けると、ラブレターが入っていた。さっそく中身を開けると、昼休みに体育館裏へ来て、と書かれてあった。俺は上機嫌で向かうと、箱が置いてあった。開けると、箱の底に、美術室に来て、と書かれていた。美術室に向かうと、プールに来て、と書かれて……
いつになったら、告白されるんだよ!
『ラブレター巡り』
不良と付き合った……告白されて、断れなくて。顔怖い……下校で一緒の、今も涙目よ。すると突然、空が低く鳴り出した。あ、天気予報で夜は雷雨になるって言ってたなぁ……ん? 不良が自分のお腹を押さえて……?
「おめぇも、へそ隠せ! 雷様に取られるぞ!」
それ以来、私は彼の隣に居続けている。
『ギャップ』
パチパチキャンディは、苦手だ。なのに、お母さんはおやつに出してきた。溜め息を吐いていると、横から手が伸びてきた。
「いらないなら、少しちょーだい……ん! おいし〜!」
幼馴染が口の中をパチパチと鳴らし、とびきりの笑顔を見せた。
君と同じ笑顔になりたい。私は、残りのおやつを頬張った。
『君の好きなもの』
椿が、近所の花壇に咲いていた。朝学校に行く時に通ると、とても元気になる。ある時、椿が地面に落ちていた。散ったんだ。散っても、まだ美しいんだ……私は、その椿を持ったまま学校に行った。
学校に耐えきれなくなったら、こうなればいい。包帯だらけの腕の中にいる椿は、赤々しくて綺麗だった。
『支え』
『錬金術で好みの男を作って、弟子にする!』……これ、は……
「掃除中に私の研究ノートを盗み見とは感心しないな」
いつの間にか隣にいた師匠は、優しく笑っていた。怖がる俺に、師匠は悲しそうに笑った。
「私は、愛が欲しかっただけなんだ……」
速攻で、師匠を抱きしめた。
(弟子、チョロいな)
『邪な錬金術師』
「チョコミントって歯磨き粉の味だよね」
昔、彼が歯磨きをしていた際に投げかけた言葉だ。チョコミン党の私は激怒した勢いで、そのまま彼氏と別れた。ほんと、信じられない……歯ブラシが一本になるだけで虚しくなるなんて、馬鹿みたい。私は、使いかけのミント味の歯磨き粉を、ゴミ箱に投げ入れた。
『破局はチョコミントの味』
高台にある、塔に登った。籠いっぱいに輝く星々を腕に抱えて。お父さん、お母さん、友達……輝きを閉じ込められた星々は、静かに身を寄せ合っている。塔の一番上に着くと、星々を紺碧で塗りたくった夜空へ放った。まばらに舞い、遠く、離れていく。身内の星々が輝く姿を、いつまでも、見つめていた。
『弔い』
定規で、きちんと線を引く……あ、曲がった。もう一回引いてみる……また、曲がった。ちゃんと線を引かないと、不格好になってしまうから。皆に笑われてしまうから。
「どうして?」
僕は一瞬手が緩んだ。誰って……みんな、だよ。僕は、今日も、真っ直ぐ、線を引き続ける……ああ、曲がっちゃった。
『強迫観念』
さやかな光を放つ、住宅街に出た。夕暮れ時で休日だからか、一家団欒の声が響いている。ぽつ、ぽつ、とこれから増えていくんだろうな。
「いいなぁ、皆」
僕は独りごちて、固くて暗い地面に座る。何もする事はないし、何も出来る事はない。ただ、目を瞑って、迫ってくる微睡に身を委ねるだけなんだ。
『孤児』
誰もが、岬にいる海の女神様を崇拝している。海から現れ、街の人々に加護を捧げる、と大人達は言う。だけど……。僕が加護を貰いに行くと、女神様は見下ろしてくる。腰まで長い髪が顔の周りを覆うから、そのおかげでよく見えるのだ。
ワ、タ、シ、ハ、ニ、ン、ゲ、ン
と、小さく口パクしている姿が。
『女神様の真実』
窓越しから家の中を見つめる野良猫を脅かしたら、いなくなった。そしたら、僕の家にいる少女が笑わなくなった。部屋の隅で、小刻みに震えている。
触れられない猫なんかと遊ぶより、触れる僕と遊んでよ。せっかく君を、ここに連れてきたんだからさ。
少女にそう声かけても、ただただ震えるだけだった。
『僕と、君だけ』
「あつい、しぬ」
「生きてんじゃん」
友人が隣で歩きながら、笑った。豪快すぎて、太陽の光を跳ね返しているようだ。
「……例えだ」
「良かった!」
走り去る友人の背中は、震えが収まっていた……ごめんな、もう消えないから。お前の元から、絶対。
友人のトラウマは、今年中に治せるだろうか……。
『あやまりきれない』
今年は、特に蚊が飛び交っている。だから、蚊取り線香を縁側でつけた。一筋の煙が、夜闇に浸透していく様を座って見つめた。すると、煙が突然消えた。消えるのが、早いな。蚊取り線香に近づいてみると、燃えた先端に蚊の焦げついた死骸が、びっしりとついている。
背後で、無数の蚊の羽音が聞こえた。
『襲撃』
野菜嫌いの息子が、急にトマトを食べ始めた。幼稚園に行って、お兄さんになったって事?! すかさず褒めると、息子は誇らしげに胸を張った。
「センセェはね、やさいをたべる、おとこが、すきなんだよ」
息子はトマトを口いっぱい含み、顔はどんどん青ざめていった。
……恋の試練は、険しいねぇ。
『初恋の試練』
自宅の庭土から、何か出ている。白い、円筒みたいなものだ。どうしようもないので放置していたら、一週間で摩天楼と呼ぶぐらいの高さになった。何なんだ、これは。絶句していると、母が包丁を持って、ソレを切りつけた。
「今夜は、大根パーティーよ!」
そんな夢を見た原因は、今でも分からない。
「変な夢」
「あの子、夏休みの宿題を一生懸命やってるの」
妻が、嬉しそうに言った。試しに息子の部屋に行くと、机に齧り付いていた。どんな宿題か聞いてみると、紙を見せてくれた。ミホ、ハル……見覚えのある名前が……。
「自由研究だよ! 今は、父さんがメールで、ハートを送った人の数を集計してるとこ!」
『不倫研究』
「ごめんなさい……」
ああ、雨だ……恋人とデートする時は、いつもそう。雨女って吐き捨てられて、フラレちゃう。今回も、きっと……。
「雨降っちゃったんだ、でもラッキーだね」
「え、何で?」
「だって、君と二人だけでいられる時間が増えるでしょ?」
恋人の輝く笑顔に、心の雨が一気に晴れた。
「雨上がり」
恋人がミキサーでグルグルかき混ぜて、コップにストローを刺す。
「はい、どうぞ」
笑顔で差し出された飲み物は、何故か赤黒い。恐る恐る、一口飲んでみた……トマトジュースだ。
良かったぁ……何も入っていない。
今までの恋人は——
「あ、隠し味はこれよ」
恋人が腕に出来た、切り傷を見せてきた。
『いつもと同じ』
朝、海辺を歩いていたら、ふと風が止まった。先程まで、平穏に風をたなびかせていたというのに。
「ああ、朝凪か」
友人の声が、鼓膜を振るわせた。
「……お前が、止めたのかと思った」
「まさか」
幽霊は、そんな事出来ないよ。
俺は、友人の声がする方を向いた。
友人の姿は、相変わらず見えない。
『風の声』