エピローグ
―――あれからちょうど一ヶ月。
早いなあ。
あの二人のことは、なーんにもわからずじまい。初美ちゃんとはすっかり仲良くなって(運ばれた病院を調べたのさ)、今日も帰りにお見舞いに行くつもり。
彼女が退院したら、本格的に二人を捜そうって相談してるんだけど。
こういうのも片想いっぽくて、面白いかもね。街で一目惚れした相手を捜してるってシチュエイション。
「松神さん、受付の方と交代してきて」
窓からわずかに見える咲き始めた桜をぼんやり見ていると、先生にそう言われてあたしは立ち上がった。
今日は新入生の合格発表日。日曜日なんだけど、あたしは委員をやっている都合上、こうやってお手伝いなんぞしている。
受付の場所まで行って手順を説明してもらってから、あたしは席についた。
えーと、受験番号と名前をチェックして、新しい組番号を教えてあげて、書類を渡すのね。
小中の後輩の名前はないかなと名簿を見ていると、セーラー服の子がやって来た。
「一一七六番、木内百合子です」
ちょっと心細そうな感じで言うのが何だか可愛い。あたしも一年前はこうだったのかなぁ。
「七組の二十五番ね。はいこれ」
うーん、最初はチョロいもんよと思ってたけど、わりと忙がしい。
名前をチェックして書類を渡して名前をチェックして書類を渡して……。
目が回りそう。
受け付けに座って一時間もたったとき。
「一八一三番、浅葱狩野です」
何処かで聴いたような清んだ男の子の声。頭の隅でそう考えて指は名簿を辿る。
一八一三……あ・さ・ぎ・か・り・の、っと。変わった名前……って、え? あ!?
その時点でようやく気が付いた。
「狩野くんっっ!?」
叫んであたしは立ち上がる。
周りの人が驚いてこっちを見たけれど、そんなのにかまってらんない。
あたしは、たぶん鳩が豆鉄砲くらったような、という表現がぴったりの顔をして、彼を見ていたと思う。
「反応鈍いよ、織名さん」
くすくす笑う、背の高いスラリとした美少年。
まぎれもなく、狩野君がそこに立っていた。
「どーして……」
ポカンとしているあたしににっこり微笑って。
「新一年生。俺、何組?」
「あ、えーと……二組、一番……」
答えながら、あたしはパニクっていた。
ええええっ!? なんでーっどうしてー!? 今の様子じゃあたしがここにいること、知ってたみたいじゃないのーっ!
「一八一四。和木夜城」
またまた知った声がして、しかし今度は驚かなかった。
ちぃっくしょおおお、どういうことなのようっ。
「二組、四十五番っ」
書類を渡しながらあたしは二人を睨んだ。
可笑しそうに笑っている、こっの悪ガキども……!
年下なんて思ってもみなかったわ、道理で近辺の高校捜してもいないはずよっ。
「説明が欲しいって顔してるね」
もちろん! とあたしは頷いた。
「織名さん、最初逢ったとき自分のマンションにいたじゃないか。あの辺りの区域なら、たぶんこの学校じゃないかって。ドンピシャだったなあ、夜城」
違ってたらどうするつもりだったのよ。と、心の中で突っ込みつつ、だけど、頬が緩むのを抑えきれなかった。
だって。
それって、あたしがいると思って、ここに来たってこと?
それって、あたしと関わろうと思っているってこと?
――そう、受け取ってもいいの?
ああでもこれまでのあたしの苦労はっ。
「はい」
ぐるぐる苦悩しているあたしの前に、正方形の包みが置かれる。
キョトンと瞬いた。
「今日は何日?」
「?? 三月十四日……あ」
ホワイト・デー!
「お返し。俺たち二人から」
にこにこと上機嫌に笑う狩野君に、あたしはうろたえてしまった。
「そんな、お返しなんて。あんなチョコひとつでっ」
残り物のチョコレートだったのよっ?
開けろとせっつく夜城と、狩野君の微笑みに負けて、あたしは綺麗な包みを剥がした。
箱に入っていたのは、銀の鎖に皓く光るムーンストーンが付いている、可愛い感じのネックレス。
入っていた箱からして、……何だか高そう………。
「気に入った?」
「気に入った、けど……狩野くぅん〜〜、あたしこんなのもらえないよう〜〜」
って言ってるのに。
「失くしたのと同じ様なイヤリングをプレゼントしようと思ってたんだけど、こっちのほうがいつも身に付けていられるかなって。ムーンストーンって、なんか織名さんのイメージだったし」
そう続ける狩野君。人の話を聞けよ、オイ。
目を泳がせるあたしをジロリと夜城がねめつけて。
「いらないとは言わせねぇぞ。俺たちの乏しいバイト代をつぎ込んで買ったんだからな」
そ、それは脅迫って言うんだよ!
上から見下ろす、二組の視線。
…………ううう。
「……ありがとう……」
喜色満面って感じで狩野君が笑った。夜城はよしよしと偉そうに頷いて。
かんっぜんにあたしのこと、読んでるわこいつら。
いつか仕返ししてやる。覚えてなさいよ、こっちは先輩なんだからね。
嬉しいんだけどくやしい、複雑怪奇な顔をしているあたしをヒョイと覗き込んで、狩野君が手を差し出す。
「それじゃあ、織名先輩。これからよろしく」
……よろしくじゃないわよホントにもう。
あたしは二人を睨むように見上げて。
――いろいろ訊きたいことも、たっくさんあることだし。長い、付き合いになりそうな、そんなワクワクするような予感を胸に――とりあえず。
差し出された手をピシャリと打ち合わせる。
「よろしく、ね」
微笑ったあたしたちを青空と桜が見下ろしていた。
END
(1993/02/02.writing)