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「あ、そうだ。これあげる」
駅のホーム手前であたしは立ち止まった。バッグの中からちっちゃな箱を取り出す。
キョトンとしている二人に、やけ食いから逃れたチョコレートを差し出して。
「せっかくだし。残り物で悪いけど、食べて?」
感謝というのはちょっとおかしいけど、何だかあたしのやるせなかった気持ちも、今日の出来事で昇華された感じだし。
ありがとうっていうか、お礼っていうか?
いいよね、バレンタインだもの。
「いただきます」
狩野君が言って、夜城は無言でそれを食べた。
ふと気付いたように狩野君があたしの耳元に手をやる。
「……織名さん、イヤリング片方ないよ」
言われて当てた指先に触れるものがない。ホントだ、左のがなくなってるし。
「あらら、どっかでたぶん、落としちゃったのね」
「あちこち引っ張り回したから……ごめん」
シュンとしてしまった狩野君に笑って言う。
「いいよいいよ。あたしの身代わりになってくれたんだよ」
「身代わり?」
怪訝そうに夜城。
「そう、なにかをなくしたら、そう思うことにしてるの。あたしの災難を何処かに持っていってくれたのねって。現にほら、あたし怪我ひとつしてないし」
あれだけ危ないとゆーか、おかしな体験したというのに。
あたしの答えを聞いて夜城が苦笑した。
「とことん幸せなヤツだな」
いいでしょ、別に。
電車がホームへ入ってきた。
あたし、かなり家から離れたところまで来ちゃってたのよねぇ。
「送ってくれてありがとう」
二人に、向き直る。
「本当はちゃんと織名さんの家まで送るつもりだったんだけど……急いで実家に帰らなきゃいけなくなって。ごめんね」
「いいよぅ」
あたしはぴょんと跳ねて電車に乗った。
「楽しかったわ、けっこう。気晴らしにもなったし」
「こちらこそ。助かったよ」
狩野君はにっこり、狩野は軽く眉を上げて。
「じゃ、……さよなら、狩野君、夜城君」
言った瞬間扉が閉まった。ううん、絶妙のタイミング。よかったわ、なんか泣きそうだったのよね、実は。
やっぱり連絡先くらい聞けばよかった? もう、会えないかもしれないのに。
でも。
特殊な事情がある、彼ら。
本当なら、あたしを関わらせるつもりなんてなかったはずで――。
電車がガタンと動き始めたとき、コンと音がしてあたしは顔を上げた。
ガラスの向こうで狩野くんが何か言っている。
なあに?
?
マ
タ
ネ
―――??
「織ちゃんごめんなさいっっ!」
自分ちのマンションに辿り着いて。あれ、うちの前に誰かいる、と思う間もなく、その人影――律ちゃんが飛び付いてきた。
うあああびっくりしたびっくりした。
「ごめんね、わたし何度も言おうと思ってたの、でも……どうしても言えなくって、ごめんなさいって、言っても言い訳にしかならないけど……、ごめっ、」
半泣きのまま、まくし立てる律ちゃんの肩を落ち着かせるようにぽんぽんと叩いて。
もしかして、あたしが帰ってくるまで待ってたの? にしても、一人で?
きょろりと辺りを見回すあたしに気付いたのか、鼻を啜りながら律ちゃんが言う。
「佐東くんは邪魔だから帰ってもらった」
邪魔……けっこう言うなあ、この子。
でも。そのくらい、遠慮がない方が、本当なのかもしれない。
「もういいんだって。あたしこそ、ごめんね」
気付かなくて、という意味を含ませた言葉に、律ちゃんは首を振る。
「でも……っ、」
まだ謝るつもりの唇を指で押さえて。
「あたしなんか、フラれちゃった直後に気になるひと二人も作っちゃうようなコなんだよ。だから、律ちゃんは気にしなくっていいの。そんな女の毒牙から、佐東くんを守れてよかったわって思ってりゃいいのよ」
あたしは本心から笑って言った。
律ちゃんはぼろぼろと涙をこぼしたあと、ありがとう、と呟いて、もう一度飛び付いてきた。
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