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ACT.0  作者: 深月織
6/10

<5>


『彼女』の名前は館中初美(タテナカハツミ)、高校一年生。くそばかのくだらない顔だけの男に、待ちぼうけを食らわされ、交通事故に遭った。


 魂だけになって、それでも彼を捜して、見つけたら見つけたで、彼は他の女といちゃついていた。

 信じていたのに。

 大好きだったのに。

 どうして。

 どうして……?

 初美さんの心が伝わってくる。まるで、自分の感情みたいに。

 ぐちゃぐちゃになっているの。自分でも何をしているのか、わかっていないのよ。

 悲しい、悔しい、許せない、悔しい悔しい、悲しい、……好き。

「……ちくしょお、あいつぶん殴ってやる……!」

 ぼそりとこぼした言葉に狩野君が振り返った。

「え? なにか?」

「ううん、なんでも」

 と、誤魔化そうとしたのに。

「ぶん殴るって、誰をだ」

 地獄耳の夜城がしっかり聞き取っていて、あたしに訊いた。

 ぎょっとしたように狩野君がこっちを見て。

「織名さん?」

 夜城のばかたれ。余計なこと言うんじゃねーわよ。

 両側からの探るような視線に耐えかねて、あたしは口を開いた。

「……あの男よ、元凶、初美さんの彼だったにやけた男。叩きのめさなきゃ気がすまないわっ」

 ぐっと握り拳を作ってそう言うと、また視線を感じて、顔を上げる。

 あや、ちょっと過激だった?

「おい、お前なんであの女の名前知ってるんだ?」

「彼女の事情とか……知り合いじゃ、ないよね?」

 をををを?

 二人一緒に詰め寄らないでよっ。

「いや、あの、さっき彼女に憑かれたとき彼女のことが視えたの。ちなみに今もつながってるみたいなんだけど。思ってる事が頭に入ってくるっていうか……」

 言いおわらないうちに、夜城がすごい剣幕であたしの腕を掴んだ。

「馬鹿なんでそれを早く言わない!」

「き、聞かなかったじゃないのよおっ。あたしこんなの初めてなんだから、ワケわかんないしッ!」

 幽霊を見るのはもちろん、憑かれるなんて経験ないの! ついでに言うと、あんた達みたいなのに遇うのも初めてよッッ。

 そういえばこいつら……いったい何者なの? なんだか勢いに流されて、疑問にも思わなかったけど……。

 ふと気が付いて、あたしは今までのことを反芻してみた。

 ―――普通じゃない。普通じゃないわよ。

 えええ? 何なのォッ!?

 突然正気に戻ったあたしは、二人の顔をじいっと見つめてしまう。

 普通じゃない認定された狩野君と夜城はというと、難しい顔で何かひそひそと話していた。

 ……やっぱり美形だわ。眼福。

 じゃなくてじゃなくて!

 あたしのメンクイ、ばかばかそーゆーふうに浮かれてる場合じゃないんだってば!

 大体あたしはついさっき佐東君に振られたばっかで、―――あ。

 ああ、そっか、そうなんだ。

 あたしと初美さんて、状況が似てるんだ。

 ただ初美さんのほうがもっと真剣で、運が悪かっただけで……。

 これは。

 絶対に彼女を止めなくちゃ。

 ぜったい。

「織名さん」

 呼ばれてあたしは振り向く。

 そうしたら真面目な顔で、狩野君が、

「高いところ平気?」

 と、訊いてくる。

 へ???

「別に高所恐怖症ではないけど」

 それに高いとこダメだったら、屋上なんかにいないよー。

「じゃ、大丈夫だね。ちょっと失礼」

 にこっと笑ってさらっと言って、彼はあたしを抱きかかえてコンクリートを蹴った。

(――――――――!)

「っきゃあああーーーーっっっ!!!!」

 うそおおお、なによこれえええっっ。

 狩野君はあたしをお姫様抱っこしたまま、空を飛んでいた。いや、飛んでいたというより、跳んでいた、か。

 屋根や電柱を蹴りながら、ホントに、ぽん、ぽん、と。

 夜城も右に同じ。

 あんた達、重力はどうしたのよ、重力は!! 重力があるのよ地球には―――っっ!

 普通じゃない事がもう一つ増えた、でも至近距離で見ても顔はいいのよ―――っっ!!

「お、織名さん、あの……落としたりしないから、首を絞めないで……」

 は、やばい、殺人を犯すところだったわ。

 狩野君の首に、思いきりしがみついていたあたしは、慌てて腕を緩めた。

「ごめん」

 わあ、あたし男の子とこんなに接近するのって初めてかも。佐東君とだって、腕組んだりもしなかったし――……なんだかあたしが振られた理由がわかるような。

 つまりは、色気不足の自業自得。

 そんなあたしの考えをよそに、彼らは高いビルの上で足を止めた。

「どうだ? 何か感じるか」

 目にかかる髪をうるさそうにはらって、夜城が言う。

「え? 感じるって……」

「彼女の気配とか、そういうの。どう?」

 狩野君の言葉にあたしは考え込む。

 んんんんん。ん~~~。

 相変わらず、胸が締め付けられるような哀しみは伝わってくるんだけど……。

「……ダメ。全然」

 申し訳ないなあ、なんて思いつつ答えると、狩野君はガックリ肩を落とした。

「そっか……、そうだよな、織名さんは専門家じゃないんだし……」

「……えーと。二人は『専門家』なの?」

「うん、まあ…そんなもの」

 拝み屋さんとかいうヤツだ。ようするに、霊能者? テレビで見る霊能者の人って、空跳んだりしないけど。

「じゃあ、彼女追っかけてるのってお仕事?」

「うん。今日はボランティアだけど」

 ぼらんてぃあ。

「今日みたいな日は悪いものが活発になるからね。特に目立つっていうか……」

「幸せな奴が沢山いるだけ不幸な奴もいるってこと」

 あ、ナルホド。

 両想いで幸せ(ハァト)なカップルもいれば、失恋しちゃって悲しいよう、のひともいるわよね。

 ……あたりまえだわ。

「大変だね、せっかくのバレンタインなのに」

 この二人ならさぞかし貢ぎ物が………。

「そういえば織名さんは、どうしてあんな所に?」

 ぎく。しまった、この話題を振るんじゃなかった。

 墓穴墓穴、あたしのウッカリさんめ。

「えーとー…振られちゃったからさぁ」

「えっ…!? ご、ごめんっ……」

 てへへと笑って白状すると、狩野君が焦って謝る。

 いや別にいいんだけどね。そんな風にされるほうが、いたたまれないというか。

 思うほど気にしてないし。

 ごめんごめんなさいとあんまり必死で狩野君が謝るものだから、フォローのつもりで、

「それがよくある話でさ、友だちに取られちゃったんだよねえ。また間の悪いことに鉢合わせしちゃって、気まずいのなんの。一発殴ってバイバイしちゃった」

 そう明るく笑って言ったんだけど、ますます狩野君は申し訳なさそうな顔になってしまった。

 あうー、気にしないでようー。

「ま、男なんか腐るほどいるし」

 は。これはびっくりだ。

 夜城が、不機嫌っぽいのは変わらないんだけど、ぼそりとそんなことを言って。

 もしかしていまのは励ましてくれたのだろうか。

 ただの俺様オトコかと思ったら、いいとこあるじゃない?

「そ、そうだよ織名さんなら次の相手すぐ見つかるって、絶対に!」

 夜城の言葉に力を得て、狩野君が付け足す。

 悪くない。悪くないわ、ふふふふふ。かっこいい男の子に慰めてもらえるなんて滅多にないことよ! だから、現金にも上機嫌になったあたしは、ニッコリ笑って宣言したのだ。

「そういうわけで、あたしと同じ様な彼女をほうっておけないの。あんまり馬鹿馬鹿しいでしょ、あんなくそ馬鹿野郎のために迷うなんて。あたしみたいに一発ぶん殴って、さっさと忘れちゃえばいいのよ。……それだけ真剣だったってことなんだろうけど」

 夜城が皮肉げに笑った。

「そうだな、タイムリミットも近づいていることだし」

「タイムリミット?」

 はてな、と訊き直すと、狩野君が補足してくれる。

「彼女の身体の方が危ないってことだよ。早く戻らないと、今度こそ本当に―――」

 死んでしまう。

 ……………。って、えーと、ちょっと待ってよ?

「彼女、死んでないの!?」

 突然すっとんきょーな声を上げたあたしを二人が見る。

「……お前気が付いてなかったのか? マヌケ……」

「さっきから戻そうとしてたでしょ、俺たち。織名さん、つながってるって言ったから、わかってると思ってた」

 夜城はともかく、狩野君まで呆れた目で見ないでー。

 だってええぇ。こんな体験初めてだって言ってるじゃないいぃー。

「生霊だよ、彼女。何かの弾みで魂だけ離れてしまったんだ。ちゃんと生きてる」

「死んでる奴ならとっくに<向こう>へ送ってるさ」

 からかいを含んだ夜城の言葉にカチンと来て、何か言い返そうとした、時だった。

 キンとはげしい耳鳴りがして、あたしは顔をしかめた。

 無理矢理割り込んでくる、誰かの思考―――彼女だ!

「どうしたっ」

「……っっ……」

「織名さん!」

 頭を抑えて蹲ったあたしに、狩野君と夜城が駆け寄る。

 ……すごい憎悪。この世の全てを憎んでいるような……。

 腕を上げて、ある方向を指し示した。

「なに……?」

「もしかして、」

 頷く。

 あたしが指さした方向にある、赤い建物。レンガのようなタイルが特徴の、マンション。


―――あそこに、彼女がいる。




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