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「 邪魔をしないで 」
あたしが言った。
「……それは君の身体じゃない、出てくるんだ」
少し青ざめた顔でカリノ君が言う。その後ろに険しい表情をしたヤシロ君が立っていた。
「ワタシのカラダよ。長い髪、女らしい身体……コレで彼もまた、ワタシを好きになってくれるわ……」
うっとりと、あたしはあたしの身体を抱き締める。
「君の身体じゃない。出るんだ」
「イヤ」
「出ろ」
「イヤ! イヤよ邪魔をしないで!!」
あたしが叫んだとたん、二人の前に炎の壁が生まれる。
「チッ……一人前に発火なんかしやがって」
ヤシロ君が一歩前に出て手を横凪ぎに払う。火が消えた。
「ヤシロ、手荒なことは……」
「わかってる」
彼はすっと姿勢を正し、目の高さに両手を上げてパン、と合わせた。その瞬間、周りの空気が清浄になった気がした。
響き渡る澄んだ声でヤシロ君が何かを唱え始める。
「イヤやめて!」
引き剥がされるような感覚にギュウッと身体が痛む。ヤシロ君が唱えてる言葉のせい?
いたい痛い苦しい悲しい。
………哀しい。
あたしは泣いていた。
「ドウシテ邪魔するの? みんな……」
みんな嫌い。みんな意地悪だ。そんなにわたしが嫌いなの。どうして。
「その身体に入っているから痛いんだ。君の身体に還るんだ」
静かな声でカリノ君が言う。その声は厳しいけれど、瞳は優しい。
………わたしの、身体。
「他人の身体に入って好かれてもしょうがないだろう。やるだけ無駄だ」
あくまで冷たいヤシロ君。
………どうして?
わたしは彼が好きだったの、好きだっただけなのに……。
『彼女』が泣いている。心まで涙を流して。
好きだったんだね、彼を。そんなに。とても。裏切られて死んでしまえばいいと思うくらいに。
ごめんね、あたしちょっと羨ましい。
そこまで人を好きになったことがないから。
――でも。
「この、……」
あたしは鉛のように重い腕を上げて、手すりに寄りかかった。
ゆっくり言葉を紡ぎ出す。
「…この、身体は。『あたし』のもの、なの。ごめん……」
返して、ね。
「ごめんね……」
呟いた瞬間、彼女の泣き顔が頭に見えた。泣いてる、泣いて……。
ふっ、と突然身体が軽くなる。『彼女』が離れた。
「離れた……?」
「……ウッソだろ……」
彼女が離れたとたん、あたしは疲れ果ててへたりこんでしまった。
うあー、二十キロ走ったあとみたいー。
「大丈夫、ですか」
いつの間に側へ来たのか、心配そうにカリノ君があたしを覗き込んでいた。
ひらひらと手を振ってあたしはそれに答える。あんまし大丈夫じゃないけどね。
「ええと…“彼女”は?」
「ヤシロが追いました。あの……」
困惑げにあたしを見る。何か言いたそうにして。あのねー、聞きたいのはこっちよ。
「松神織名。織る名前って書いてオリナね」
取りあえず自己紹介なんぞしてみた。
カリノ君は面食らったものの礼儀正しく答えてくれる。
「あ、はい…浅葱狩野です。もうひとり和木夜城…」
ついでだと思って、どういう字書くのと訊いてるそこへ、夜城君が戻ってきた。
……どうでもいいけど何処へ行ってたの? ドアを開ける気配なかったんだけども。
「駄目だ見失った。ったく、とんだ邪魔が入ったな」
忌々しげに吐き捨て、あたしをジロリと見やる。
んんー? とんだ邪魔ってあたしのことかいー?
「なんだってこんな所にいるんだよ」
ムカ。
「自分ちのマンションの屋上にいて何が悪いって言うのよ! 勝手に現れてワケのわからないこと始めたの、あんた達の方じゃないッ」
「あぁ!? なんだとぉ?」
「夜城っ! 織名さんも! そんなことより、彼女を探さないと、」
狩野君の声であたし達ははっとする。
そ、そうだったわ。こんな子どもとケンカしてる場合じゃないわっ!
「早く追っかけなきゃ! 彼女、このままじゃ人を殺しちゃうっっ!」慌てて言うと、ぽかんとして2人はあたしを見た。
……何よ。
「なぁに考えてんだ、お前? 部外者はひっこんでろよ、怪我しねーうちに帰んな」
心底呆れた、という風に夜城君。あんたはいちいち突っかかるわねえ、何様のつもりよ。
「織名さん、さっきは上手く憑依を抜け出せたけれど、次はどうなるかわからないんだよ。理由を知りたいと思うのは当然だけど、夜城の言うとおり……」
「帰れ。力もないくせに出しゃばるんじゃねえよ」
説得するような狩野君の言葉を遮って、夜城のバカが言う。
「夜城、そういう言い方は失礼だろう。巻き込んだのは俺達の方なんだから」
「何言ってんだ。大体この女がボーっとしてるから、憑かれて逃がす羽目になったんだろが」
「それは俺達のミスだ。人がいるのを確かめなかったんだから」
「お前のミスだろう。突然遠隔霊視なんて始めやがって。だからお前と組むのはイヤだったんだよ」
………あの~、もしもし?
おいおいおい、ハナシ、ずれてるし。何やってんのかな、今はそういうことやってる場合じゃなかったんではないの?
「あの…ちょっと、」
「俺が決めたんじゃないだろう、今さら何を言うんだよ! 夜城は強引すぎるから心配されてるんだ、少しは自重したらどうなんだ?」
「余計な世話だ! お前こそ俺と組まされるのにうんざりしてるんじゃないか? 跡取り息子は大変だよなぁ」
「そういう態度だから駄目なんだろうっ。俺だって好きでこの立場に生まれたわけじゃないんだ!」
これはもしかして、内輪もめでは……?
ポカンと二人の言い争いを眺めるしかなかったあたしだったけれど、それがだんだん子どものお前の母ちゃんなんたら、というレベルまで落ちてきた時、ぷつんとナニかが切れた音に気付いた。
「うるさぁいぃっっ!! 二人とも、男のくせにグダグダと、細かい事にこだわってんじゃないわよ! 怪我なんか別に構わないし訳も特に知りたいとは思わない、あたしはあたしの理由で彼女を追いかけたいだけなのっ! 何よ子どもみたいにケンカしてっ」
いい加減にキレたというやつだ。
滑舌よろしく捲し立て、「返事はっ」と二人を睨んでそう言うと、勢いにつられたのかアッサリ頷いた。
よおしっ。それでいいのよ、それで。
きりりと眉尾を上げて、あたしは号令をかける。
「そうと決まったら追っかけるわよ、あの子を止めなきゃ!」
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