兄妹
「まず1つ目はダンジョン攻略そして私達のメンバーの救出です。メンバーの方は入ってすぐに見つかるでしょう。」
「...」
「2つ目はダンジョン攻略時に入手したアイテムを全て受け渡す事です」
指を立てながら、彼女がつぶやく。
最高難易度そして、死亡が許されないダンジョンの攻略をすれば、入手できるアイテムだけでも懐がそれは潤うだろう。だが彼らが求めいているのはそんな金になるアイテムや自身を強化するアイテムじゃないのだろう。もっと特殊なこれから先、必要になるアイテムの類だろうな。けれど現状の俺には選択の自由はない。
そう考えをまとめた後、俺は瞬きをした。
「ふふ...取り引き成立ですね♪フレンド申請しておきますので、攻略した後連絡してくださいね~」
そう言った彼女の声を最後に俺は愛の方を見る。よかった彼女に怪我はない。彼女の安全も確保できた。
『これで少しはお兄ちゃんらしいことが出来ただろうか?』そう心の中に呟き、俺はただ静かに目をつぶった。
――☆――☆――☆――
あれ程の攻撃を受け、取引を成立するまで彼は痛み耐え続けた。
信憑性のない取引を受けてまでも、自彼は妹の身の安全を何よりも優先させたのだ。これから起きるかもしれない自分に身をの危険を顧みずに。
「ふふ...安心したように眠ってしまいましたね」
「本当にこいつに任せるの?言っちゃなんだけど、実力不足じゃない?不遇職だし」
「任せたなら仕方ありません。彼が任務を失敗及び、成功するまで妹さんは私が預かります。それに、ダンジョン攻略に向かうのは彼だけではありません。他にも彼のような優秀なプレイヤーさんも一緒ですよ」
そうツツジは返答した、彼女の言う優秀なプレイヤーは恐らく彼女達が出向いていた場所にいて交戦したプレイヤーの事だろう。まぁ気にすることもないだろう。どうせ見ることはないのだから。
そんな予想を立てていると、彼女は愛の腕を掴み、その場を立ち去ろうとする。
「その娘どうするつもりなの?情報はもう回ってるはずでしょう?死にたいの?」
「いえ、あの方に届いた情報は二人のプレイヤーって事だけですよ。先に戻ったクリスさんにはこの事をご内密に...とも伝えました。あとは適当にって感じですね」
「...そう」
「珍しいですね。貴方が何も言わないなんて。てっきりまた反対されるかと思っていました」
「...その子をあの人の近くに置いて置くのは危険だと思っただけ。それに...いやなんでもない」
「そうですか。じゃあその人をお任せしましたよ〜」
弱いのがいれば、貴方は無茶せずに済む。そう考える内にツツジはアイと共に森へと消えた。
――☆――☆――☆――
森の中を歩きだして数分。妹さんは後ろを振り向くことをやめています。
不思議です。これから何が起こるのかすらわからなく、不安になる筈なのに彼女は自分の事ではなく、置いていったしまったお兄さんの事の方が気になるそうです。
「心配ですか?」
「...うん。あの人お兄を倒そうとしてた」
「大丈夫ですよ」
今にも泣きそうな声を出す愛さんを励ますように伝えます。
「ユラ君はああ見えて命令には絶対に逆らわないですし、ああ見えて結構優しいんですよ?」
「違う...」
「あら〜?」
あまりに予想外な返答にきょとんとする私を後目に愛さんはただ俯きました。そして小さな一粒の涙を流しました。そんな彼女は歩みを止め、苦しそうに口を開けました。
「お兄ちゃんは私を守る為に...私のせいでああになったのに...それなのに笑ってた...私の安全を知って...」
小さな涙はやがて大きな涙になり、手で拭う事すら難しそうです。それでもアイさんは泣き止む事をしません。やがて目は真っ赤になり、鼻水も止まる事は知りません。けれどそんな彼女の姿は愛おしく、私はただそんな少女を眺めるしかなった。互いを大事しているから起きる事、それは普通にありそうでないものです。これほど思ってくれる可愛い妹さんを泣かせるなんて罪なお兄ちゃんですね。
「あの子もこんな家族がいれば変わっていたのでしょうか...」
――☆――☆――☆――
「重いなぁこのボロ雑巾...」
それなりの距離を抱えているのもあり、ちょくちょく嫌味を言いつつも、僕はこのボロ雑巾をおぶって、目的の場所へと向かっている。
「それにしても、妹なんかの為に良く、こんな状態になるまで戦ったよね...いや妹だからなのか」
そう言い、ぼろ雑巾の揺れている腕に視線を映す。手が見当たらない戦闘中、自分が切ったからだ。けどそんな彼の手は妹を守る為だけに犠牲にした物で、そして事実、彼は身を挺して僕から、妹を守れた。
「...やるじゃん。お前...」
「...」
少しの照れを我慢し、先程の嫌味の謝罪を込めて、そう言葉で伝える。
数十分が経ち、やっと目的の場所に辿り着いた瞬間、すぐさま彼を下ろし、その場を離れるようとした時――
「...ありがとう...ゆら」
「...」
気を失うほどの苦痛が彼を襲っている筈なのに、妹をさらった人物に、彼は痛みを堪えて、たった二言の言葉を伝える為に目を覚ましたのだ。
僕も....いや、そんなこと許されるわけがない。僕が聞いた彼の悲鳴は間違いなく僕がしたことだ。あまりにも虫が良すぎる。
「何言っちゃってんの?ばーか♪」
そう言った後、僕はその場を去った。
――☆――☆――☆――
何時間が経ったのだろうか。
真っ暗で星々が輝いていた夜空はいつのまにか青空へと変わっていた。
記憶は...あるみたいだ。嫌なことも、嬉しかった事も、鮮明に覚えている。溢れでる無力感をどうにか押しのけ、立ち上がる。長い時間、座った状態になっていたからか、体のバランスが崩れる。倒れないようどこかに寄りかかろうとする。
そして何かに寄りかかったと思えば、金属音が響いた。俺はその音の原因を確認する為、そちらに視線を移した。
巨大な扉であった。
「...ここが目的地って事ね」
固唾をのみ両手でその巨大な扉を押す。想像はしていたが扉は硬く、尋常じゃないぐらい重いものの、辛うじて自分が入れるぐらいの入口を作り、中へと入った。
空気が変わっ他のを感じる。薄暗く、静かな洞窟からは何処から垂れる水の音聞こえ、先に進む為の道しかない。おまけに先は真っ暗で見えないときた。
だが、戻ると言う選択はない。
「進むしかない」
また会う為に。兄と呼ばれる為に...その為には準備が必要だ。
メニュー画面を広げ、入手条件を達成した職業一覧に入る。トワゾに入ってから、何個かにゲームシステムが変わった。
まずは状態異常の1つである。【痛覚】だ。以前のトワゾであれば、視界に血のエフェクト、画面のブレ...のみだ。なのに今は、攻撃によって痛みその物が体を襲う。超うれしくない強化だ。仮に今、ログアウトができるのなら炎上しているであろう攻略サイトの掲示板を覗きたいものだ。
そして【痛覚】の上方修正により、斬撃系の攻撃により付与される【出血】等の状態異常にも相対的に強化が入った。ただでさえダメージを食らい続ける厄介な状態異常なのに痛覚によって集中力も削られる。他にも魔法や打撃系統も何らかの状態異常を与えられる事が多い以上、何らかの対策をしないといけない。
その問題の状態異常に耐性をつけるには、装備と補助魔法、そして少数のスキルである。
だが装備は常時大幅な異常耐性が発動する為、その分重宝される。
しかし、いかに優秀な装備でも、さすがに全ての状態異常に完全な耐性をつける事ができない。だから当然、効果の弱い痛覚耐性の装備の需要は低いわけだ。当然、今の俺も持っていない。職業の事もあり、耐性を付与する魔法も使えない以上、こうして耐性をつけてくれるスキルを持っている職業を探しているわけだ。
有名なところで行くと【戦士】のスキルである《戦士の雄叫び》だろうか。【痛覚】に耐性をつけるだけじゃなく【恐怖】にも多少の耐性を着けてくれる。現状、最適解だ。欠点があるとすれば、【戦士】を入手する為には、〈見習い剣士〉そして、〈剣士〉の職業が必要だって事ぐらいだろうか?
けれど、現状の状況では遅すぎる。残念ながら、多少簡単であっても一刻も早くここから出たい。
そんな事を考え、気になった物の詳細を確認し、該当する物でなければ、下にスクロールを繰り返した。
そしてあるものを見て指の動きが止まった。
「〈吊るされた男〉...」
聞いた事がない。いつの間に手に入れていたんだ?
まぁそんなことは置いといて、この職業の熟練度を上げる事で得られるものは優秀なものばかりだ。お目当ての痛覚耐性も完全ではないが入手ができる。これならスキルによるカバーができる。
すぐに職業を取得し、見えない洞窟の先を見る。
「よし...これで攻略に専念できる」
そう思考をまとめた後、道の先が急に騒がしくなる。それに加え、ペタペタと言う足音から音がどんどん近くに来ているのを感じる。その何らかの声は1つだけじゃなく、異常であり例えるとすれば、喉を痛め声が出ないのにそれでも尚強制的に声を出そうとしているようなガサついた声が足音と共に近づいていく。
「薄暗い中でこれはまずいな」
正体は何かはわからない、それに加えて視界も悪い。
「でも試すなら今しかない」
そう、俺のような近接戦闘職が一番重宝するゲームシステムである――
「スキル《気配察知》」
白色のオーラが周りを侵食するように、進んでいく。やがてそのオーラは声の正体も侵食した。
小さいものの、筋肉質で爪や牙が発達している。肌の色は暗いのもあり、確認できないが、記憶をによれば確か緑色だ。耳は長く、手には棍棒や石を持っている。
これぞファンタジー世界の中でも、知名度の高い――
「ゴブリン!」
これはいい。リトルボアに次ぐ雑魚モンスターだが、スキルの試運転にはちょうどいい。
「ぎゃあ“あ”」
「《縮地法》」
体の体勢を落とした瞬間、ノーモーションでゴブリンの目の前に現れ、そのままゴブリンの首を切り落とした。
しかし一体倒しただけでは、数が減ることはなく、そのまま次から次へと現れるゴブリンの首を切り飛ばした。壁や床に血が飛び散る。それでも尚、ゴブリンの数は減る事を知らないらしく、反撃しようとするがそんな暇もなく次々と首を地に落とした。
現れたゴブリンを全て倒し終え、スキルを使えた達成感と共に汚れた自身の体を確認。紫色の血は周りに飛び散り、自分の体にも付着しているが、俺はある1つの要因に、気づくことになる。
「臭っ!!」
鼻につく腐敗臭。俺はその匂いから逃げるように、その場から離れた。
「まじか...」
トワゾで追加されている物は、視覚、聴覚と触感のみのはずだ。なのに今はそして嗅覚も感じている。こんな事ありえるのか。先程まで遭遇していた問題が解決したと思ったらこれだ。いや考えたときに、たまたま別の問題に当たっただけで、最初から本題これだ。
「...はは」
こんな現状だからか思わず、乾いた笑いが出る。
妹を助けても問題は解決するわけじゃない。俺らは今どこにいるんだ?
自分の部屋のベッドか、はたまたこのゲームその物の中なのか。そんな考えたくもない疑問を唱えた瞬間――
「なんかこの感じ懐かしいな」
この体の震え、恐怖、心臓の音が止まらない感覚。初めてサッカーの試合に出た頃を思い出す。別に好きで始めたわけじゃない。ただふとした瞬間からボールが隣にいて、気付いたら必死に蹴ってた。
命に関わる事と子供のスポーツを比べるのは野暮な事だけど...初めてのサッカーの試合、実は逃げたんだ。その時に彼女は来た。
「にぃ」
「...」
よく見つけられるものだ。自分で言うのも何だけど結構ちゃんとしたところに隠れてたんだ。それでも彼女は僕を見つけた。
「にぃいこ」
「で、でも...」
「だいじょぶ。にぃならだいじょぶ」
手を引かれた。暗くて寒くて誰も見つけられなかった場所から彼女は俺を連れて行ってくれたんだ。
光輝くあの場所へ...いつからだろうか、俺は彼女その者を見ようとしなくなったのは...今思えば彼女はずっと、ずっと僕に見てくれていたんだ。背中を支えてくれたんだ。例え嫌われてでもも。
なのに俺はここで何しているんだ?
前に進め、助けるんだ。例えこの体がどうなろうと俺は絶対に自分の妹を助けるんだ。
あの時からずっと俺の隣にいてくれた。平等でいてくれた。歩け、恐怖を糧にしろ、体の震えを利用しろ、大切なものを守る為なら何事にも気を取られるな。
恐怖や痛みは、決してデメリットじゃない、目標に近付けば近付く程、それらの要因大きくなって自分の道なりを遮る。けどそれらの要因は自分の成長と共に簡単に対処がしやすくなる。
いつか絶対対処ができるんだ。諦めるな。ただ歩みを続けろ、目標を絶対に達成すると心に決めろ。
そう一歩を歩みだした後、扉が閉まる音だけが洞窟に響いた。
ご高覧いただきありがとうございました。
仕事が忙しく、書ける時間が少ない中やっと書けました!本当に疲れました。ぜひ楽しんでくれると嬉しいです。
それでは皆さん良い一日を!