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孤独の剣士  作者: 腹ペコウサギ
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一人の剣士

 荒野となり、そこには穏やかな雨は降らず、降る雨はいつだって嵐しかなかった。

 そこに人が来ることはなかった。

 そこは人々の闘いによって荒野になった場所だ。

 元は自然豊かな草原だった。

 この世界でも最大規模の緑豊かな草原だった。

 だがそこは大国と大国との国境にあった。

 それ故にここは最初の戦地となった。

 そこにはもちろん住んでいる人もいた。

 しかし、その戦火はたった一瞬でその人々の築きあげてきた歴史を、幸せを壊した。

 そしてその絶望は、憎しみは、悲しみは、さらなる戦禍を呼び寄せた。

 そしてその中で彼女は一人、二つの刀を振るい続けた…………………………………









 

 ………彼女は思った。

 世界の残酷さに。

 世界の不条理に。

 世界の理不尽さに。

 そして世界の端にあるたった一つの幸せに。


 幸せををつくるために多くの者が命を落とした。その幸せを守るために多くの者が命を落とした。そして生き残った者たちはさらなる幸せを求めて、他の者達の幸せを奪いに行った。

 そうして世界には欲深さと復讐に飲み込まれ、さらなる欲望を求める強気者たちと復讐に燃える者たちに飲み込まれ、混乱が混乱を生む世界となった。

 戦えるものは戦地へと向かい、戦えないものはいつだって戦禍から逃げ続ける日々。

 黒く、暗く、絶望しかない。もうこの世界にはどこにも明るい希望はないのだと世界の人々は思っていた。

 

 だが彼女だけは知っていた。

 どんな黒塗りの絵画にもほんの少しの塗り残しがあるようにこの世界にもどこか世界の端には闇に光る光があるのだと。

 今、産声をあげる赤ん坊。

 今、戦争を止めるために少ない物資で動き続ける者達。

 今、武器を捨て、話をしようと語りかける者達。

 

 人の心が闇で覆い尽くされようとも新たに光は生まれ続けていた。

 彼女の求めた希望の光が。



「それにしてもこんな戦争の中で一人でどこに行かれようとしていたんですか?」

 ガラガラと車輪が回る馬車の中に輸送品と一緒に乗っている彼女に商人は話しかけた。

「とりあえず戦争が終わった跡地に向かってからですかね」

 フードで隠している顔をうつむけたまま彼女はそう淡々と答えた。

 

 商人はそれ以上話しかけずに馬車を走らせ続けた。

 どうして彼女がこんな荒野に一人でいるのか、彼女はどこに向かおうとしているのか、そもそも彼女は何者なのか気になることは多いがそれらにあまり触れない方がいいだろうと彼の商人としての勘が言っているのでそれ以上は聞こうとはしなかった。

 

「あなたはどうして武器を運んでいるんですか」

 彼女からのいきなりの問いかけに私は少し驚きを感じた。

 他意のない純粋な問いなのだろうと私は素直に答えた。

「今行われている戦争が始まる前から私は商人として生きていましたからね。昔は食べ物、鉱物、人など色々なものを運んでいましたよ。それが戦争が始まってから武器に変わっただけのことです」

「あなたが運んだ武器によって不幸になる人がいると考えましたか」

 私の言葉の直後に飛ばされた言葉に私はドキリとした。


 私は詰まりそうな喉から言葉を引っ張り出した。

「それはずっと考えないようにしていたことです。戦争が始まってから多くの商人たちが仕事を失いました。勿論それは私も同じでした。そして仕事を失えば生きていくことが出来ません。しかし、仕事を探せばこんな武器を運ぶ仕事しか出てきません。苦渋の決断でしたが私は自分を優先しました」

「そうですか」

 彼女からの答えは私に対しての失望なのか、それ以上言葉が紡がれることはなかった。


 彼女から言われた言葉。

 初めに感じて自分が生きるためだと心の中に押し殺した感情、それが沸々と湧き出て来た。

 私はこのままでいいのだろうか。

 直接ではなくても間接的にでも人をを不幸にし続けてまで生きることをしてなんの意味があるのだろうか。

 

 悶々と考えが頭をめぐり続ける中、彼女は急に

「すみません、ここまでで結構です。ありがとうございました」

「おや、もう少しでこの先の国に到着しますよ」

「いえ、この先の国が目的地ではないので」

「そうですか。わかりました。ではお気をつけて」

 彼女はそのまま背を向けて歩いていってしまった。

 

 私は聞こうかどうか迷い続けていた言葉を背を向けて歩く彼女に放った。

「あなたのお名前、教えてもらってもいいですか!!」

 彼女には聞こえていなかったのか彼女はこちらを振り返ることもなく、去っていこうとしていた。

 

 私はここまでの縁なのかとそこで諦めようとしていたその時だった。

 そよ風が吹くが如く、薄っすらとその音は、否、声は聞こえてきた。

 どこまでも透き通っていて流麗で淡々とした声が。たった一言。

「フリーデ・ホーフェン」


 

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