悲嘆の涙に暮れてませんが
「なろう」では初投稿です。よろしくお願いします。
「セリア・ヴィアンド! 私は貴様との婚約を破棄する」
王立学園パーティーを一ヶ月後に控えた今日の昼下がり、セリア・ヴィアンド侯爵令嬢に指を突きつけ、パルディア王国第一王子、クレス・パルディアは高らかに宣言した。
鼻息を荒くして胸を反らすクレスを前に、セリアはまったく動じていない。静かに立ち上がり、ただ顔を婚約者である王子に向けていた。
なぜ“顔を向けていた”なのか? 理由は簡単。侯爵令嬢は腰までの銀髪を持っているのだが、前髪も目を隠す長さで、瞳の色も形もわからない。
ただ、薄い唇には力が入っておらず、泰然とした風情が漂っている。大地に根ざす大樹さながらに。
「それは一向に構いませんが、もう少し場所を考えた方がよろしいのでは? わたし王妃教育で習いましたが、婚約破棄に関しては、このように公衆の面前で主張をする必要はありませんよ」
セリアは透明感のある語調で述べる。
そう、ここは学園の食堂。他の生徒たちで先程までは賑わっており、彼らは事の鄒勢を見守ることを強いられていた。
タチの悪い茶番劇と断じるのは簡単だが、相手は王族。迂闊に動くのは断頭台に行き着く。
もっとも大半はセリアに同情的であった。観客は口にはできないものの、クレスの目を盗み、気遣わしげな視線を送っている。
それがわかっているのかいないのか、第一王子は鼻を鳴らし、
「相変わらずどうしようもない女だな。しかも謝罪するべき相手によくもまあそんな態度をとれるものだ」
剣呑な眼差しでクレスにねめつけられるセリアは、目があると思しき場所を一点に固定した。
クレスの側にいる……いや、正確には彼の腕にしがみついている少女に。
綿か雲かを連想させる柔らかなピンクブロンドで、大きな青い瞳は微かに潤んでいる。セリアを見つめているが、そのきゃしゃな身体は震えていた。
アルターヌ・ドゥーグ。ドゥーグ男爵の一人娘である。
続いてセリアはアルターヌの後ろを見回す。あくまで“周りがそう判断した”わけだが。
控えているのは伯爵令息ティム・ゼリーグ、侯爵令息ウォルト・ガルヴ、騎士団長の息子バルディス・フェン、宰相の息子カドニ・エイン。
四人とも、パルディア王国の有力貴族だ。
「ーーで、何がどうなさったのですか?」
次の瞬間、乾いた音が鳴った。クレスがセリアの頬を張ったのだ。
観客と化していた、その場にいた者の反応はさまざまだ。息を呑んだ男子生徒、反射的に目を閉じた女子生徒、顔を伏せる下級貴族令息、扇で口元を押さえる上級貴族令嬢。多かれ少なかれ、空気が揺れ動くのは当然だ。
だが、侯爵令嬢は床を踏みしめ、何事もないが風情で直立している。クレスはせわしなく爪先で床を叩いていた。
「よくもまあそこまでとぼけられるものだな! おい! 言ってやれ!」
第一王子の呼びかけに、宰相の息子が一歩進み出る。そして、持っていた書類を読み上げた。
いわく、セリア・ヴィアンド侯爵令嬢はアルターヌ・ドゥーグ男爵令息を虐げた、冷酷非情な女。
目の前でアルターヌの祖母の形見であるブローチを投げ捨てた。
机の上にアルターヌを象った呪いの人形を置いた。
歩いていたアルターヌに水をかけた。
すれ違い様にアルターヌに暴言を浴びせた。
アルターヌの使っている教科書に落書きをした。
カドニの口上が終わっても、セリアはうつむくでもなく口をへの字にするでもなく、茫洋とした空気を纏っている。
それが一層、火に油を注いだ。
「まったく、こんな性悪女が存在しているとは誠におぞましいよ」
「自分がやったことがわからないから、そんなふてぶてしい態度がとれるんだよね」
「嫉妬の塊とは貴様のことを言うのだろうな」
「同感ですね。アルターヌが愛されているのを逆恨みするとは」
四人も一様に侯爵令嬢を罵る。なれど、当の本人が下界を睥睨する神竜さながらに落ち着きはらっているので、さながら残飯をあさるカラスだ。
刹那、クレスが傍らに視線を滑らせた。源は身をかくそうとするアルターヌ。
「どうした? アルターヌ」
甘さを乗せた第一王子の問いかけに、アルターヌは絞り出す感じで、
「セ、セリア様がわたしをあざ笑って……」
間を置かず、クレスの目尻が逆立った。
「貴様! アルターヌを愚弄してそんなに楽しいか!?」
「そもそもこのような事態になっていること自体、楽しくありませんが」
またしても肉を打つ音。二発目の平手を第一王子が侯爵令嬢に放ったのだ。
「……おい、やり過ぎだろ」
ーーそれは、観客の総意とも言える。
だが、あまりにも注意が足りなかった。
静寂の中で、それはあまりにも大きな声だったから。
ーーやばい……
男爵令息チャモル・ズッペダンは、冷たい汗が背中を伝うのを自覚した。口を押さえても、出たものは引っ込まない。
案の定、侯爵令嬢を糾弾していた五人の瞳がこちらに集中する。
自分が愚かなのはチャモルも理解している。なれど、なれど、他の人間がいる最中、婚約者を集団で暴言の的にするのはいかがなものか。しかも、庇っているのがよりによってアルターヌとは。
何せ、彼女の噂はチャモルが入学してすぐに耳に届いたのだから。
なんでも入学当初から上位の貴族令息に媚を売り、たらしこんできたのだから。おまけに相手に婚約者がいても平気の平座。
もしかしたら仲睦まじい男女の絆を引き裂くのが目的ではないか? そう邪推したくなる。
とはいえ、チャモルがアルターヌに無視されるからそんな考えに行きつくと、魅力的がないのを棚上げしてると指摘されたら、強く反論できない。ズッペダン男爵領は正直猫の額、男爵令嬢の食指はまったくもって動かない。
事実、アルターヌは上級貴族令息には自分から声をかけるのに、それ以外はけんもほろろ。クレスはもとより他の四人にも拝ませてやりたい。
閑話休題ーー
「貴様……今何と言った?」
第一王子に詰問されるも、声が出ない。声帯がストライキを起こしている。
どうしていいかわからず、とっ散らかった理性を組み合わせた刹那、
「クレス様、周りの発言が気になるのでしたら、始めからこのような場合で高らかに宣言しなければよかったのですよ。それに、ここで皆様方に如何様に思われても、わたしとの婚約を破棄するつもりなのでしょう? でしたらそれでよろしいじゃありませんか?」
実に淡々と、セリアは唇を動かしている。
チャモルの心臓は一瞬甘く高鳴ったが、慌てて抑える。
大それた反応をしている余裕はない。
さらにつけ足すなら、侯爵令嬢は矜持に従っているだけで、それ以上の意味は皆無。
しかし、これが更なる燃料を追加してしまった。
「ずいぶんあの男をかばうが、貴様、まさか浮気していたのか?」
「王妃教育を受けていたわたしにそんな暇があると思います?」
柳に風を体現する如く、セリアは悠然と受け流す。
気取られぬよう、チャモルは息を吐いた。
少しでも脳味噌があれば自ずと導けるはずだ。貧乏男爵の息子であるチャモルと、侯爵令嬢のセリア。蜜月の関係になるわけなかろうに。
思考を巡らせていたら、クレスは口角を吊り上げた。微かに生まれた隙間から、唾液に濡れた歯が覗く。ネズミをいたぶる猫を連想させた。
「バルディス、あの者を連れてきてくれ」
「ああ」
第一王子の仰せつけに騎士団長の息子は短く返し、大股で男爵令息に近づいてきた。
間近で拝む羽目になったバルディスの体躯に、全身の筋肉が持ち場を離れるのをチャモルは必死でこらえた。
未来の騎士団長として日々研鑽に励んでいるのか、元々大柄なのを差し引いても鍛え上げられた肉体をしている。髪と同じ赤色の太い眉の下では、緋色の瞳が射殺さんばかりの鋭さでチャモルをねめつけている。
獅子の前に放り出されたウサギの心境に陥る男爵令息だが、まだ続く。
「来い」
短く告げられるや、腕を捕まれ引っ張られる。抵抗できるわけもなく、従うしかない。
不用意な発言で舞台に上がらされた観客は、役者と傍観者、両方に注目される。
男爵令息は突き飛ばされる。ちょうど、侯爵令嬢の隣にある空間にしりもちをついた。
「な……」
流石のセリアも予想外の様子であったが、すぐさまチャモルを助け起こす。
「だ……大丈夫ですか?」
「はい」
それだけ返し、制服の埃をはたき落としながらチャモルは立ち上がる。
途端、一人の王子と四人の上級貴族は男爵令息を捉えた。
王家の血はここにありとばかりのカリスマ性を具現化したクレス。褐色肌で神秘的な色気をかもし出しているティム、小柄で小動物的だが凛々しさも含んでいるウォルト、モノクルをかけて涼やかな瞳をした理知的な雰囲気のカドニ、先程チャモルを連行した野性的な容姿のバルディス。
五人五様の個性持つ彼らは皆、無遠慮にチャモルを見回している。頭の天辺から爪先まで。
美術品を値踏みする強欲な鑑定士より、最初から野菜を買い叩く気満々の商人に等しい目つきである。
精神の耐久性を試されていた男爵令息だが、ややあって、クレスが口を開いた。
「貴様、名を何と言う?」
チャモルは口内に溜まっていた唾を呑み込んだ。乾ききっていた喉は期せずして潤う。
「チャモル・ズッペダンです」
心臓が体内で躍り狂うが、平静を装い、名乗る。
「婚約者はいるのか?」
「いません」
チャモルと同じ一年生かつ下級貴族で婚約済みの生徒もいるが、彼はいない。あと二年の猶予があると呑気に考えていた。
直後、地獄の業火に灼かれる刃さながらに、第一王子の唇が波打った。
「ならばそれをやろう」
ーー一瞬、聴覚から入ってきた情報に、脳が動作不良を起こした。今までの出来事からつなぎ合わせた要素から、一つの仮説を導き出す。
「彼にわたしと婚約するよう命じるおつもりですか?」
セリアが口にしたが、その言い方ではニュアンスが違ってくる。チャモルとしては訂正したいところであるが、軽率な発言は許されない。
王家が婚約を結ぶくらい文句なしの娘が、かろうじて貴族籍に入っている家の男と婚約しろと強要されているのだ。男爵令息が侯爵令嬢との結婚を許されたのとはわけが違う。
「彼が貴様を気に入れば、の話だがな」
ーー滅茶苦茶にも程があるだろ。
チャモルが拒んでもセリアならよい縁談が舞い込むに決まっている。それ以前に、男爵令息より侯爵令嬢の意思が通るのが貴族社会というもの。
「ーーお待ち下さい」
空気にそぐわない、砕いた宝石をちりばめた風情の声が割って入った。
「そんなこと突然言われても、セリア様だって困るに決まっています! クレス様の婚約破棄宣言を受けて苦しんでいるのに! 悲嘆の涙に暮れているに違いありません!」
もし可能であったなら、大仰に肩をすくめてため息をついてやりたいところだ。
ーーことの元凶が何ほざいてんだよ。悲劇のヒロイン気取りか?
「ああ、それはありません」
しかし、セリアは凪の海面を思わせる調子で述べると、前髪を左右に分けた。
刹那、辺りに静寂が訪れる。
今まで厚き帳に隠されていた双眸。右は太陽を連想させる眩い金で、左は月を彷彿とさせる燻した銀。縁取る長い睫毛は髪と同じ銀色。
「この通り、悲嘆の涙に暮れてませんが」
セリアの声音には、事実以上でも以下でもないことが伝わってくる。チャモルが我に返るのは充分であった。
知らぬ内に開いてしまった口を閉じ、慌てて第一王子たちに顔を振り戻す。
セリアの元婚約者、クレス王子もその取り巻きたちも、突如判明した侯爵令嬢の素顔に釘づけである。
「……ク、クレス様……クレス様……」
声量を抑えて呼びながら、アルターヌはクレスの脇腹を肘で軽く突いている。唇を“え”の形にして、侯爵令嬢と第一王子にせわしなく視線を往復させていた。
その甲斐あって、魂が抜けていたも同様であったクレスの目に光が灯る。
「な、なぜ今まで前髪で隠していたんだ?」
量感は未だセリアの顏を凝視したままで、ほのかに頬が染まっている。
「初めての顔合わせで“そんな左右で色が違う目なんて見たくない。よくそんな気持ち悪い顔で来れたな”とおっしゃったので。今考えれば他にも方法があったのかもしれませんが、あのときはこれ以外思いつかなかったものですから」
感情の読み取れない声だが、内容は眉を跳ね上げていい域に達している。
「もしかして、お忘れでしたか?」
セリアは抑揚のない口調で訊いた。
瞬間、上級貴族令息四人は第一王子を見る。
「……そんなことを言ったのか? お前、レディーに対して失礼だぞ」
眉をひそめて言うのはティムだ。
「いくらなんでも酷いよ。最低。信じられない」
口を尖らせてウォルトは抗議する。
「なんてことを言ったんだこの馬鹿野郎! 恥ずかしくないのかよ!? ああ!?」
肩を怒らせ、バルディスは音声を爆発させる。
「無礼としか言い様がありませんね」
モノクルを上げ、カドニは痛烈に述べた。
「いや、あのときは親同士で勝手に決められたことに反発心があっただけで……まさかこんな美人になっているとは思わなかったんだ……」
消え入りそうな声でクレスは弁明した。
完全に傍観者に徹して眺めていたチャモルであったが、眉を寄せた。
数分前まではセリアを声高に断罪していた五人、侯爵令嬢のあらわになった素顔に心を奪われた模様。“奪われた”は言い過ぎかもしれないが、少なくとも勢いは削いだ風に判じた。
反比例して、そよ風に揺れるかすみ草だったアルターヌが、暴風を纏ったハエトリグサに変貌する威力に。
「ち! ちょっとクレス様! ティム様にウォルト様にバルディス様にカドニ様も! 何態度を変えているんですか!」
確かに容姿で手のひらを返すのはどうかと思うが、主張しているのは愚行を引き起こした張本人である。辺りから失笑が漏れたのは気のせいか。
「“アルターヌを妻にする”って! “セリアと別れて君と人生を歩みたい”って! “あんな見た目も中身も醜い女はウンザリだ”って! 言ってたじゃないですか!」
食堂内に響き渡る大音声で叫ぶ男爵令嬢。
チャモルは両手で耳を塞ぎたいが、セリアが身体の横に垂らしているのに、そうはいかない。
「ア、アルターヌ! 落ち着け! 落ち着くんだ!」
アルターヌをなだめながらも、クレスはセリアに目を走らせている。口元に愛想笑いを浮かべて。
ふむ、と侯爵令嬢は顎に手を当てたのち、手を離して顔を上げると、
「ーークレス様。まさかとは思われますが、アルターヌ様に王妃として側にいてもらうおつもりだったのですか?」
「いや……その……」
第一王子は床に視線を落とす。
そんな彼を押しのけるように、男爵令嬢が前に出てきた。
「そうに決まってるじゃありませんか!」
大きな瞳は涙で潤んでいる。両手ですがりつこうとするが、セリアは危なげなくかわした。
アルターヌはチャモルに身体を向ける。もし、彼女の正体を知らなかったら引っかかっていたが、男爵令息は純朴さを失っていた。
ーーもしかして、これで王子たちを籠絡してきたのか?
勘ぐってしまうくらい。
セリアはため息をついた。自らを害する愚か者たちに頭を痛めたのではなく、言うべきことを言う決意がこもっている。
「別にわたしは、名ばかりの王妃として白い結婚でも、アルターヌ様を側妃として迎えても構わなかったんですよ。個人的な感情で国をかたむけるわけにはいきませんから。その宗をしたためて何回も手紙を送りましたけれども、反応がありませんから、もしかしたらジョフィア様に王位を譲ると思ったのです。自分はドゥーグ家に婿入りして」
ジョフィアはクレスの弟、つまり第二王子である。
「な……なら、言ってくれればいいじゃないか」
「言おうとしたのですが、“うるさい”とか“聞きたくない”とか“さっさと失せろ”とおっしゃったので……」
朗々と婚約破棄を告げたのが嘘か幻かの弱々しいクレスに、セリアは滞りなく口述を行った。
第一王子は唇をこねられる粘土さながらにうごかしている。
チャモルには見当がついた。もっと前、セリアが前髪を分けたときから。
十中八九、セリアを手放すのをクレスは惜しくなったのだ。今更ながらに価値に気づいて。
「す……すまなかったセリア。まさかお前がそこまで私を愛しているとは思わなかったんだ。アルターヌもわかっただろう? セリアがいかに素晴らしい女性であるかを。だから、今までのことは水に流して……」
「ふざけないで!」
柳眉を逆立てた男爵令嬢の叫びに、第一王子は目を見開く。
「何よ! さんざん人のことを“可愛い”とか“愛してる”とか言ってたのに……“私が側にいてほしいのはアルターヌだけだ”って言ってたクセに! ちょっとそいつが美人だからってコロッと態度変えてさぁ!」
被っていた猫を取り去ったアルターヌはさながら化け猫。いや、歯を剥き出しにしてわめく様は雌猿だ。
牙を向ける相手はクレスだけでない。今度は剣呑な目でセリアをにらみ、
「それに何? こいつと結婚しても王妃様になれないってこと?」
侯爵令嬢を“そいつ”、第一王子を“こいつ”とは、流石にクレスもティムも、ウォルトもバルディスもカドニも聞き逃せなかった模様。皆顔を引きつらせ、アルターヌからさりげなく一歩、後ずさった。
チャモルも腰が引けたが、セリアは眉一つ動かさない。
「そもそもそのような努力もしていないのに、なれるわけがありません。それに王妃になるにはそれ相応の覚悟が必要なもの。教育にしてもですが、暗殺者に命を狙われるのも日常茶飯事。ですから最低限、自分の身は自分で守れるだけの力は持たないと。そういう意味でも、側妃ならば、と思っていたのですが……」
「つまり、すべては国優先ってことですか?」
問いかけてからチャモルは失態を悟る。相手は侯爵令嬢、男爵令息が気楽に喋りかけるなどマナー違反。
しかしセリアは別段気分を害した風もなく、
「ええ、それが王妃の役目ですから」
「が、頑張ってきたんですね」
またも同じ轍を踏むが、侯爵令嬢は男爵令息の想像を外れた。
薔薇が咲いた如く頬を赤く染めたのだ。
「そ、そう言ってくれたのはあなただけです」
キューピッドが放った金の矢がチャモルの心臓を射抜いた。だが立場が立場と自制し、とはいえ引っこ抜こうにも引っこ抜けないので無視する。
「い、いえ、違います。この場にいる人はわかってますよ。ただ言ったのがオレ……じゃない、ワタシだっただけです」
ーー誰か止めてくれ……
チャモルは誰とも知らぬ者に助けを求める。
「ーーチャモル様、先程の件考えてもらえますか?」
「先程の、件……?」
オウム返しにセリアに訊くと、
「ええ、わたしとチャモル様の婚姻です」
ためらいなくセリアは言ってのけた。
「ま! 待て! セリア! わかっているのか!?」
血相を変えたクレスが待ったをかける。チャモルもうなずけた。
「ヴィ! ヴィアンド侯爵家は長男が継ぐんだろう? お前! まさかそいつの家に嫁入りするのか?」
“そいつ”のところでチャモルを指差したクレスに、セリアは慌てず騒がず、
「殿下、いくらなんでも“そいつ”は失礼にも程がありますよ。まあ、あなただけではありませんが」
微風すら吹いていない草原さながらの眼差しで、アルターヌを示した。男爵令嬢の顔は青くなり、クレスを、ティムを、ウォルトを、バルディスを、カドニを、すがるように視線を滑らせる。
クレスがセリアに目移り(本来彼女がメインだが)しなければ、否、侯爵令嬢が秘密のベールを取り払わなければ、彼らはアルターヌを庇っていたと断言できる。
なれど、今は事情が違う。アルターヌの魅了から完全に解かれ、さらに露呈した本性に引いている。
当然、侯爵令嬢には些末なこと。
「それに、その物言いですと、殿下はアルターヌ様の実家であるドゥーグ家を下に見てると思われますよ」
図星を突かれたか、クレスは棒を飲んだように立ち尽くした。
「とりあえず、ここでわたしたちだけで話しても物事は進展しませんから、この話はひとまず父に申し上げますね」
「な……な……」
うめく元婚約者を前に侯爵令嬢は、
「まさか、公共の場で婚約破棄を宣言しておいて、今更撤回できるとお思いですか?」
続いて取り巻き四人に向かい、
「あなたたちも、どのような処罰を受けるにしても、覚悟をしておいた方がよろしいのでは?」
処刑人ではなく案内人に近しい穏やかな言の葉。
なれどか故にか、ティム、ウォルト、バルディス、カドニには効果覿面。
ティムは髪をいじっているし、ウォルトはうつむいているし、バルディスは頭を抱えているし、カドニはモノクルを鳴らしている。
三回目はアルターヌ。
「そうそう、アルターヌ様。あなたはわたしに嫌がらせを受けたそうですが、わたしには心当たりがないので改めてお話しましょう。わたしの両親とあなたの両親も交えて」
「ひっ……」
必要事項を述べただけの侯爵令嬢に、男爵令嬢は息を呑む。
チャモルが畑のカカシ以下に成り下がっている内に、クレスたち六人は食堂を後にする。その背中は丸まり、二、三十、歳を取ったように見えた。
一ヶ月後ーー
卒業パーティーの会場に、チャモルは来ていた。セリアをエスコートして。
第一王子の世迷い言をなぜか承諾した侯爵令嬢、男爵令息と婚約を結んだのだ。
実のところ、今でも夢かと疑っているが、それなら覚めてほしい。
パーティーが始まり、現れた国王陛下は卒業生に祝辞を述べたあと、次のようなことを告げた。
クレスは王族籍を破棄し、フィーラン男爵の身分を与えられ、アルターヌとの婚姻が成立したこと。さらに、郊外にある土地をあてがわれたこと。
ドゥーグ男爵家は所領の大半を没収されたこと。
取り巻き四人は厳格で有名なネーゲン辺境伯のもとで鍛え直すこと。
国王陛下の話が終わると、生徒たちは思い思いの時を過ごす。
なのでーー
「セリア!」
声を聞くまで、クレスが近づいていたことに気づかなかった。
源を視認すると、やはりセリアの元婚約者が。
「これはこれはフィーラン男爵。お久しぶりです」
鑑賞に値するカーテシーで答えるチャモルの婚約者。一拍遅れて、男爵令息も頭を下げる。せせこましくなった感は否めない。
「な……何もそんな他人行儀に……」
「フィーラン男爵、わたしはあなたとの婚約を破棄された今、まったくの他人です。それに、伴侶を得たあなたも婚約者のいるわたしも、誤解される行為は控えた方がよろしいと思われます」
穏やかに口角を上げてみせる。
「あなたが不安になる気持ちはわかります。未知のことが待っているのですから。でも大丈夫ですよ。あなたは一人ではありません。最愛の伴侶がいるじゃないですか。二人で支えあっていけば、どんな困難も乗り越えられます。お互い頑張りましょう」
暗に「ヨリを戻すことはない」とクレスをはねのけているのは、チャモルも理解した。
さらにセリアはチャモルに顔を振り戻し、
「チャモル様、至らぬ女ですがこれからよろしくお願いいたします」
チャモルは脳を限界まで作動させ、
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
身体が二つ折りになるくらい、深々と一礼した。
「前髪分けて題名の台詞を言う」から書き上げて見ました。ちなみに初期ではオッドアイではなかったのですが、説得力が強まるかと思い、このようにしました。




