第7話 父様に似た子ども (オスカー視点)
オスカー視点です。
「申し訳ありません、お客様がまだお帰りにならなくて」
僕が父様の執務室に行くとそう言われた。そう言うハディルの静かな顔が怖い。これは怒っている。
「それじゃあ第二執務室で待っているよ」
「畏まりました」
そう言ったのにハディルはなぜか僕についてくる。どうしたのだろうと思って見ていると「陛下に八つ当たりされたくないので」と言われた。
なるほど。
「お客様、例の国の人?」
「その通りです」
父様をいま悩ませているのは国交がある国からの婚約の打診。その国の第三姫が父様と結婚したいと騒いでいるらしい。そこそこ繋がりがあるあの国とは、大なり小なり複雑な事情もあるので余計な波風はお呼びじゃない。
第三姫にとって父様が初恋の君なんだって。何年か前に突然僕の部屋にきて「私のことをお母様と呼びなさい」なんて言うから驚いた。もちろん父様が厳重に抗議し、かの国は父様を宥めるために第三姫を自国の貴族に嫁がせたが数カ月前に離縁したらしい。
「自分も離縁歴があるから側妃でも気にしないなどと言っていますが、根本が間違っています」
「なんで”自分も”なの? 父様は母様と離縁していないよね」
自国の貴族との離縁歴がある姫の取り扱いは難しい。公爵位を与えても問題になりそうなので「後妻でもいいから嫁ぎ先を」と父王が探していたところ、第三姫は丁度良くフリーみたいだから初恋の君(父様)に嫁ぐと浮かれ騒いだらしい。持て余した父王は「とりあえず会うだけでも」と父様に丸投げしようとしているのだ。
「会ってみて結婚すれば儲けもの、失敗してもやっぱりで終わるだけ。痛くも痒くもないね」
「オスカー様も慧眼には感服いたします。ただ来られること自体が困るのですよ。あの方、陛下の寝室に全裸で特攻するタイプなので」
あー……。
「連れてきたい、連れてくるなの応酬で……私も三日ほど家に帰れていません。あまりに放っておくとうちのの機嫌が悪くなるのですが」
……“うちの”?
「ハディル、いつの間に結婚したの?」
「していませんよ。陛下と同じボケをしないでください。犬です、犬。先月うちの馬車の前に飛び出してきてたところを保護し、なし崩しで飼っているのです」
第二執務室は一階にあり庭に面している。窓は大きく安全面が不安視されるが父様の天竜が結界を敷いている。この部屋は花が好きな天竜のお気に入りの場所なんだ。
「まだ時間があるみたいだから庭にいってくる。最近ロン爺にも会えていなかったし」
「分かりました。新しいバラの苗が手に入ったと言ってたのでロンはバラ園にいるでしょう」
「新種?」
「そのようです。彼の方の髪を思わせるミルクティ色の花が咲くそうです」
ハディルは母様のことを「彼の方」と呼び他の人たちのように父様に再婚をすすめない。父様の最側近だからか父様に恋しているご令嬢たちに橋渡しを頼まれるらしいが「この方よりも美しくなったら出直してください」と母様の肖像画(父様が常時携帯、手のひらサイズ)を見せているらしい。
「東……東……」
頻繁に新種のバラが咲くこのバラ園は国内外から「ぜひ見てみたい」と入園を希望する声を聴くけれど、父様はここに入れる人を厳しく制限している。父様の許可なくここに入れるのは僕と護衛騎士、そして庭師のロン爺だけ。
ロン爺はこのバラ園を造るとき父が西部でスカウトしてきた庭師。ロン爺の条件は給与でも待遇でもなく自由に庭を作らせろというもので、父様はバラ園さえ作れば後は好きにしろと言ってその条件を飲んだ。ロン爺はバラ園以外の庭は好き勝手に管理しているがどこも美しい。さすが天樹トネリコの加護をもっているだけある。
因みに植物系の天獣の加護は見た目に変化があるから分かりやすい。髪色が緑になったり、皮膚の一部が樹皮のようになったり。ロン爺は天樹の加護を受けたとき髪が緑色になり驚いたらしい。
朽ちかけていたところをロン爺お手製の肥料をぶっかけられた天樹は復活して城の庭に鎮座し、ロン爺は天樹の傍に小屋を作り植物や肥料の研究をしながら暮らしているのだ。
「ロン爺」
「おや、殿下。何か御用ですか?」
「執務室に花を飾りたいんだ」
ロン爺の許可なく庭園の花を切ったら怒られる。国王である父様も怒られる。
「畏まりました。しかし、そろそろ小さな女の子向けの花束を作りたいですなあ。爺の庭には豪奢な花から可憐な花まで色々ありますぞ」
「うーん、可愛いなあって子は何かいるけど特別な感じはしないんだ」
「そうでしたか。しかし、いい加減な真似をなさってはいけませんよ? この子だと感じたらちゃんと大事にするのです。君は特別だと分かる様に、あとから特別と言っても信じてもらえませんよ」
また父様はロン爺にお悩み相談したのかな。父様がときどきロン爺の小屋を訪ねているのは知っている。
「僕も父様の悩みを解決してあげたいのに」
「殿下、父親は息子の前では格好つけるものですよ。それに陛下の悩みは恋のこと。相談相手になりたくば恋の失敗を経験なさいませ」
「失敗?」
「恋の失敗のひとつやふたつはないと一人前ではありません」
そう言うとロン爺は手早く作った花束を渡してくれた。
「殿下」
庭園を出たところで呼び止められた。知らない女性と、女の子。もしかしてこの子を僕の婚約者にすすめようとか思っているのかな。女性は僕をジロジロと見たあと口の端をニイッと歪めて笑った。悪意のある笑顔。そう思った瞬間に護衛騎士の一人が僕の前に立った。
「マチルダ夫人、陛下の命令に従わないおつもりですか?」
「まあ、なんてことを仰るの?」
マチルダ夫人というのか……どこの家の人だろう。
「オスカー殿下をお見かけしたのだもの、この子に会わせてあげたいじゃない。サブリナ、あなたの弟のオスカー殿下よ」
また妄言を吐く気ちがいか。生憎と僕はこの手のことに慣れて……え?
嘘。
この女の子、父様によく似ている。
もしかしたら僕よりも。
「……ぐうっ!」
お腹の奥から空気がせり出してきた感じ。いやな音が喉から出てきた。気持ち悪い。
――― 俺はセリス、お前の母様だけを愛している。
それじゃあ、この子はなに?
母様だけを愛しているという言葉は嘘?
それなら……。
――― セリスはまだ生きている。誰とも再婚するつもりはないよ。
父様は、嘘を吐いたの?
「殿下!!」
僕の視界の中で白いアネモネが揺れる。アネモネの花言葉は「後悔」、つまり父様は母様に謝らなければいけないことをしたのだろうか。
だから父様はいつも母様に「ごめん」て謝るの?
だめだ、分からない。
でも、いまはこの子の前にいたくない。
僕よりも父様に似ているこの姉の前には。