第2話 王家の婚約事情 (オスカー視点)
「オスカー様、招待者全て庭園に集まりました」
ノックの音に外で侍従から連絡を受けていたハディルが僕に向き直る。今日は王家主催で貴族の子どもを集めたお茶会をする日。このお茶会は僕が三歳の頃から年に四回開かれている。
これは僕が友だちを作るため。
僕も父様も一人っ子なので周囲は大人ばかり。この養育環境を心配した父様が茶会を提案したんだけど、どうやら周りの人たちは勝手に僕の側近や婚約者を決めるための場だと思っているらしい。
最初の頃は大変だったと聞いた(僕は三歳だから覚えていない)。父様が子どものことに大人が手出しするなと一喝したから今では気軽な交流会だ。
「前回ご友人の婚約が決まったそうですね」
「うん。お祝いの品は?」
「ご用意してあります」
それでも交流会だからここで婚約が決まったりする。
婚約者が決まった友だちが増えてきた。本来なら王子の僕が一番先に決まっているべきなんだよね。でも誰も何も言わないから、それをいいことに決めていない。
「グリーンヒル侯爵家の所縁に年齢のあう令嬢がいればよかったですね」
母様が生まれた家はグリーンヒル侯爵家。母様のお祖母様と王太后宮にいる曾祖母様が姉妹だった縁で父様は幼い頃よく侯爵家に遊びにいっていたらしい。
父様が言うにはグリーンヒル侯爵家は「他人にあまり興味を持たない家」。
ご先祖様が勤勉で多少やらかしても一切揺らがないほど盤石で莫大な資産もあるとか。それを聞いたときは「へえ」としか言えなくて、そんな僕を父様はグリーンヒルの血だと笑った。何しろ母様が王家に嫁ぐと聞いたときも親戚一同「へえ、そう、おめでとう」のたった三言ですませたそうだ。
「グリーンヒル侯爵家の方々は奇人か変人か猛者ですからね」
「どれにしても愉快な婚約者になりそう」
父様と母様の婚約は簡単に決まらなかったと父様に聞いた。
原因は先代国王夫妻。
先代国王ギヨームは曾祖父様の三番目の息子で、一応僕のお祖父さん。兄二人が流行り病で相次いで亡くなったことで王太子になってしまった人。誰もが「王太子になるべき人ではなかった」というくらい素質や才覚がなく、それを努力して埋めようともしなかった。とにかく暗黙の了解で父様が王になるまでの繫ぎの王だった。
彼の妻は聖女ローラ。彼女は父様を産んだ女性で、母様の前の聖女。父様が二人を両親と認めないように、二人は問題のある人物で王族には相応しくない。それは七歳の僕でも分かる。王族は離婚できないから今も夫婦だけれど、二人共それぞれ違う離宮で愛人を複数人囲っているらしい。
父様にとって二人の息子であることは恥。
二人の醜聞で王族の権威は風前の灯火。貴族たちに嘲笑され涙ぐむ日が続いていたというから、「あの父様が!」と僕は信じられなかった。
そんな父様の避難先がグリーンヒル侯爵家。
奇人変人の集まりであるグリーンヒル侯爵家は父様を「いらっしゃい、よくきたね」と親戚の子どものように迎え入れて、怪訝そうにしている父様に対して「殿下がバカをやったわけではないでしょう」と笑い飛ばしたらしい。言外に一応王族の二人を馬鹿にしている……別にいいけれど。
グリーンヒル侯爵家に遊びにいくことで父様は精神を安定させていたんだって。
だから曾祖母様は母様を父様の婚約者にしようとした。姉妹の孫だから信頼もしていたし、母様自身を気に入っていたみたい。だけど王家に権威がなく、多くの貴族が派閥を作って争っていたかったから王妃だった曾祖母様でも婚約を成立させることは難しかった。
当時父様は十四歳、立太子まであと二年。貴族たちの勝利の近道が王太子妃の家になることだったから父様と母様の婚約に大勢が反対したんだって。
その結果、母様は他の婚約者候補のご令嬢たちと一緒に王子妃教育を受けることになった。
これはちょっと出来レースだったみたい。だって曾祖母様は母様の根性に期待して王子妃教育をかなり厳しく設定したんだ。その結果、八割のご令嬢が一年もたたずに辞退を申し出て、父様が十六歳になったときには母様しか残っていなくて……誰に感心すればいいのかな、やっぱり母様?
母様はそんな凄い人なんだけれど父様は母様のそんなところだけはあまり好きではないみたい。だって俺がこの話をするといつも悲しそうに笑う。「お前の母様は昔から意志が強くて、思い込みが激しくて、頑固で……あんなに可愛いのに頑固なんだよなあ」と切ない目をして僕の髪に触る。
父様は寂しくなると僕の髪に触る。
昔は父様と同じ髪、黒くて真っ直ぐな髪に憧れていた。だって僕の髪は黒は同じだけれど、ふわふわしていて女の子みたいなんだ。でもこのふわふわは母様の髪によく似ているんだって。
それを知ってから僕はこの髪が好きになった。だって大好きな父様と母様の特徴が混じっている、二人の息子って感じがするから。父様みたいなツンツンと硬い髪で、母様みたいなミルクティ色の髪もいいなと思ったこともあるけれどね。
「父様は僕の婚約者についてどう思っているのかな」
「陛下も悩んでいるようですね。聖女の件もありますし」
聖女が誕生したら王族に嫁ぐことが決まっている。それには色々難しい理由があるみたい。だから仮に僕が誰かと婚約していても聖女が現れたらその婚約は白紙になる可能性が高い。僕も父様も一人っ子で王族の男はとても少ない。
「白紙になる可能性が高いのに誰かと婚約するのはやだな……母様が父様の婚約者になったのだって、妃育に母様しか残らなかったのものあるだろうけれど、決め手は母様が聖女に認定されたからでしょう?」
「……まあ、そうですね」
シュバルツ王国では十六歳になると神力の鑑定を行う。
スタンピードのように緊急事態のときの戦力を把握するため、場合によっては天獣の加護を持つ子どもを国で保護するため。天獣の加護というと聞こえはいいけれど異能は周囲から忌避されることが多いんだって。
この儀式で母様は聖女だと認定された。
聖女は定期的にこの国に生まれるものの過去の記録をみると大体一代おき。聖女ローラがいたから本当なら僕の代で現れるはずだったのに母様が聖女に認定されて騒ぎが起きた。
このときはグリーンヒル侯爵が格好いい。「聖女なのは確かなのだろう。理由を知る必要などない、神の思し召しというやつだ」と発言してその場をおさめたんだって。うん、格好いい!
この場はそれでおさまったけれど、母様が光の檻を作るまで鑑定結果は嘘だったのではと思われていたらしい。悪足掻きといえばそれまでだけど母様は嫌な気持ちになっただろうな……母様は聖女になりたかったのだろうか。
「聖女だって目に見えて分かればよかったのに……僕もいつか鑑定を受けるんだよね」
「そうですね。天獣の加護は自覚がないことも多いですし」
「加護を受けるのには双方の意思みたいのが必要なんでしょう? それで自覚がないなんてある?」
「相手が赤子のような幼くて無我な者の場合はその限りではありませんよ。天獣は気まぐれで可愛いからで加護を与えたりしますからね」