二人きりでの御茶会は胃が痛む
国の貴族や有力商人にとって、歴史上類を見ない名君であり、神竜と契約した最強の騎士でもあるロシュフォールと御茶を共にできるのは名誉である。
訪れた客を鷹揚にもてなし、彼らの言葉に耳を傾けつつ奨励もしくは牽制するのがロシュフォールのお茶会であった。
このお茶会はロシュフォール優位で進められるため、気乗りしないことはあっても、ロシュフォールが緊張することはなかった。
ある人物を招いたとき以外は。
「陛下、この度はお茶会の場にお招き下さり、恐悦至極で存じます。」
その唯一の例外、グリーンヒル侯爵、セリスの実の父親である。
***
彼は王家の外戚であることと、国内の情勢を良く把握していたことからセリスの立后に異議申し立てなかったが、娘を冷遇するロシュフォールの態度と、結婚前から愛人を囲う太々しさに、その温厚な見た目を裏切るほどの怒りをロシュフォールに抱いていた。
「愛人=マチルダ」は間違いであるのだが、冷遇についてはロシュフォールにも否定しきれない点があったので侯爵に対して強気にでることができない。
「王宮の庭はいつも花が咲き、彩り豊かですな。そうそう、我が家の庭もあと半月ほどすれば見事な紅葉の時期を迎えます。王妃様も幼い頃、手が冷たくなるまで庭に出て紅葉を楽しんでおりました…懐かしいものです。」
来た…セリスの里下がりの打診だ。
セリスが実家に帰るのを邪魔するつもりはないし、ご両親が娘に会うのを咎めるつもりはないが…受け入れると一週間はセリスと双子たちに会えなくなる。
本当に、この侯爵は老獪だ。
俺がここで「では、そのように計らいましょう」なんて言おうものなら、本来なら俺に次いで多忙な王妃の予定をサクサクッと手際よく一週間は開けてみせる。
セリスが望めば1ヶ月でもやってみせるだろう。
そしてその間、俺はセリスに会えない。
さらに王妃付きの近衛第二騎士団と侯爵家の私兵を無駄なく配備し、完璧な警備体制を俺に差し出し、「未だ赤子の双子を母親から離すのは…」なんて言いながら、セリスと一緒に双子も、そしてセリスと双子を何より大事にしているオスカーを連れていくのだ。
王太子のオスカーは呼び出せるが、まだ赤子の双子を呼び出す口実もあるわけなく…俺はセリスだけでなく、双子にも会えなくなるのだ。
「王宮の紅葉も見事ですよ。専属の庭師もおりますし、セリスのバラ園も秋バラが盛りですから、そうだ、侯爵家の皆様をバラ園に招待させてもらえませんか?」
「私共だけ王妃様に会うと他の者から顰蹙を買いますので。嫁に出た娘や分家の爵位を継いだ息子も王妃様に会いたがっており、流石に大所帯で呼ばれるわけには。」
「いえいえ。ブラウ伯爵夫人、ダンゼル伯爵夫人、メーベル子爵、ブラウナー子爵。セリスの兄妹である彼らとその妻君・夫君、そしてその子どもたち、総勢27名をお招きするくらいなんてことないですよ。子どもたちは私たちの子の従兄弟になりますしね。」
「我が家の家族構成を、息子たちの家も含めご存じでしたか。光栄でございます。」
「愛する妻に関することですから、ぬかりなど作るわけにはまいりません。」
優しき雰囲気から好々爺のように見るものも多いが、王家の外戚である筆頭侯爵家に政敵がいない時点でこの男を“人が良さそう”なんて思うべきではない。
政敵がいないのではなく、かつてグリーンヒル侯爵家と敵対した家や人は様々な、それはそれはバリエーション豊かな理由で表舞台からことごとく去っている。
彼の次男と三男が継いだ子爵家も、主家に対してオイタをした結果…理由は忘れたが没落。
いつか息子に継がせると言って安くない貴族税を支払い続け、ついでに赤字続きだったメーベル領とブラウナー領も大幅な領政改革して3年で黒字化、継いだ息子たちも優秀で雪だるま式に資産を増やしている。
それをこの国でもトップクラスの領地運営をしながらこなすのだから…こういうすごい人って本当にいるんだって感心するしかない。
俺、唯一の王族直系じゃなければ絶対消されてたな。
***
「侯爵に一度お聞きしたかったのですが、なぜセリスのことでハローズ侯爵の意見に賛成したのですか?」
「ああ…まあ、お灸を据えてあげたくなったのですよ。」
『誰に』とは聞く必要がなかった。
あれは俺にも熱い灸だったし、ハローズ侯爵家の醜聞、脱税、違法行為を問う議会は炎上した。
「そんな気は一切ありませでしたが、あそこで私がセリスの廃妃を承認したらどうなさったのです?」
「正直なところ、いまでも解りませんなぁ。」
面白がるような表情の中に困った顔が見えて、珍しい侯爵の素の感情に些か驚いた。
「我が娘を馬鹿にしてと怒り切り捨てるには、この15年の陛下の娘への献身が我が刃を鈍らせます。それに…仮に陛下が真実マチルダ妃を愛しておられたなら、我々は聖女を選ぶしかなかった陛下に謝罪すべきでしたよ。」
そう言えば、お婆様に聞いたことがある。
父の元婚約者はグリーンヒル侯爵の従兄妹で、当時【真実の愛】を主張して婚約破棄と言う名の断罪をしたとき論をもって当時王子だった父を諌めたと。
しかし従兄妹の恋敵が【聖女】だったため、侯爵は従兄妹の正当性と己の正論を我慢して抑え込むしかなかった。
「魔物の棲む森に囲まれた我が国において【聖女】は不可欠な存在。だから我々はあのとき彼の者を、【真実の愛】の名のもとに王妃として受け入れました。その責はあのとき、どんな理由があれ受け入れた我々が負うべきだったのに…我々は全てを貴方に肩代わりさせてしまった。」
過去を思い出しているのか、侯爵の目にくやしさが宿る。
普段人の良い笑顔で隠す彼の感情はとても激しいのだと、改めて感じた。
「さらに筆頭侯爵家の令嬢が聖女に選ばれてしまった。それにより我々は、貴方にも、娘にも、選択肢を与えるわけにはいかなくなってしまった。」
「侯爵、知っていますか?我々は親は選べませんが、伴侶は選べるのですよ?セリスは…私がセリスを妻にと選んだのです。私が望んでセリスを己の唯一無二にした、そうでなければセリスが石となっている間に愛妾を作るなり再婚なりしていましたよ。神竜と契約をして俺はそれができるだけの力を得た…つまり、ただ俺がセリスしか望まなかっただけです。」
「…年寄りの反省点に惚気を被せないで頂きたい。」
「いや…言えるときに言っておかないと、侯爵は私からセリスを隠してしまいそうでね。」
「基本的に王族しか出入りできない王妃の間に15年も娘を閉じ込めておきながら。」
…やっぱりソレか。
確かに侯爵は石像となったセリスを引き取ると言ったけど、もしかしたら俺の為でもあったかもしれないけれど、俺はそれを断固として受け入れなかった。
「全く、昨今の王族はろくなことが無い。」
超小声だけど聴こえてる…きっと俺が不敬罪で咎めないって分かってやってるんだろうけど…本音だろうし。
真実の愛で貴族たちを振り回した王は愛妾を増産、一方で庶民から王妃になった女は毎晩男娼に囲まれて享楽の限りを尽くし最後はスタンピードの産地もどきに…いや、本当にすみません。
ああ…なんか殺伐としてきたぞ。
侯爵の殺気が痛い…未だ1歳にもならない愛娘のノーラが嫁に行くときを想像すれば侯爵の気持ちが痛いほど理解できるけど針のむしろ過ぎる。
―――嗚呼、お義父様とのお茶会は大変だ。
本編を編集し、第7話からセリスの父・グリーンヒル侯爵が登場するようになりました。
ロシュフォールと言う君主を、セリスのお父さんの立場から見るとどうなのかな…と思って作りました。




