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【大改修中】臆病な王様の恋の詩  作者: 酔夫人
本編
2/23

第1話 聖女セリスの息子 (オスカー視点)

「母様、今日で七歳になりました」


 僕の言葉に返事が返ってくることはない。この七年、一度も。僕は母様の声を知らない。


 僕が生まれた日、北にある深淵の森から魔獣があふれ出た。


 スタンピードと呼ばれる現象でシュバルツ王国は昔から定期的に起きるこれに一丸となって対処してきた。シュバルツ王国は世界を魔獣から守る盾の役割を持ち、この国が破れたら世界は魔獣に蹂躙される。


 スタンピードが起きると聖女が光の檻を作り直す。


 魔獣を退ける光の檻は時間が経つと効果が弱まるので力が最も強い真新しい状態で津波のように押し寄せる魔物に対処するのだ。光の檻をすり抜けてくる魔獣は力が弱いが、しかし数が多いためスタンピードは国にとって脅威であることには違いない。


 僕の母様、セリス・グリーンヒル・シュバルツはその聖女だった。


 母様が張った結界は魔獣の脅威から世界を守ってくれたが、神力が枯渇してしまった母様は眠りについた。花の様に広がった結晶の中で母様は眠っている。「眠っている」と言っても確認できたわけではない。大昔の文献に母様のように神力が枯渇した者が長い眠りにつき十数年後に目覚めたという記述があったから僕も父様もそれを信じているだけだ。


 父様、ロシュフォール・フォン・シュバルツはこの国の国王。


 父様を尊敬しているし憧れている。父様は公明正大な政治をして国民から慕われる偉大な国王であるだけでなく、最強の天獣である天竜と契約した世界最強の騎士なんだ。本当に最高。これだけでも最高なのに父様は父親としても満点なんだ。


 父様は俺とよく一緒にいてくれる。王様なのに乳母や使用人任せにしない。国で一番忙しいのに僕と一緒に遊んでくれるし、勉強を教えてくれることだってある。




「だから母様が眠っていても僕は……寂しいけれど、大丈夫だよ」


 この状態が寂しくないわけはない。母様がいないことはやっぱり寂しくて、「恋しい」と泣いて乳母たちを困らせたことがある。あの夜は父様が一晩中そばにいてくれて、泣く僕の背中を優しく叩いて母様の話をいろいろしてくれた。


 いろいろな人が母様のことを僕に教えてくれるけれど、父様が話してくれる母様が一番好きだ。だって父様の話す母様は聖女ではない。眉を下げた困った顔が可愛いくて、優しいのにとても頑固で、俺が生まれるのを楽しみにしていた最高の母様。


 父様はいまでも母様を一途に想っている。母様の子じゃなければ僕は父様に愛されなかったんだろうな、と意味不明の寂しさを感じるくらい父様は母様を愛している。


 母様の子じゃなければ僕を愛さなかったかと聞いたことがある。答えはないが否定もされなかった。母様の子なわけだから別にいいんだけど。「お前はセリスと俺の大事な息子だ」と優しく髪を撫でてくれた父様の手は嘘じゃないし。


 きっと父様にとっては僕も母様もどっちも一番。少しだけ違う形で僕たちを一番に愛してるんだ。


 それでも父様は王様だからお見合いの話がたくさん来る。分かるけどね。深淵の森に一番近いといっても豊かな国の王妃様になるし、父様はとても格好よくて強い。夜会に出席すれば未婚既婚問わず会場中の女性たちの憧れの眼差しを独占しているんだって。あちこちから送られてくる姿絵は父様の政務室の片隅で山になっている。


 そんな父様なのに再婚の気配は一切ない。「セリスはまだ生きている」の一言ですませ、夜会で積極的に迫ってくる女性たちを歯牙にもかけないらしい。


 ただ女性のほうもめげない。「側妃でもいい」とか「愛妾でもいい」とか言って父様に突撃するらしい。月に一回くらい、父様の寝室から女性が追い出されている。女性たちはみんな(ほぼ)裸なんだって。僕もその現場を一回見たけれど(女性はほぼ裸)父様は無表情だった。そんな父様にも驚いたけれど、慣れた様子でマントを巻き付けて平然と連行している護衛騎士たちにはもっと驚いた。



「女性が(ほぼ)裸なら普通はもっと驚くよね」

「……オスカー様」


 僕の言葉を父様の側近のハディルが咳払いで遮る。


「父様の寝室は此処の隣なんだから母様も知っているよ。あのね、これは三人の秘密だよ」

「畏まりました」

「これは僕の我侭なの。でも父様には誰とも再婚しないでほしいんだ。母様だけを愛している父様が格好いいもん」


 母様が眠るこの部屋には僕と父様、そして父様が許可を出した人しか入れない。それ以外の人が入ろうとしたら父様は烈火のごとく怒る。自分の寝室に無断で侵入した女性にはあれなのに、すごい差だと思う。


 僕が赤ちゃんのとき、父様が自分を見てくれないのは母様がいるからいけないという謎の理論で母様を盗もう(?)とした女性がいたんだって。その女性はいま(も生きているなら)深淵の森との境にある砦で下女をしているって。侯爵家のご令嬢だったらしいけれどね。


 父様は優しいけれど怒らないわけではない。誰かに迷惑をかけたり僕が命に危険のあるようなことをすると怒る。すごく怒る。父様が怒ると怖い。涙がとまらないくらい怖くて絶対にしないぞって気持ちになる。


「最近はそんな無謀な挑戦者はいませんから」

「それならよかった。ここは僕と父様の大切な秘密基地……ううん、秘密の花園だから」


 母様の周りには今日も僕と父様が贈った花であふれている。

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