第11話 伝承する神の力(ロシュフォール視点)
セリスは眠っているだけでいつか必ず目覚める。
そう何度もオスカーに言ってきたのに、セリスを目覚めさせることができるならと天竜の番の力を借りることを躊躇しなかったオスカーに対して俺は躊躇した。
それで、心のどこかでセリスが目覚めることを怖がっている自分に気づいた。
セリスが眠った日、お祖母様から手紙を渡された。
急いでいたのだろう、とても短い要点だけの手紙。そこにはお祖母様そしてグリーンヒル侯爵家の家族に対する感謝の言葉、オスカーへの愛と健やかな成長を願う言葉、そして俺には「愛していた、さようなら」という別れの言葉が綴られていた。
『よっしゃ、やるか』
頭の中で天龍の声が響く。希望が通った天龍はとてもご機嫌だ。セリスに加護を与えるため、眠るセリスの上で天竜の番である幼竜がくるりくるりと舞う。
『こんな幼い竜が番とは、犯罪だろう。もうじき千歳になる竜と零歳の竜。幼な妻にもほどがある』
飛龍とは思うだけで会話ができる。
『八つ当たりすんなよなあ。目覚めた嫁さんに早々と離縁を突きつけられそうだからって』
『常識の話をしているだけだ』
光りが舞うような視覚的効果がないためオスカーとハディルには何が起きているか最初は分からなかっただろうが、パキッと硬質な音を立ててセリスを包む結晶に罅が入ったことで変化に気づいただろう。
『やはり神力が枯渇していて眠っていただけか。泣いて縋りつく準備をしなくていいのか?』
『煩い。ずっと分からないと言っていて”やはり”はないだろう』
天竜の加護を得たあと、俺は天竜にセリスを見てもらった。しかし天竜の答えは「分からない」というもの。セリスを包む結晶は光の檻と同じもので、神力を通さないと言ったのだ。
『そもそも聖女というのは神の力の一部を分け与えられた人間。彼女らは天獣の加護がないのに神力は使える、聖女は俺たち天獣に近い存在だからだ。あの山が俺の神域であったように、この国が聖女の神域なんだろ……なんだ、この臭いは』
天竜の声が不快感に満ちる。しかし「臭い」と言っても特に俺は何も感じない。
『変だぞ。どうしてお前の嫁から魔気を……なるほど。だからこそ光の檻。だからこそ嫁は自分の意志でここから出なかったというわけか』
魔気?
セリスから?
『一人で納得していないで説明してくれ』
『伝承だ』
『伝承?』
『くそっ、人間はそれも知らないのか』
『知らない? 何を?』
『竜の里のことは教えただろう。俺の死期が近くなると、近いと言っても百年くらい時間はあるが、里の竜が天竜になる。天竜になるといってもいきなりなるわけではない。百年をかけて俺の力を全て伝承して天竜になるんだ』
代替わり、伝承……つまり。
『時間がない。説明はあとだ……加護を途中で止めることはできないぞ、どうする……くそっ』
天獣が天獣らしからぬ悪態をつくとセリスの上を廻っていた幼い番のもとに飛んでいく。そして幼竜と共にセリスの上を廻り始める。
『緊急事態だ。美玉の神力が満ちればこの結晶は砕ける。お前の嫁は目覚めるが、それと同時に前の聖女から魔気に侵された神力を伝承し始める。これだけの魔気だ、お前の嫁は狂って……最悪の場合、魔獣になっちまうぞ』
『なんだって!?』
セリスが……魔獣?
――― このままここで貴方の愛を求めて彷徨う亡霊になりたくない。
彼女が憎らしいと言ったセリス。自分を愛してくれないならば俺を殺そうかとも思ったと言ったセリスの顔が俺の頭に浮かぶ。
『聖女の力が体に馴染み始めたからか、それとも前の聖女の器が壊れ始めたからか。おそらく眠る前の嫁の核は魔気に侵食され始めていた。それだけの隙をお前が与えちまったからだな。そして檻を作るために神力を大量に放出、相対的に魔気の量が増えてその存在に気づいたのだろうな。危険と本能で察した嫁は自ら檻の中に閉じこもることに決めた』
――― 私は私のために、家族のために、この子のために、狂うわけにいきません。
『強い女だな。とりあえずお前の嫁の一部、記憶の全ては俺が預かる。それで時間を稼ぐぞ。後、事後報告で悪いが、俺は数カ月眠る。聖女の神力は俺にとっては異質、受け入れるのに時間がかかる。とにかく魔気のもとを断て。この増殖速度、浄化では間に合わ……な…………い」
その言葉を最後に飛龍が消え、同時に体からごっそりと力が引き抜かれる感じがした。
衝撃でよろめいた体を支えきれずに膝をつく。
「父様!」
「陛下!」
天竜とのやり取りを知らないオスカーとハディルが慌てた声を出して俺に駆け寄ろうとした瞬間、パアンッと破裂音を立てて結晶が砕け散る。
セリスのミルクティ色の髪がふわりと舞う。
膝に力を込めて立ち上がったと気づいたのは、結晶の支えを失くして床に落下しそうになったセリスを抱きかかえた瞬間。
抱き留めた体は……暖かい。体重がかかって腕は一瞬下がったが、次の瞬間にはセリスの体を抱きしめていた。




