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【大改修中】臆病な王様の恋の詩  作者: 酔夫人
本編

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第10話 天竜のしきたり(オスカー視点)

 母様は結晶の中で眠り、父様はそんな母様が目覚めるのを待っている。これは僕が七歳になっても変わらず、いつまで続くのかと思うこともあった。


 そんな毎日に変化が起きた。

 変化をもたらせたのは父様を加護している天獣の竜だった。



 その日、父様は朝から悩んでいた。朝食を食べながらぼうっとしたりしていて。ただ父様が何も言わないから僕もハディルも黙っていた。


「どんな名前がいいか」


 午後の休憩時間、突然父様がそんなことを言った。本人は口に出したことにしばらく気づいていなかった。独り言が無意識に漏れた感じだった。


 しかし、名前とは突然のこと。父様の独り言に僕とハディルは顔を見合わせて首を傾げた。もし父様が一般的な王様だったなら「どのお妃様が懐妊したのですか」と聞かれただろうなあ。


 父様に限って、まあ、それは、きっとない。一瞬マチルダ側妃の顔が浮かんだけれど振り切った。


 あの日、僕は父様からマチルダ側妃は先王の側妃だと聞いて納得することにした。そう、納得した振りをしたんだ。だって父様は言ったんだ、彼女の娘は自分の娘ではないことは鑑定したので確かだって。


 でも、何で鑑定したのかって思った。

 鑑定しなければいけない理由があったのかって。


「陛下」


 ハディルが父様を呼ぶ静かな声でハッとした。


「城内には動物アレルギーの者もいます」

「突然なんだ?」

「ですから、犬や猫をこっそり飼わないでくださいね」


 それ、僕が五歳のときにハディルに言われた台詞。


 五歳児扱いされた父様はハディルに「犬猫ではない」と言ったあと、僕たちに悩み事を言ってくれた。父様が自分を加護する竜の名前で悩んでいたらしい。


 それなりの付き合いなのに今さら名前と驚いたら、天竜たちの里で数日前に生まれた竜が父様を加護する竜の番らしく、番の竜に名前を呼んでもらいから昨夜遅くに里帰りから戻ったあとずっと名前を付けてほしいと父様に強請っているらしい。


 天竜の里。

 竜が里帰り。


「天竜って唯一無二ではないのですね」


 ハディルの言葉に深く同意した。


「正確には天竜は一匹で、里の者は天竜候補らしい。天竜は死期が近づくと自分の中にある神の力を里で最も強い竜に渡し、新たな天竜が生まれると同時に天神のもとに召されるらしい。天竜の在位は約百年、千年の寿命のうち九百年はのんびりと里で暮らして……煩い、分かっている、しばらく待て」


「父様?」

「番が生まれたと浮かれ切っていて朝から煩い上に、いまはとっとと名前をつけろと騒がしい」


 天竜は天獣の中でも知性が高く、父様と言葉で意思疎通をすることができる。そのことから僕のイメージしている天竜は理知的で神々しい姿だったが、頭の中でその像がガラガラと音を立てて崩壊した。


「天竜がご自分で名乗るわけにはいかないのですか?」

「俺も放っておこうとしたのだが、牛の乳が好きだから『乳丸』とか蜂蜜が好きだから『ハニー』とかつけようとしたんだぞ」


 ハディルの顔が何とも言えないものになった。恐らく僕もこんな顔をしているはずだ。


「名前のセンスはさておき、どうして天竜は番に名前をよんでほしいの?」


 聞けば名前を付けるという概念が竜にはない。天竜というのはいわば役職名だが、それで不都合はなかったはずだ。それなになぜ?


「……人の社会にいればいろいろ考えることがあるのだろう」


 なんか、分かるような分からないような。



「名前といえば、僕の名前って誰が考えたの?」

「オスカーというのはセリスの好きな物語に出てくる主人公の名前なんだ」


「それなら竜の名前も本からいい名前を探して付けたら?」

「それはダメなんだ。本の中の名前は憶えやすいようによく使われている名前が多いだろう? 天竜は神聖な存在だから、自分を呼んでいるのではなくとも周りの者たちが自分の名前を口にするのは嫌なんだと」


 この国で耳にすることが滅多にない名前、か。

 

「東国の王妃様が僕にくれた本から名前をとれば? 東国の書物はこの国であまり出回っていないし、読んでいるとしても研究者くらいでしょう」


 王妃様が僕にくれた本はこの大陸の公用語に王妃様自身が翻訳してくれたものだ。絵本だからさして文字数もなく大した作業ではなかったといっていたけれど王妃様はお忙しい、大変だったはずだ。



 絵本に出てくる人物は三人。そのうちの一つに『竜』を意味する字があったのであっさり『飛龍フェイロン」に決まった。


「フェイ……あ゛? まだ名前を呼ぶな?」


 どすのきいた声がした。一時期放浪騎士みたいなことをしていたからかな。父様は高貴な見た目に反して口が悪い。


「……ああ、はいはい。一番最初に名前を呼ぶのは番がいいと……素直だな」


 神竜がとても可愛い。


「は? 今度は番の名前? ……分かった。考えるから騒ぐな! 煩い声が頭に響く。奇声を上げるな!」


 竜が奇声……もしかして若い官吏が時々あげるあの「フゥゥゥゥゥゥ!」ってやつかな。神々しいイメージが完全に消えちゃった。


「小鈴<シャオリン>はどうだ……は? だから名前を呼ぶな? あ゛? 俺が呼んだからこの名前は使えないって、じゃあ自分で決めろ!」


 苛立った父様が匙を投げると、机の上の絵本のページがパラパラと捲られた。恐らく竜が風魔法でページを捲っているのだろう。


「ふうん、良いんじゃないか? ……いや、お前の番だから俺は別にこだわりも何も……」


 どんな名前に決まったのか。僕の問う視線に気づいた父様が絵本の開いたページの文字を指さす。『美玉メイユー』に決まったらしい。


「これで悩み事は解決?」

「いや、ここから本題だ」


 ここからが……名前を決めていたらすっかり夜なんだけど。


「夕食を食べながら話しをしよう」




「天竜の番の加護?」


 父様が言うには、竜はその強大な力から天獣と魔獣の均衡を崩すとされ平等を是とする天獣たちにより「山から下りてはいけない」と言われているという。しかしその決まりよりも「善の者に加護を与えて善を守る」という天神の命令の強制力が強い。そのため天竜は人間に加護を与えているときだけ里から出ることができるらしい。


「でも番様は天獣ではないのですよね。加護を与えられるのですか?」

「番の竜は天竜の竜心を飲み天竜と同じ力を持つらしい。 ……はいはい。番を唯一無二とする天竜だけの秘技らしい」


 天竜の加護と天竜の番の加護。加護を与えないと外に出られないルール。こう考えると天竜の加護を持つ者が過去にもっといてもおかしくないのに。そう聞くと父様は苦笑した。


「山から下りてはいけないと言うルールのおかげか代々の天竜たちは内向的で人見知りの引き籠りタイプが多いらしい。加護を与えろと彼らに言うことは引き籠りをやめて外に出てこいというもの。それはもう徹底的に抵抗されるだろうな」


 番がいればなおさら里から出たくなくて抵抗は半端ないらしい。


「俺の様に天竜の加護が与えられた者は運がよかったのだろう。天竜によれば自分のようなアウトドアタイプは数百年に一匹くらいらしいからな」


 天竜の加護をもらえたのはタイミングと運がよかっただけだと父様は言うけれど、一般的な騎士は天竜に会うこともできない。だって天竜は深淵の森の向こうに見える山の頂にいるとされているのだから。そんなところに行くなんて自殺行為……そういえばどうして父様は天竜の加護がほしかったんだろう。


「竜の番に対する独占欲と執着心は異常なほどだから大概の竜は番を里にある自分の(ねぐら)に閉じ込めて外には一切出さない。二匹で幸せに引き籠るらしい。しかし天竜の場合は自分の傍に置いておきたいけれど俺に加護を与えているから里に引き籠れない。本人も引き籠りたいと思っていない。結果、考えたのが俺の傍にいる者に天竜の番の加護を与えることだ」


「父様の傍……もしかして天竜は番の加護を母様に?」

「……そうなんだ」


 躊躇する父様の姿にハディルの眉間に皺が寄る。


「陛下。お見立てでは王妃様は神力が尽きたから回復するため眠りについたのですよね。それならば天竜様の提案は千載一遇のチャンスではありませんか」

「……分かっている」

「父様、それならどうしてやらないの?」

「……オスカー」


 今回のことは母様を起こすチャンス。眠っているだけといっても、僕が生きている間に目覚めてくれなければ僕は一生母様に会うことはできない。


「すまない……俺は、怖いだけなんだ」

「……”怖い”?」


 どうして?


「……ご安心くださいませ。王妃様が陛下のことを嫌いと仰っても、砕け散った骨は私が責任をもって拾わせていただきます」


 え?


「父様、母様に嫌われているの?」

「……大丈夫、のはずだ。あのとき、セリスは俺のことを好きだと言ってくれた……はずだ」


 ……なんで自信がないの?

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