参謀の戦術 #27
「私の記憶は、絶対絶対、ゼーッタイ読まないでよねー!」
サラがそう厳しくティオに言い渡したのは、彼の正体を知った夜の話し合いの一番最後の事だった。
ティオの正体を誰にも明かさない、ティオを傭兵団の作戦参謀とする。
その代わりとして、サラは、内戦が終わり傭兵団が解散となった時、ティオから、自分が持っているペンダントの赤い石についての情報を得る。
……という約束を、その夜、サラはティオと交わした。
二人の目的は当面「傭兵団の勝利」「内戦の終結」であったので、利害が一致しての事だった。
もっとも、ティオの本当の目的はどうやら「古代文明の遺跡である月見の塔の内部に隠された何かを手に入れる事」らしいとサラは感づいていた。
そのために、月見の塔に半年も籠城し続けている反乱軍が邪魔であり、一刻も早く内戦を終わらせてほしいといった所か。
まあ、動機は不純極まりなかったが、「傭兵団を勝たせる」というティオの意気込みは本当のようだったので、サラも彼を作戦参謀にする事を認めたのだった。
とはいえ、そんなティオを信頼しているかというと、全く話は別だった。
「力の形は違えど、異能力という稀有な力を持った者同士」という仲間意識から親近感を抱き始めていた所に……
ティオが、本当は、あちこちの金持ちの屋敷から宝石を盗み出していた有名な泥棒「宝石怪盗ジェム」であった事を知ってしまったため、好感度は、反動でドーンと下がっていた。
しかも、「月見の塔に入って何を手に入れようとしているのか?」をはじめ、未だ隠し事の多いティオを警戒しない筈はなかった。
(……森の中で目が覚めた時に私が唯一持っていた、赤い石のついたペンダント。この石に残った記憶をティオに読んでもらったら、私の失くした過去の記憶が分かるかも?……)
という考えを、サラは、この時スッパリと捨てた。
あまりにもティオが信用ならない人物だったからだ。
(……私の失くしちゃった過去の記憶どころか、知られたくないいろんな事まで全部読まれちゃいそうで、嫌なんだよねー。……)
(……って言うかー、とにかく、なんか嫌ー! ティオにあれこれ知られるのは、ゼーッタイに嫌ー!……)
いや、サラの拒否反応は、理性的に考えてティオを信じられないからというよりも、もっと生理的かつ感情的な所から来ていた。
(……ティオの石の記憶を読む能力って、どれぐらいまで詳しく読めるのか分からないけどー……でも、ひょっとしたら、私の、そのー……む、胸、とか、お尻、とかー……そ、そういう部分の大きさや形が分かっちゃうかもだしー……)
(……ヤダアァー! そんなの絶対絶対嫌だもんー! そんなのティオに知られたら、私、お嫁に行けなくなっちゃうよぅー!……)
サラは、恥ずかしさから真っ赤な顔で身悶えていたが……
その少し前に、ほとんど全裸の状態をティオにしっかり見られる場面があった事は、すっかり頭から抜け落ちていた。
サラは頭がいい方ではない上に、激しい羞恥心から、ますます論理的な判断がつかなくなっていた。
そんなこんながあって、サラは、慌てて条件を付け加えたのだった。
「いい、ティオ? 私はさっきの約束は絶対に守るけどー、その代わり、アンタも絶対に守ってよー!」
「それから、それとは別に、条件も言ったよねー? 傭兵団に居る限り、決して悪い事はしない! 盗みはダメだからねー!」
「分かったってー。盗みはしない。」
「あ、後!……もう一つ、あるんだけどー……」
「え? まだなんかあんのかよー? なんだよー?」
「……そ、そのぅー……えっとぉー……」
「ん? はっきり言えよ、サラ?」
「……わ、私、の……」
「私の記憶は、絶対絶対、ゼーッタイ読まないでよねー!」
□
「分かった。石に残ったサラの情報を読んだりはしない。」
サラが、必死の思いで発した要求を、ティオはえらくあっさりと受け入れた。
肩透かしを食らったような気持ちになりながらも、まだ不安そうな表情でジーッと見つめるサラの前で、ティオは困ったようにボリボリと、ボサボサの黒髪を掻いていた。
「前にも言ったけどー、俺、元々サラの情報は読む気がしなかったんだよー。なんて言うか、読んじゃいけないかなぁーって気がしたから、ちゃんと意識して避けてたんだよなー。」
「嘘! アンタ、ひょいひょい気軽に石に残った記憶読んでるじゃないー! 他人のプライバシーなんて、本当はなんとも思ってないくせにー! もうー、ヤダァー! いやらしいー! 変態ー! 石オタクー!」
「サラ、お前、人の事なんだと思ってんだよー? 俺だって、必要がなければ読まないって言ったろー? 知りたくもない嫌な事まで知る事になるかもだしー、そういう時の精神的ダメージ、結構デカイんだぜー。俺にだって、リスクはあるんだからなー。」
「まあ、大きな屋敷に盗みに入る時とかは、超便利だけどなー。屋敷の構造とかー、どこに宝物庫があるかとかー、使用人や警備の人間の動き回るパターンとかー、いろいろ把握出来ちゃうもんなー。」
「確かに、たまに、無意識の内にうっかり他人の秘密を読んじまう事もあるけどさー。でも、俺にとっては、物心ついた時からこんな感じだからなぁー。息をするのと同じぐらい自然な事って言うかー。……あ、いや、普段はちゃんと、目的がなければ読まないようにしてるから、まあ、大丈夫だってー。」
ティオはいろいろと言葉を尽くして安全性を説明したつもりだったらしいが、実際は、いかに簡単に記憶を読めるかを披露した形となり、かえってサラの警戒心は強まるばかりだった。
石の記憶は明確に読めても、サラの乙女心はさっぱり読めない様子のティオは、しばらく腕組みをして考え込んだのち、ハッと、いい事を思いついたような明るい笑顔で言い放った。
「大丈夫だってー! 俺、サラに全然興味ないからー! サラの情報を探ろうとか、マジでこれっぽっちも思ってないってー!……ウゴグハッ!」
そうして、また悪意なく乙女のデリケートな地雷を踏む抜き、サラから鳩尾にいいパンチをもらうティオだった。
ティオは、しばらく患部を押さえてゲホゲホとむせた後、純粋に不思議そうに言った。
「って言うかー、サラでもなんか知られたくない事とかあんのかよー?」
「ティオ、アンタねぇ! アンタこそ、私の事、なんだと思ってんのよー!」
「えー?……野生動物ー?」
「……」
「ああぁぁーっ! 嘘嘘嘘嘘! 絞め技やめてぇー! 落ちちゃう、落ちちゃうー!……ほ、本当は、野生動物みたいに、フリーダムで、ワイルドで、パワフルで、そんでもって、とっても可愛い世界一の美少女だと思ってるからぁー!」
無言のサラに背後から首に腕を回されギュウギュウに締められて、必死にタップするティオ。
実際はあまりフォローになっていなかったが、「とっても可愛い世界一の美少女」というワードに反応して、スッと機嫌の直る単純なサラだった。
「……いや、冗談抜きで、本当に……女の子の秘密を見るような無神経な事はしないってー。……」
「アンタにそんな常識があったのが奇跡だわ。……まあ、とにかく、私の事、ちょっとでも探ろうとしたら、本気で許さないからねー! よーく覚えときなさいよ、ティオー!」
サラにドスの効いた声で念を押されて、ティオは「わ、分かった!」と必死にコクコクうなずいていた。
しかし、しばらくあごに手を当てて何か考えていたかと思うと、ティオは、逆に、サラに向かってビシッと指を差してきた。
「じゃあ、この際だから、俺も言わせてもらうけどなぁ、俺もサラに会った時からずーっと気になってた事があるんだよ!」
「え? な、何よー?」
「サラ、お前には、即刻やめてほしい事がある!」
珍しく黒い眉を吊り上げ眉間にシワを寄せた厳しい表情で、ティオはハッキリと言い放ったのだった。
□
「別に、悪い事はしてないだろー? 俺はただ、交渉が上手くいくように、手持ちのカードを増やしてるだけだってのー。」
「情報は力なり!……ククククク……ハハハハハッ!……ハーッハッハッハッハッ!」
仁王立ちして腰に手を当て、まるで極悪人のごとき笑い声つきでそう言い切ったティオへ……
もはやサラは、何も言い返す気にならなかった。
あちこちから情報を集めて、話し合いがこちらに有利に運ぶようにするのも、交渉における手腕の内なのだろうが……
正々堂々、真正面からぶつかる事を良しとするサラには、やはりそういったティオの手練手管は、好ましいものとは言いがたかった。
とは言え、ティオの力がなければ、現状傭兵団を強化する事は叶わない。
サラとしては、諸手を挙げての賛成とはいかないが、ギリギリ見て見ぬ振りで容認している、といった所だった。
実際、ティオの話では、今まで全く傭兵団に軍備用の資金が割かれていなかったらしい。
そこを、ナザール王国の軍隊の会計を担っている人物に掛け合って、なんとかもぎ取ってきたとの事だった。
会計担当の人物には、例の近衛騎士団の大隊長に口をきいてもらって会う機会を設けたようだ。
近衛騎士団の大隊長もだが、こうなると、軍隊の会計係の人物も、ティオに情報を洗われて、なんらかの弱みを握られていると思って間違いないだろう。
(……まさか、ティオが、こんな風に自分の異能力を活用するなんてねー。……)
サラは、フウッと憂いを含んだため息と共に、心の中で独りごちた。
しかし、決して「脅し」ではなく「交渉」である辺りが、ティオらしかった。
いくら秘密を知られているからとは言え、その人物にとって、飲める条件と飲めない条件がある。
ティオは、こちらが圧倒的に優位であっても、相手の尊厳を踏みにじったり、今の生活や社会的地位を壊したりといった事は決してせず、あくまで相手が了承出来るギリギリの範囲で話をつけているようだった。
結果、相手は、内心胃痛に悩まされつつも、表面上はにこやかにティオと会話を交わしていた。
ともかくも、表立っての事も水面下の事も合わせて、ティオの働きによって、傭兵団の資金繰りは上手く軌道に乗っていた。
訓練用の道具、訓練場の整備に使う備品などから始まり、実戦用の武器防具まで、日々着実に充実しつつあった。
□
(……で、も! それとは別に、おっきな「問題」が一つあるんだよねー。……)
ちょうどサラが、その「問題」を思い出し「グギギギギ……」と歯ぎしりしている所に、ボロツがやって来た。
「よう、サラ、ティオ。二人とも休憩中に悪いな。」
確かに、サラとティオは、訓練場の端にある緑化された休憩場所に居たが、休みを取っているという訳ではなかった。
サラは、自分の特訓の相手をしている兵士達がバテてしまったので、彼らが回復するまで仕方なく時間を潰している所だった。
ティオは、交渉ごとの後、傭兵団の訓練状況を見にこちらに顔を出し、サラの所に寄っただけだった。
ティオは、ボロツが少し遠慮がちに歩み寄ってくると、桶から器に水を汲んで手渡し、ボロツは美味そうに飲み干していた。
「何かありましたか? ボロツ副団長?」
「ああ、いや、大した事じゃねぇんだがよ、今日は第三小隊と第四小隊が、第七小隊と合同で訓練してるだろ?」
「片手剣部隊と大盾部隊ですね。片手剣部隊は、大盾部隊の防御をいかに崩すかという課題、大盾部隊は逆に片手剣部隊の猛攻をいかに耐えて防御を固めるか、という課題に取り組んでいる所ですね。」
「そうそう。お互い、模擬戦の勢いで、負けてなるものかって良く頑張ってるぜ。……それで、それぞれの小隊長から、ティオ、お前に一度その様子を見てほしいって要望が来ててよ。どうやったら上手く攻めたり守ったり出来るのか、直すべき所はどこか、お前の意見を聞きたいんだとさ。」
「なるほど、分かりました。……では、今からさっそく……」
「ああ、いい、いい! もうちょっとここで休んでろ!」
ボロツは、チラと、サラの方に目を遣り、ガシガシとスキンヘッドの頭を掻いた。
「……その、なんだ。……最近は、ティオ、お前もいろいろ忙しそうにしてるからな。訓練場に居る時間も少ないしよ。……せっかくサラが休憩してるんだ。貴重な時間を大事にしろよな。」
「はい?」
「あー、じゃあ、俺はもう行くからよ! 邪魔して悪かったな、サラ!」
気まずそうな様子ですぐ立ち去ろうとするボロツの態度に、当のサラとティオの二人は、揃ってきょとんと首を傾げていた。
「あ、ボロツ、待って!」
サラが、背を向けて歩いてゆくボロツに、慌てて呼びかけた。
「な、なんだ? サラ?」
サラが笑顔でちょいちょいと招くのを見て、つい口元をほころばせて足早に戻ってくるボロツ。
もしボロツに犬のような尻尾があったなら、千切れそうな程ブンブンと振っている所が見られたに違いない。
「服にバッタついてるよー。」
「お? ホントだ。……チッ! コイツめ、虫のくせに俺様に無断で寄ってきやがって!」
「あー、ダメダメ! 私が取ってあげるから、ちょっとジッとしててー。」
「お、おお。」
どこから飛んできたものか、ボロツの服の肩に親指程もある大きなバッタがとまっていた。
ムッとして手で叩き払おうとするボロツを、サラは慌てて制止すると、サッと素早く指を動かす。
次の瞬間には、サラの親指と人差し指の間に、見事にバッタの羽が摘まれていた。
「……あ、ありがとうな。サラ。」
「ううん。どういたしましてー。」
ボロツは、バッタを捕まえたサラが、いつになく嬉しそうな可愛らしい笑顔をニコニコ浮かべているのを見て、ポウッと真っ赤な顔になり、直視出来ないのか、スッと視線を明後日の方向に逸らしていた。
その時、「あ、サラ……」と、何かティオが言いかけたが、残念ながらサラの方が早かった。
目にも留まらぬ速さで、アーンと大きく開けた口に、摘んでいるバッタを丸ごとポイッと放り込んでいた。
ティオは、それこそ苦虫を噛み潰したような顔でうつむき、こめかみを指先で押さえた。
□
「……サ、サラ。そ、その、俺に優しくしてくれるのは嬉しいんだが、よ。俺は、お前に一度振られた身だ。い、いや、俺はまだ、サラの事を諦めてなんかいないんだぜ、ホントはな! だ、だが、今サラが俺に気がないってのは、良く分かってる。分かってるんだけどもよ……さっきみたいな事をされると、その、思わずチラッと、期待しちまうって言うか、な。いや、マジで、サラの優しさは嬉しいんだぜ! サラのその、俺とは違って、純粋で、汚れてなくって、スゲー綺麗な所は、ホント大好きだし、よ。……」
ボロツは、筋骨隆々たるいかつい顔と体に全くそぐわない、モジモジとした恥ずかしそうな様子で、ずっとうつむいたままつぶやき、地面に足先でのの字を書いていた。
その間サラは、軽くボロツの言葉を聞き流しながら、至福の表情でクッチャクッチャと口の中のバッタを味わっていた訳だが、もちろんボロツは、全く気づいていなかった。
途中ティオが耐えられなくなった様子で、クルッとサラに背中を向けていた。
次にボロツが顔を上げたのは、サラが、存分に堪能したバッタをゴックンと飲み込んだ後の事だった。
「……じゃ、じゃあ、俺は、もう行くぜ!」
「……その、俺はまだ、ティオの野郎との事を認めた訳じゃねぇからな! まあ、初めの印象より、結構骨のあるヤツだとは、今は思ってるけどよ。でも、まだまだだぜ!」
「ティオ! お前に、本当にサラが守れんのか? あ? 好きな女がピンチになった時、誰よりも先に駆けつけて、助けてやれんのか? その力が、お前にはあんのかよ?」
「いくらサラがお前がいいって言ったってなぁ、ティオ、お前がいざという時サラを守れないなら、お前はサラに相応しい男とは言えねぇんだよ!」
「……お、俺だってよ、サラには幸せになってほしいって、心の底から思ってるぜ。だから、今は、今はな、一応、サラのために、お前がサラのそばに居るのを黙って見ててやる。……」
「だがな! お前がサラに相応しくない男だと確信したその時には……この俺が、力づくでも、ティオ、お前をサラから引き離してぶん殴ってやるから、よーく覚悟しとくんだなぁ!」
ボロツは、ビシィ! とティオの顔を指差して睨みを効かせた後……
「じゃ、じゃあ、サラ、またな。」と、ふにゃんと即座にだらしない表情になってサラに手を振り、スタコラと逃げるように走り去っていったのだった。
「……バッタの活け造りを喜ぶ人間の、どこが『純粋で、汚れてなくって、綺麗』なんだろうなぁ。ハア。副団長も、早く目が覚めるといいのに。……」
遠ざかっていくボロツの後ろ姿を、目をしかめて見つめながら、ティオがポツリとつぶやいていた。
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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「サラの悪食」
サラには過去の記憶がないが、それと関係があるのかないのか、時折酷く常識を欠いた行動をとる。
食事や礼儀作法について、その奇行が顕著に見られる。
潰したムカデをその場で口に放り込み、村人を真っ青にさせた事もあった。




