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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第五章 参謀の戦術 <後編>参謀の手腕
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参謀の戦術 #26


 それは、ティオが参謀補佐になって三日目の出来事だった。

 その日の朝、訓練が始まった直後、ティオは二個小隊を連れてどこかに行ったかと思うと、しばらくしてたくさんの武器防具と共に訓練場に帰ってきた。

 ティオについていった二個小隊の兵士達は、手に手に武器や防具を抱え持ってきたのだった。



 二日目の朝の時点で、既にポツポツと武器は用意されていた。

 まず、武器がないと全く訓練にならない弓が最優先で二十個弱、弓部隊である第八小隊に渡された。

 その他の小隊にも、それぞれが専門に扱う武器や防具が、訓練用の木製のものではあったが、かなりの量準備されていた。


 その時も、不思議に思ったサラはティオに物資の出所を聞いた。

「他の部隊で使ってなかったのを借りたんだよ。」

 ティオはさらりと答えた。


 王城内の軍事施設において、サラ達傭兵団は、元は見習いの兵士が使っていた一番ボロボロの兵舎や訓練場が割り当てられていたが、当然他にも、王国正規兵用の訓練場や宿舎が設置されていた。

 とはいえ、傭兵団の人間は、元は犯罪者すれすれのゴロツキだったり実際に犯罪者だったりと、世間一般的には煙たがられる素行の悪い人間ばかりだったため、傭兵団用の兵舎以外への立ち入りは禁止されている状態だった。

 たまに他の正規兵用の施設を遠目に見る機会があったが、使用している人数は、確かにあまり多くない様子だった。

 長引く内戦や流行り病で兵士の数が足りていない、という話を聞いていたので、そんな状況に納得していたサラだった。

(……まあ、使う人が少なくなっちゃったら、訓練用の武器防具も余ってるよね。……)

 そう思って、その時は、サラはティオの説明に納得していた。



 が、次の日、三日目の朝に、ティオに連れられていった二個小隊分の兵士達が、どこからか持ちきれないぐらいの量の武器防具を持って帰ってきたのを見て……

 さすがに不信感を抱かずにはいられなかった。



「スゲェ! 今まで傭兵団にこんなにたくさん武器があった事なんてなかったよなぁ!」

「ありがてぇ! こんだけ武器や防具があれば、俺達は無敵だぜ!」


 団員達は皆、訓練場の一角に次々運ばれて置かれていく武具に、驚きつつも感激の言葉を口々に漏らしていたが、サラだけが素直に喜べずにいた。

 一体どうやってこんなに大量の武具を短期間で用意出来たのかと、サラが腕組みをして首を傾げていると、ティオが見知らぬ人物を連れてきて、皆に紹介した。


「皆さん、実は、こちらの近衛騎士団の大隊長様が、使われていない武器防具を我々に貸して下さったんですよ! いやあ、なんて慈悲深い方でしょう! 全員で、大隊長様にお礼を言いましょう!」


 近衛騎士団の大隊長だとティオが紹介した人物は、白髪混じりの銀髪を撫でつけるように丁寧に整えた、上品そうな紳士だった。

 美しい大きなマントを翻し、身につけている鎧も鏡のように磨かれている。

 大隊長と言うだけあって、上等な身なりをしている近衛兵の中でも、鎧や衣服に施されているレリーフや刺繍などの装飾が一層華やかで見事だった。

 身なりなどろくに気にしない、服も髪も薄汚れた荒くれ者ばかりの傭兵団の中に混じると、まさに掃き溜めに鶴といった印象である。

 明らかに場違いな、上流階級を絵に描いたような騎士様だった。

 年齢は五十代後半と思われるが、端正な甘いマスクで、未だに女性に騒がれていそうな雰囲気があった。



 ふと見ると、どこからか聞きつけてきたらしく、宿舎の食堂から続く渡り廊下に、珍しく女性達の姿があった。

 兵舎の食堂の厨房で働いている女性達だった。

 普段は、荒っぽい男だらけの傭兵団を怖がって、食堂に居る時も、さっと料理を出してすぐ厨房に引っ込んでしまうのだったが。


 確かに、女性のほとんど居ない環境で、傭兵団員の興味が集中しそうな貴重な異性ではあった。

 実際は、団員達が彼女らにしつこく絡むのを団長のサラが決して許さなかったし、サラが来る以前はボロツがたしなめていたらしく、実害は出ていなかった。

 まあ、傭兵団に集まってくる男達の質の悪さを見越してか、元々男の料理人が圧倒的に多く、少ない女性労働者も、団員達に異性を感じさせないような、もはや団員達にとっては母から祖母ぐらいの年齢に当たる年配の者ばかりだった。

 しかし、その中に、ポツンと一人妙齢の美しい女性が混じっていた。

 彼女からは、傭兵団の団員達は特に警戒されているようで、仲間の男性料理人や、年かさの女性の同僚に守られるように、後ろに隠れている事がほとんどだったが。


 集まってきた見物人の中に、まだ二十歳になったかならないかという一人のうら若い乙女の姿を、サラは発見した。

 例の傭兵団の食堂にただ一人居る、若く美しい女性だった。

 太った中年女性の影に身を隠すように立っていたが、騒動の渦中が気になるらしく、チラチラと、頰を薔薇色に染めた花のような顔をのぞかせている。

 彼女の視線が、真っ直ぐに、例の近衛騎士団の大隊長に向かっているのを見て、サラはハッと思い出した事があった。


「一同整列!……大隊長様に、礼!」


 ティオの号令で、ザッザッと傭兵達は、覚えたばかりのややぎこちない動きながら、大隊長の前に集合し、「ありがとうございました!」と大きな声を張り上げていた。



「それにしても、良く気前良く貸してくれたよなぁ。近衛騎士団っつったら、エリート中のエリートだろう?」

 大隊長が去った後、ボロツがティオに、あっけにとられたような不思議そうな顔で尋ねていた。


 ボロツが、驚くのも無理はない。

 今はナザール王国の内戦を終結させるため共に戦う立場にあるとはいえ、サラ達傭兵団は、王国正規兵達からあからさまに嫌われていた。

 正規の採用条件で兵士となった自分達と、「生まれ、身分、経歴を一切問わず、腕に覚えのある者なら誰でも」という条件で、金目当てに集まってきたゴロツキ達が、同じ「兵士」と一括りにされるのが余程嫌だったのだろう。

 兵舎の割り当てにおいてもそうだが、およそ傭兵達は「兵士」として扱われていなかった。

 こちらに近づくなと言わんばかりに、奥の王宮だけでなく、他の兵舎の中への立ち入りも禁止されており、傭兵の姿を見かけると、聞こえるような声で、「犯罪者どもが……」と陰口を叩く者もあった。

 そんな状況で、貴族の人間で固められた、兵士の中でも特に上流意識の強い近衛騎士団の人間が傭兵団に目を掛けてくれるとは、とても想像出来なかった。

 しかも、兵士の数が減った事で使われずに眠っていたとはいえ、正規兵用の武器防具を心良く貸してくれるとは。


「ティオ、お前、どんな手を使ったんだ? いや、お前の場合、口か。お前は、とにかく口が上手いからなぁ。近衛騎士団の大隊長様まで、上手い事丸め込みやがったのか?」

「いえいえ、とんでもない! 王国正規兵の中にも、思いやりのある方は居るんですよ。特に先程の近衛騎士団の大隊長様は、傭兵団が不遇な扱いを受けているのを普段から嘆いておられて、力を貸して下さったんです。今は同じく内乱を鎮めるために戦う身、身分にとらわれず協力し合うべきだとおっしゃって。……いやぁ、実に素晴らしい方ですね! まさに人格者!」

「はあ。……お前が言うと、なーんか嘘くさく聞こえるのはなぜなんだろうなぁ。」

 ニコニコと模範的な笑みを浮かべているティオを横目に見ながら、ボロツは、眉間にシワを刻んでいた。


「ティオ! ちょっと来なさーい!」

「ぐえっ!」


 そんなティオの首根っこを、サラはガッと引っ掴み、驚いてポカンとしているボロツをその場に置き去りにして連れ去った。

 誰も話が聞こえないであろう人気の少ない所までやって来ると、ようやくサラはポイッとティオを放した。


「……ゲホッ! ゲホッ!……な、なんだよ、サラ、いきなりー!」

「……ティオ、アンタ、さっきの上品そうな騎士のおじさん……脅して言う事聞かせたわねー?」

「え?……いやいや、ハハハハー。一体何を言い出すんだろうな、サラちゃんはー。なんの根拠があってそんな事ー?」

「覚えてるわよ。アンタが前にしてた話。……どっかの石から、あのおじさんの情報読んだって言ってたわよねー?」

「……チッ!……」


 ティオはサラにからくりがバレたと気づくと、途端に態度を変えていた。

 人当たりの良さそうな穏やかな笑顔から、あからさまにヤサグレた苦い表情になった。


 そう、ティオは確かに、以前サラに話していた。

 自分の「鉱石に残った記憶を読み取る」という異能力を説明する際に、例の近衛騎士団の大隊長の隠し事をサラに喋ったのだった。

 それは、妻と子供と孫まで居て、誠実で理想的な家庭人として通っているかの人物が、実は兵舎の食堂で働いている若い女性と恋仲になっているという内容だった。


「さっき、厨房の女の人達が来てたけどー、あれ、アンタが呼んだのー? あの、ポツンと一人混じってた若い女の人が、あの騎士のおじさんが浮気してるとかいう相手の人ー?」


「あれって、『俺の言う事を聞かないと、あの子との関係をバラすぞ!』っていう脅しのつもりだった訳ー?」

「いや、違う違う! 俺は単純に、あのおっさんが善行をしてる所を見せてあげたかっただけだってー。あのお姉さんの好感度が上がるかなぁと思ってさー。おっさんにしても、好きな子にはいいとこ見せたいんじゃねーの?」

「やっぱりアンタが呼んだのねー。ホント、そういう小細工がアンタらしいわよねー。」

「近衛騎士団のお偉いさんが来るらしいってちょっと噂したら、食堂の人達、こぞって来てくれたんだよなぁ。」

「うーん、まあ、確かに、あのお姉さんは、『嫌われ者の傭兵団にも温かく手を差し伸べてくれてる、とっても優しい人!』って感動してるような顔で見てた気はするー。でもー、おじさんの方は、すっごいヒヤヒヤしてたっぽかったけどー? 何度もハンカチで汗拭いてたしー、用事が済んだらスタコラ帰っちゃっうしー。傭兵団のみんながお礼言った時なんて、(頼むから大声出さないでくれー!)って、思いっきり渋ーい顔してたわよー。」


「……ティオ、アンタ、本当に、おじさんに圧力掛けようと思って、あの女の人呼んだんじゃないのよねー?」

「ハハハハハ! まっさかー!」

「……」


 いくらサラに睨まれようと、ティオはケロッとした顔で笑い飛ばしていた。

 ティオの面の皮の厚さを良く知っているサラは、これ以上問い詰めても何も吐かないだろうと踏んで、諦める事にした。



「それにしてもー、こんな傭兵団の兵舎の食堂なんかに、あんな若くて綺麗なお姉さんが一人だけ居ると、すっごい目立つよねー。あのおじさんも、それでお姉さんに目をとめたのかなー?」

「あー、それ、逆逆ー。元々は街の食堂で働いてたお姉さんと知り合ってー、いい感じになってー。生活に困ってるって聞いて、ここの仕事をあのおっさんが紹介したんだよー。まあ、街の食堂と大して賃金変わんないんだけどなー。ここならおっさんの仕事場も近いから、こっそり二人で会う機会が増えたりとか、いろいろあるんだろうぜー。」

「へ、へえー。まあ、こっそり二人で会ううんぬんはともかくー、仕事を紹介してあげるなんて、親切なんだねー。」

「チッチッチッ! サラちゃんは、ホーント甘いなぁー。」


「実は、あのおっさん、すっごく彼女に執着しててー、他に彼女が惹かれるような若くていい男が来る場所には彼女を置いときたくなかったんだよー。後、常に自分の目の届く範囲に居させたかったんだよなー。だから、もっと賃金がいい筈の近衛騎士団の食堂は、敢えて紹介しなかったって訳ー。あそこは見目麗しい貴族の子息がうじゃうじゃ居るからなー。まあ、男だらけっつってもゴロツキばっかの傭兵団なら、間違っても彼女が心を奪われたりしないだろうって算段だよー。」

「……うっわぁ。めちゃくちゃドロドロしてるぅー。聞きたくなかったなぁー。……」


 (……それにしても……)とサラは、心の中で密かに思っていた。


(……ティオの「鉱石に残った記憶を読み取る」って異能力、思ってたよりずっとヤバイじゃーん!……)


(……ここまで細かく読めるとなるとー、ティオの周りの人間、全員個人情報筒抜けなんじゃないのー?……)


(……石なんて、そこら中にいっぱいあるもんねー。王国正規兵の兵舎とか、立派な建物って、大体石造りだしー。ティオがその気になれば、いくらでも他人の秘密見放題じゃないー!……)


 はじめにティオから彼の異能力の話を聞いた時、「ふーん。なんか全然強そうじゃないねー。」といった感想しか抱かず、あまり関心を示さなかったサラだったが……

 この頃になると、ジワジワと恐ろしさが身に沁みてきていた。


(……ま、まあ、私は大丈夫だよねー。ちゃんとティオと約束したもんー。……)


 そう自分自身に言い聞かせて心の安寧を計るサラだったが、やはりどこか疑心暗鬼になっており、何事もなかったように涼しい顔をしているティオを、チラと探るように見上げた。


「どうした、サラ?」

「……ティオ、アンタ、私との約束、ちゃんと守ってるでしょうねー? もし、ちょっとでも破ったら、その時は……」


「一晩中、アンタの目の前に剣の刃をかざし続けるからねー!」

「ヒエッ!……な、何それ! 刃物を見て気絶して、起きたらまた刃物を見て気絶するって、無限ループ? どんな拷問ー?」


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「鉱石に残った記憶」

鉱石には周囲で起こった事象を記憶する性質があり、ティオは異能力によって、その記憶を読む事が出来る。

鉱石に特定の人物がしばらく触れていると、その人物の情報も読み取れる。

どうやらかなり詳細なプライベートな記憶まで読めるらしい事が判明している。

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