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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第一章 王都での出会い
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王都での出会い #2


「あーあ、可哀想に。……よし! こうなったら、私がカタキをとってあげるからね、ヘナチョコ眼鏡君!」

「お前ら、やっぱり知り合いなのかよ?」

「だから、全然違うってば!」


 サラは、パキパキッと指を鳴らし、コキコキッと首を鳴らし、改めてならず者達に向き合った。

 ザッと足を開いてしっかりと踏みしめ、ビシッと両手を体の前に構える。


「さあ、どっからでもかかってきなさーい!」

「はあ? 何言ってんだ、このガキ……ぐわっ!!」


 なんの警戒心も抱かずにサラの腕を掴もうとした男は、その瞬間、グルンと宙を舞っていた。

 ビターンとしたたかに地面に背中を叩きつけられ、仰向けに倒れる。

 サラが、目にも止まらぬ速さで、自分を掴もうとしていた男の腕を逆に掴み返し、クルッと背を向けて、二回り以上大きな男の体を持ち上げると、そのままポーンと投げ飛ばしたからだった。

 サラの見事な背負い投げを喰らった男は、地面に背中を打ちつけて、呻きながら蠢いたのも束の間、ガクッと頭が垂れて完全に気を失った様子だった。


「てめぇ、このアマ!……うがっ!!」


 仲間がやられた驚きと怒りが入り混じり、衝動的にサラを捕まえようと腕を伸ばしてきた二人目の男は……

 ズダン! と、地面に背中から落ちていた。

 先程と全く同じ経緯で、伸ばしてきた腕を逆にサラに掴まれ、投げ飛ばされたのだった。


「な、なんだぁ、コイツ!?」

「チビのガキのくせに、大人の男を軽々投げ飛ばしやがったぜ!?」


 さすがに、残った二人のならず者は、サラに強い警戒心を抱いたようだった。

 最初の一人は、サラの見た目からすっかり油断していた。

 二人目は、まだ正確に状況を把握しておらず、怒りに任せて隙だらけで突っかかってきた所を返り討ちにされた。

 しかし、三人目は、さすがに、しっかりと態勢を整え、拳を固めてサラの顔めがけて全力で殴りつけてきた。


「てめぇ、よくも仲間を……うっ!」


 しかし、その渾身の力を込め狙いすました拳の一撃を、サラは顔のすぐ前で軽々と受け止めていた。

 白く華奢な手を開いて、こちらに真っ直ぐに向かってきていた男の拳をピタリと止めると、グッと指を閉じ、男の拳を掴んで拘束する。

 当然男はすぐに拳を引っ込めようと腕を引っ張ったが、サラに掴まれた腕はビクともしなかった。

 それどころか、掴まれている拳が、メキメキッとサラの握力で握りつぶされそうになり、思わず悲鳴をあげる。


「ぎ、ぎゃあぁぁ!!……な、なんだ、コイツ! このバカ力は、一体? ば、化け物……ぐぼぉ!!」


 恐怖で真っ青になり慌てふためく男のみぞおちに、ドウッ! とサラの拳が叩き込まれ……

 男は、その一瞬で見事に意識を刈り取られて、前のめりに地面に倒れこんでいった。



 ドサッと最後の子分が自分の足元に崩れ落ちたのを見て、サアッとリーダー格の男も顔色を変える。

 しかし、子分達三人をあっという間に倒したとは言っても、自分の目の前に居るのは、どう見ても十三、四歳の小娘だった。

 小柄かつ華奢な体つきで、腕も足も、少し力を入れたならポキリと折れてしまいそうな程細い。

 がたいのいい腕力自慢の自分より軽く二回りも小さな相手を前に、リーダー格の男は、残念ながら逃げる事を選ばなかった。

 仲間があっけなく倒されていくのを目撃していながら、まだ、自分の方が強いという気持ちが男にはあったようだ。

 チッ、と舌打ちしたのち、男は素早く懐から一振りのナイフを取り出すと、鞘を投げ捨て、サラに向かって構えた。


「ガキだと思って手加減してりゃあ、つけあがりやがって! 本気で痛い目見ねぇと分からねぇようだな、ああ!? せっかくの上物をダメにしちまうのは惜しいが、こっちも仲間をやられて黙ってられねぇんだよ!……うらあぁぁ!!」


 シュバッ! と鋼色の刃が空気を切り裂きサラに迫る。

 しかし、サラは、まるで男の動きを知っていたかのように、スイッと僅かに体を半身後ろに引いただけで、その攻撃をかわしていた。


「おら、おら、おらぁ! 切り裂いてやるぜ! 泣きわめけぇ、クソガキがぁ!」


 確かに、男の太い腕から繰り出されるナイフによる連続した突きは、豊富な筋肉により、スピードと威力を兼ね備えていた。

 しかし、サラの目には、ムダの多い大振りな男の突きの軌道が、はっきりと見切れていた。

 そして、男を遥かに上回る俊敏性を持って、スイスイと最小限の動きで難なくかわし続けた。

 どこまでいっても男のナイフの切っ先は、サラの金色に輝く髪の毛の一本さえ傷つける事は出来なかった。


「……クソッ! クソクソクソッ! な、なんで当たらねぇんだ!?」

「フウ。女の子に向かってナイフを振り回すなんて、ダメだよ。相手が私だったから良かったけど、普通は大ケガしちゃうからね。……じゃあ、面倒だから、そろそろ終わりにしようかな。」

「な、何!?」


 サラは、突きを繰り出してきた男とすれ違うようにスッと距離を詰めたかと思うと、ガシッとナイフを持った太い手首を片手で掴んだ。

 間髪置かず、掴んだ手にギリッと力を込められ、骨が折れそうな痛みに、男は「ギャアッ!」と悲鳴をあげる。

 ポロリと握っていたナイフを取り落とした所を、すかさずサラが、もう片手でパシッと宙で捕らえていた。



 頼みの綱の武器をサラにあっさりと奪われ、男は引きつった顔でジリッと後ずさる。

 一方サラは、相変わらず平然とした表情で、刃渡り20cm程のナイフを自分の顔の前に持ってきた。


「あのさ。さっきからずっと気になってたんだけどー、私の事『ガキ』って言うの、やめてくんない? 私、今十七歳の年頃の乙女なんだからねー。」


 サラは、話しながら、片手でナイフの柄を、もう片手の指で摘むようにナイフの刃を持った。

 そして、ググッと力を込めていく。


「傷つくんだよねぇ、そういう無神経な言葉。ねえ、ちゃんと聞いてる?……私の事、次に『チビ』とか『ガキ』とか『ペチャパイ』って言ったら、タダじゃおかないんだからねー?」

「……い、いや、ペチャパイとは言ってない……」

「え!? 何!?」

「ヒッ!……な、なんでもない!」


 目の高さに上げたサラの両手は空中でピタリと止まったままだったが、その間に挟まれたナイフは、メキメキッと嫌な音を立てて軋んだかと思うと……

 パキィーン! と見事に中央で真っ二つに折れた。

 サラが、その人間離れした腕力と握力を持って、手と指と腕の力のみで、鋼のナイフを砕いたのだった。


「う、うわあぁぁーー!!」


 男が恐怖で絶叫する中、サラは折れたナイフをポイッと投げ捨てた。


「あー、もう、うるさいなぁ!」

「がはっ!!」


 イラッとしたサラの蹴りが、ドウッ! と男の腹を直撃し、男は思い切り後ろに吹っ飛んでいた。

 壁際に乱雑に転がっていた、空の酒樽に突っ込み、ドガッ! ガラガラ! と派手に音を立てながら倒れ込む。


「いい? これからは、女の子には優しくしなきゃダメだよ! それから、弱い者いじめもダメ!……って、あれ? 気絶しちゃった?」


 サラは、しばらくしてようやく、男が白眼を向いて気を失っている事に気づき、ハアッとため息をついていた。


「まだ話の途中だったのにー。……ま、いいか。」


 パッパッと服についた埃を払うと、サラは何事もなかったかのようにクルリときびすを返した。



 そこまでは、サラにとっては特に珍しい事件でもなかった。


 サラは黙ってジッとしていさえすれば、小柄で華奢で可憐な美少女だ。

 そんなサラが一人で街中を歩いていると、かなりの頻度で男達が声をかけてくる。

 中には、まだせいぜい十三、四歳の見た目のサラと付き合いたいと言ってくる者も居たが、サラは異性にも恋愛にも一切興味がなかったので、いつもピシャリと断っていた。

 しかし、サラに寄ってくる男の大半は、彼女の美貌を良からぬ方法で金に変えようと企むらならず者だった。

 サラが誰かに守られるでもなく一人で居るのを見つけて、簡単に力で従えさせられると踏んだのだろう。

 もちろん、そういった不届きな輩を、サラは一人残らず返り討ちにしてきた。しかも毎回かなりあっさりと。

 人の多い場所や治安の良くない町などでは、こうしたトラブルが良く発生するので、さすがのサラも面倒になって、自分の顔をコートのフードで隠す癖がついた。


 今回も、そんなすっかり慣れっこになった面倒ごとを、腕に止まった蚊を叩くような軽い気持ちで片づけたサラだったが……。



「わあ、これは凄い! 死屍累々だなぁ!」


 脱げていたフードを再び被ろうとしていたサラの耳に、背後から、場違いな程能天気な明るい声が響いた。


(……え!? 私、全員倒したよね? まだ誰か居たっけ?……)


 バッと慌てて警戒態勢を取り振り返ったサラの目に映ったのは……


「おお! 全員見事に気絶してる!……こっちの人は、何本かあばらにヒビが入ってるなぁ。この人は、肩が外れてるかぁ。それからそれから、歯が折れてる人と、頭に大きなコブが出来てる人と。……うん! まあ、命に別状はないな!」


 ヒョコヒョコと、路地で動いている人物が居た。

 先程サラに倒され、点々と地面に倒れていた四人のならず者の男達にそばにしゃがみこんで、体を触ったり腕を動かしてみたりと、身体検査をしている様子だった。

 サラが立ち止まって呆然とこちらを振り返っているのに気づくと、その人物は視線を上げて真っ直ぐにこちらを見た。

 パチッと目が合った瞬間、小さな光が弾けたかのような、不思議な感覚をサラは覚えた。


「へなちょこ眼鏡君。……まだ居たんだ。ってか、アンタ、気を失って倒れてたんじゃなかったっけ?」


 サラの脳裏に、五分程前に、ならず者達のリーダー格の男に蹴り飛ばされ、派手に転がって倒れ込んだ、眼鏡の青年の姿が思い出された。

 しかし、地面に倒れ伏している男達から離れサラの元に歩み寄ってきた青年は、服こそ埃にまみれていたが、何事もなかったかのようにケロッとした顔をしていた。

 「いやぁ。あはははは。」などと締まりのない声で笑いながら、ボサボサの黒髪をボリボリと掻いている。


「あの人達を倒してくれてありがとう! 君のおかげで助かったよ!」

「別に、お礼なんか要らないよ。それより、これからは気をつけてね。」


 近寄ってきた眼鏡の青年の姿を改めて見て、サラは内心驚いていた。


(……背高っ! 私の頭が肩に届いてないんだけどー!……)


 パッと見身長は高い方だと思ってはいたが、先程はならず者達に囲まれてうずくまっていたので正確には分からなかった。

 しかし、こうして真っ直ぐに背を伸ばして立つと、小柄なサラより軽く頭一つ分は大きかった。

 目測で185cmぐらいはある。

 がたいはいい訳ではなく、細身でひょろりとした印象は受けるが、それでもここまで背が高いと、それだけで圧倒的な存在感があった。

 特に、日頃から背の低い事に対して密かにコンプレックスを感じていた145cm未満のサラは、反射的にムッと少し不機嫌になった。


(……えっと、確かこういうヤツをなんとかって言うんだよねー。なんだっけかなー?……あっ!……)


 サラは、ハッと思い出してポンと手を叩いた。


「ウドの大木!」

「え? それ、ひょっとして俺の事?」

「あっ! ゴメン! 悪口を言うつもりはなかったんだけど、ついうっかり!……ゴ、ゴメンね、へなちょこ眼鏡君!」

「いや、『へなちょこ眼鏡君』もかなりの悪口だと思うんだけど?」

「あー、そ、そっかぁ。……じゃあ、眼鏡君!」

「アハハ。『眼鏡君』もちょっとやめてほしいかなぁ。」


 青年は、サラの発する言葉を聞いて、面白そうに笑っていた。

 伸ばしっぱなしになっているボサボサの長い前髪の奥の、更に曇った眼鏡のレンズを隔てた青年の目を、初めてはっきりとサラは認識した。

 それは、新緑の深い森を思わせる、穏やかかつ鮮やかな、美しい緑色をしていた。


(……な、なんだ。こうやって笑ってると、結構普通の感じだ。最初は凄い変人かと思ったけど。……)


 肩の力の抜けた屈託のない笑顔を浮かべている青年を見て、サラも思わずニッコリと笑っていた。


「俺はティオ。さっきは助けてくれて、本当にありがとう。」

「あ、えっと……私は、サラ。」

「サラかぁ。いい名前だね。……じゃあ、サラ。助けてもらったお礼に、飯でも奢るよ。」

「え? い、いいよいいよ、別に!」

「でも、そろそろ昼時だし、サラも腹減ってるだろ?」

「……うっ!……」


 ティオと名乗った青年の「飯」という言葉に反応したかのようなタイミングで、サラのお腹がグーグーと鳴り、サラはバッと自分のお腹を押さえて真っ赤な顔になった。

 ティオは、路地の先を指さすと、颯爽と歩き出した。


「 向こうに美味い飯屋があるんだよ。俺もちょうど腹減ってたんだ。ほら、早く食べに行こうぜ!」

「……う、うん。」


 サラはコクリとうなずいて、先程鳴ったお腹をまだ押さえながら、ティオの後をついて歩き始めた。


 これまでの旅での経験上、知らない人間には一応警戒心を抱くようになっていたサラだったが……

 色あせた紺色の長いマントを揺らしながら前をゆく、ティオと名乗った青年の態度には、すんなりと彼を信じてついていってしまいたくなるような、どこか不思議な雰囲気があった。


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