参謀の戦術 #19
「これから、順を追って説明します。」
そう言って、ティオは、ジラールの後ろに立っていた所から、スタスタと歩いて、元の自分の席へと戻った。
団長であるサラを中央に、左手にボロツ、右手にティオという配置の、机の一番奥の位置だった。
「チェレンチーさん、例のものをお願いします。」
「あ、う、うん! 分かったよ、ティオ君!」
サラとは逆隣であるチェレンチーにティオが囁くと、チェレンチーは慌てて、机の下に置いてあった石版を持ち上げた。
結局、石板が大きくて重かったのか、上手く持ち上がらず、ティオが手を貸す格好になったが、それを全員が見えるように机のなるべく中央に設置する。
そこに、ティオは身を乗り出して、懐から取り出した蝋石で図を描き込んでいった。
「現在、我が傭兵団は、総員347名。……これをまず……」
「八つの小隊に分けます。」
「団長のサラ、副団長のボロツさん、作戦参謀の俺、参謀補佐のチェレンチーさん、この四人を抜いて、更に、ここに居る八人の人数を引いた数が335人。この335を八で等分します。まあ、割り切れない分は、各小隊に配分するとして、大体一部隊40強の人数になりますね。」
「この約40人からなる各小隊を、ここに居る八人の幹部の方で一つづつ受け持ってもらう事になります。」
「みなさんは、第一小隊から第八小隊までのそれぞれの『小隊長』として、自分の小隊の指揮をお願いします。……ああ、この小隊の一つが、先程話したジラールさんによる弓部隊になります。」
「一番上に、団長であるサラ、その下に副団長のボロツさん、その下に、ここに居る幹部八人の小隊長、という組織体系になります。」
「そうそう、俺とチェレンチーさんは、この枠組みの中には入りませんが、俺はサラに傭兵団の作戦を一任されているので、俺の指示は基本、団長であるサラの発したものと同じ扱いになります。その点は、皆さん良く心得ておいて下さい。」
ティオは石板に丸や点を描いて理路整然と説明を続け、一同は図を見ながら彼の話に聞き入った。
「さて、各小隊には、42人、もしくは41人の隊員が居る訳ですが、これを更に5人か6人の班に分けます。つまり、一個小隊は8つの班で構成される事になります。」
「この班には、それぞれ班長を置き、班員は班長がまとめるようにします。そして、この各班長に直接指示を出しまとめるのが、各小隊長の役目になります。」
「上から説明すると、団長であるサラ、副団長のボロツさん、作戦参謀の俺の出した指示を、各小隊長である皆さんが、自分の隊の班長達に伝え、班長達が班員に伝える。という伝達形式です。……逆に、班内で何か起こった時は、必ず班長が状況や意見をまとめて自分の属する小隊の隊長に伝え、隊長から、団長、副団長、作戦参謀、という上の三人の誰かに報告する事になります。……ここの所は大事ですので、良く覚えておいて下さい。」
「そして、これからは、訓練の時だけでなく、この兵舎における生活全てにおいて、この組織体系で行動してもらいます。常に、班での行動、隊での行動になりますので、気を引き締て、自分の隊の行動を把握、指揮するようにして下さい。」
「隊で行動? 朝から晩まで?」
「え? 具体的にどういう事なんだ?」
今までとは全く違う秩序立った組織形態をティオから明示され、新しく小隊長となり幹部となった団員達は、まだ訳が分からない様子で、キョロキョロと顔を見合わせていた。
□
「よう、ティオ。小隊を作るとか、その中を更に班に分けるとか、そういうのはいいんだが……」
話を一通り黙って聞いていたボロツが、ティオに話しかけてきた。
「その、小隊だの班だのの団員の振り分けは、どうやって決めるつもりなんだ?」
「それなら、もう、俺の方で分けてあります。」
「何!?」
「部屋割と、食堂の席も決めておきました。どちらも、班と隊でまとまって使用してもらいます。……チェレンチーさん、傭兵団の名簿を。」
「あ! は、はい!」
チェレンチーは、巻いて紐で縛った紙を、腰から外して、机の上の石板の脇に広げた。
そこには、団長のサラをはじめとして、副団長ボロツ、作戦参謀ティオ、参謀補佐のチェレンチーの名前の下に、各小隊長の名前が並び……
更にその下に、班長の名前が、その下には、班員の名前が……
ズラリと、全て、一人も漏れる事なく書き込まれていた。
名前の配置から、隊の中に班があり、すべての隊の上に、サラ、ボロツ、ティオの三人が位置しているのが、視覚的にも良く分かる構図になっていた。
サラもボロツも、他の団員達も、その名簿を、「おおー!」という、驚きと関心を持ってこぞってのぞき込んだ。
「え、ええと、こっちが、部屋割です。それから、これが、食堂の席の配置になります。」
更に二枚の紙をチェレンチーが机の上に広げる。
その内の一枚には、宿舎の構造が描き込まれ、その中に、隊や班を示す数字とそこに属する人名が細かく記されていた。
もう一枚にも同様に、食堂のテーブルの図が描かれ、数字と人名が配置されている。
「……いや、でも、これ、誰が誰だ?」
「あ! 俺、たぶんこれだな! 自分の名前だけは、なんとか分かるぜ!」
整然と作られた名簿を見て感心する一方、ほとんど文字が読めない団員達が戸惑っていると、それを察していたかのようにティオが捕捉した。
「今日は、これからさっそく各隊で行動してもらう事になりますので、なるべくその時に、自分の隊の団員の名前と顔を覚えるようにして下さい。」
「もし隊や班の人員構成、部屋割りや席順などが分からなくなった時は、チェレンチーさんがこうしていつも名簿を持ち歩いてくれていますから、チェレンチーさんに聞いて下さい。もしくは、俺に聞いて下さい。」
サラは、全く読めない文字がズラズラとめまいがする程大量に並んでいる紙を眺めて、ポカンと口を開けていたが、ふとティオに向き直った。
「ティオも、傭兵団の名簿持ってるのー?」
「いや、俺は持ってない。でも、頭には入ってるから平気だ。」
「えー? これ、全部覚えてるって事ー?……って言うか、傭兵団の団員全員の名前を良くまとめられたねー。一人一人聞いて回ったりして、大変じゃなかったー?」
「いや、もう全員顔も名前も覚えてるし。この名簿は、それを元に割り振っただけだから、短時間で済んだぜ。」
「ええっ!? ほ、本当にティオ、傭兵団の人間、全員覚えてるのー? 三百人以上居るんだよー?」
「当たり前だろ。もうここに来て六日目だぞ。普通覚えるだろ。」
「……」
ティオの返答に、未だ二十名も名前と顔が一致していないサラは、気まずげな表情でフイッと明後日の方に視線を逸らした。
「だから、サラは早くちゃんと覚えろってー……って、ボロツ副団長?」
サラの横で、一見真面目そうな顔をしながらも、さり気なく冷や汗を垂らしているボロツに気づき、ティオは目を見開いたが……
「え? ちょっ……ハンスさんまで?」
更にその隣の席で、同様にハンスも、口をへの字に結んで眉間にシワを寄せていた。
「あー、ゴホン。……そ、その、私もそろそろ歳だからな。最近記憶力の方が、ちょっと、な。」
「こんなにたくさんの人、たった六日で覚えるられる訳ないよー。ボロツは、もっと前から居るから、覚えてなきゃダメだと思うけどー。」
「あ、ズルイぞ、サラ! お、俺だって、毎日、その、いろいろと忙しいんだよ! 剣を振るう事に全力を傾けてたんだよ、俺はぁ!」
明らかに呆れている様子のティオの腕を、ポンポンとチェレンチーが軽く叩いて、苦笑しながらフォローした。
「あのー、ティオ君。ティオ君の記憶力を他の人に求めるのは、無理があるんじゃないかな。普通の人にとって、傭兵団全員の顔と名前を覚えるのは、凄く大変な事だから。」
「え? そうなんですか?」
「うんうん。僕も、ぼんやりなら大体分かるけど、さすがに全員正確には覚えてないよ。」
「……な、なるほど、チェレンチーさんがそう言うなら。」
ティオは、チェレンチーになだめられ、不承不承ながらなんとか納得したようだった。
しかし、最後にきっちり釘を刺すのは忘れなかった。
「三人とも、この傭兵団の最重要人物なんですから、なるべく団員の名前と顔は覚えておいて下さいね。」
「特にサラ! 団長のお前は、もっと頑張れよな!」
サラ、ボロツ、ハンスの三人は、いつになく肩身の狭い気持ちを胸に、コクコクうなずいた。
□
「では、今朝の会議はこれで終わりますが……」
締めに、ティオがサラを見遣った。
「最後に、サラ団長から、何か一言。」
「あ、えっとー……いろいろ今日から新しい事が始まるけどー……」
「みんな、一生懸命頑張ろうー! 強くなるぞー! おー!」
ティオがパチパチと手を叩き、ボロツや他の団員達もそれにならった。
チェレンチーは、さっそく机の上に広げていた名簿や配置図、石版を慌ただしく片づけだす。
サラがガタンと席を立ったのを皮切りに、ボロツやハンスをはじめ、他の幹部達も次々立ち上がった。
「それでは、この後さっそく、小隊ごとに分かれて行動してもらいましょう。」
ティオは声を張ってそう言うと、パンと手を打ち鳴らした。
□
「ふわあ。もっと寝てたいぜ。」
「食堂がまだ閉まってるんだが、なんでだ? 腹減ったなぁ。」
宿舎のそれぞれの部屋に居る団員達は、まだベッドに横になったまま寝ぼけている者、既に起きて身支度を始めている者、食堂に行って戻ってきたらしい気の早い者など様々だったが……
突然、ガンガンガン! と鍋を叩く大きな音が辺りに響いて、皆一様に驚いた。
「オラー、起きろー、お前らー!」
「全員、自分の荷物と布団を持って、廊下に出ろ! 五分以内に済ませろ!」
ボロツが先陣を切って、各部屋のドアを開けて回り、幹部の団員達もそれに続く。
「早くしろ! 朝飯の時間がなくなっちまうぞ!」
「オラオラ! いつまでも寝てんなよー!」
いきなりの思いもよらない命令に当惑しながらも、ボロツ達にせかされ、皆慌てて自分の荷物に飛びついていた。
やがて、団員がバラバラと廊下に出てくると、ティオとチェレンチーが手分けして、彼らに新しい部屋とベッドの位置を教えた。
なんとか全員が新しい自分の部屋のベッドに荷物と布団を押し込んだ所で……
今度は、休む間もなく、食堂に移動させられる事になった。
「移動は駆け足ー! ノロノロ歩かないー!」
「ぶつからないように、廊下を通る際は、必ず左手を壁に沿わせるように進んで下さいー! 兵舎内は全て左側通行になりますー!」
「しょ、食堂の席の位置は、僕に聞いて下さーい! 勝手に好きな場所に座らないようにお願いしますー!」
サラも檄を飛ばし、ティオが新しい規則を呼びかけ、チェレンチーが図面を持って各員に位置を指示した。
こうして、混乱もあったものの、二十分後にはなんとか、食堂で全員が自分の席に座る事が出来たのだった。
□
食堂のテーブルの位置も、前もって整えられていた。
それまで、食堂のテーブルは、規則性はあるものの比較的ずさんに並べられ、使った者がそのまま片づける事もないので、椅子が乱れたままの事も多かった。
しかし、今は、隊ごと、班ごとにピシッと揃えられて置かれ、更に、その全体を見渡すように、前方にテーブルが設置されて……
その中央にサラの席、両脇をボロツとティオの席という配置になっていた。
朝食の料理が傭兵団員各人の前に揃えられていたが、未だ手をつける者は居ない。
「そこぉ! まだ食うんじゃねぇ!」
と、空腹に駆られてさじをつけようとした者がボロツに怒鳴られてから、皆大人しく縮こまっていた。
いつもはワイワイと明るい活気に満ちた食堂に、これ程ピリピリと張り詰めた空気が満ちたのは、はじめての事だった。
そんな中、ティオはスッと椅子から腰をあげると、背筋を伸ばして立ち、一同に会した傭兵団の団員達をぐるりと見回した。
そして、落ち着いた響きながらも、良く通る声で言った。
「みなさん、改めておはようございます。」
「今日から、この俺が、団長であるサラから命を受けて、作戦参謀になりました。」
「これからは、俺の指示は、団長であるサラの指示と同じものと思って、しっかりと聞いて下さい。よろしくお願いします。」
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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「傭兵団の会議室」
朝と夜に幹部による定例会議が行われる場所。
兵舎の中にあったが、長い間使われておらず、物置と化していた。
長いテーブルが中央に置かれ、その周りに椅子が並ぶ。




