参謀の戦術 #18
チェレンチーの説明が終わった所で、会議に集まっていた団員達の視線が別のある人物に集中した。
実は、真っ先にチェレンチーに注目が集まってはいたが、もう一人、あまり馴染みのない人物がこの会議に参加していた。
歳は、傭兵団の団員の中では高齢の六十間近、痩せ型の長身で、ゴツゴツと骨が目立つ体つきをしていた。
白髪の多い艶のない長い髪を、首の後ろでしっかりとくくっている。
身なりは粗末だが、どこか険しく鋭い雰囲気をまとっており、いつもうつむきがちに陰鬱な表情を浮かべていた。
その近寄りがたい気難しそうな気配もあって、話しかける者はほとんどおらず、ポツンと一人で居る事が多かった。
今は、机の一角で、ずっと腕組みをして目を閉じ、硬い表情のまま動かなかった。
会議に呼ばれたのでやって来たものの、まるで自分には関係ないと言わんばかりの態度だ。
その特徴的な見た目や雰囲気もあって、サラも珍しくその人物の事を覚えていた。
訓練には基本的に真面目に参加しており、剣の腕も人並み以上だったが……
何か、冷めている、と言うか、いまひとつ覇気ややる気を感じさせない人物だった。
(……あの人、本当はかなり強そうだと思ってたんだよねー。それで、ティオが会議に呼んだのかなー?……)
サラは、その老年に差し掛かりはじめた男の、眼光の鋭さや身にまとっているひりつくような空気から、彼が実際は、熟練の戦士なのではないかとずっと気になっていた。
すると、皆の視線に気づいたらしく、ティオが、手の平を差し伸べてその人物を示した。
「まだあまり馴染みのない方も居るようですね。……そちらの方は、ジラールさんです。」
「元々は、ここナザール王国の隣国で一個師団の団長をされていた事もある歴戦の強者です。」
「ジラールさんが得意とするのは長弓で、その腕前は近隣諸国に響き渡る程だったんですよ。」
「師団長を辞してからは、その弓の腕前を買われ、傭兵として、様々な戦場で活躍してきた方です。」
ジラールと呼ばれた長身痩躯の男は、相変わらずまるで他人事のように目を閉じて知らぬ顔をしたままだったが……
ティオが彼の偉業をハキハキと説明すると、年の割に深いシワの刻まれた口元が微妙に緩んだ事に、サラは気づいた。
「……あのおっさん、そんなスゲーヤツだったのか!……」
「……どうしてそんな人間が、こんな傭兵団に?……」
ティオの話を聞いて、机を囲んでいた団員達にざわめきが走った。
おそらく、それまではジラールの事を(無口で陰気なおっさん)程度にしか思っていなかったに違いない。
しかし、そんな近隣諸国に名前が知られる程の戦士が、なぜこんなゴロツキの寄せ集めの掃き溜めのような傭兵団に居るのか、皆首をひねっていた。
□
そんな疑問に答えるかのように、ティオはスタスタとジラールに歩み寄って、その骨ばった肩にポンと気安く手を置くと……
満面の笑みと共に極めて軽い口調で喋った。
「あー、皆さん、もうなんとなく気づいているかと思いますがー、ジラールさんは、酷い口下手で人付き合いが苦手なんですよー。」
「それを誤魔化すために一時期お酒に頼っていた事がありましてー。でも、全然お酒が強くない上に、酔うといつもこらえていたものが爆発するのか、人が変わったように暴れてしまうんですよー。それで問題を起こして、師団長をクビになったんですよねー。えーと、確か、王族の誰かを殴ったんでしたっけー?」
「……ティ、ティオ、お前!」
ようやくそこで、ジラールはカッと目を見開いて、自分の肩に置かれていたティオの手をパシッと振り払い、彼を睨みつけてきた。
ティオは、「おっと!」と驚いた風を見せて後ずさったものの、更にペラペラと喋った。
「ジラールさんは、有名人なので、少し調べればいろいろな話を聞く事が出来ましたよ。」
「師団長を辞めてから、自暴自棄になってますますお酒に溺れるようになり、やがて、それに耐えられなくなった奥さんが娘さんを連れて家を出て行ってしまったらしいですね。そこからは、もう、坂道を転げ落ちるような勢いで人生が傾き、気がつけば、あちこちの戦場を傭兵として渡り歩いていたとか。しかも、行く先々でも人間関係とお酒が原因で問題を起こして、どこも長続きせず、ついにはこんな所まで来てしまったと、そういう訳なんですよね。」
「うるさい!黙れ! お、俺は、もう、酒はやめたんだ!」
「そうですね、俺もその方がいいと思います。どうかこれからは、お酒はほどほどにして下さい。」
知られたくない過去の失態をティオにバラされて、ジラールは険しい顔を真っ赤にして怒っていたが……
おそらく、ジラールがいくら隠していても、彼程有名になってしまうと、どこに行っても噂されていたに違いない。
好奇の目で見られ話のネタにされ、プライドの高いジラールがますます内にこもって偏屈になっていったのは想像にかたくなかった。
「なんだ、お前は! わざわざこんな場所に呼び出して、皆の前で俺をからかって楽しいのか?」
「まさか! とんでもない! 俺はジラールさんが素晴らしい弓の名手である事をみなさんに知って欲しかったんですよ!」
「それに、この傭兵団でやっていくのなら、いずれジラールさんの過去については噂になっていたと思いますよ。」
「こうして、思い切りみなさんの前で話してしまった方が、かえってこの先やりやすいのではないですか? みなさんも、ジラールさんがどんな人物か知る事が出来て、良かったと思いますよ。」
「ジラールさんも、今はこの傭兵団の一員なのですから、これからは、腹を割った付き合いをしていきましょうよ。」
「むむぅ。」と唸って、ジラールはしかめっ面で黙り込んだが……
「うんうん。仲良くしようよー。仲間だもんねー。」
と、サラが笑顔で口火を切り……
「こんなとこに来るヤツは、どいつもこいつもスネに傷持つ身なんだ。過去の事なんざ気にする事ねぇって、おっさん。」
ボロツも賛同し……
「そうそう。俺達だって、人に言えない事は、一つや二つじゃすまねぇもんな。」
「みんな似たようなもんだぜ。」
と、ボロツの取り巻き達が、いつものように続いた。
かつては隣国の英雄だったというジラールに、当初は自分達とは住む世界が違うという感覚を持って距離を感じていた傭兵達だったが……
ティオが彼の過去の不祥事を話してしまった事で、逆に彼の人間味に触れ、親近感が湧いた様子だった。
ジラールは、相変わらず腕組みをして、「フン!」とそっぽを向いていたものの……
口下手で無愛想な彼は、こうして同じ傭兵団のメンバーにきさくに受け入れられた経験はあまりないらしく、その痩せて深くこけた頰が、うっすらと上気していた。
ティオは、だいぶ場の雰囲気が明るくなったのを見てとって、畳み掛けるように、熱い口調でジラールに話しかけた。
「ジラールさん! この戦で、再びジラールさんの名を周囲に轟かせましょうよ!」
「……ティオ、お前は、調子のいい事をペラペラ良く喋る男だな。俺に一体どうしろと言うんだ?」
「どうするも何も、単純な事ですよ! ジラールさんの未だ衰えぬ弓の腕を、この傭兵団でも大いに発揮して欲しいんです!……ジラールさんの持ち物の中に、長年愛用していた長弓がありましたよね? 今こそ、あの弓の出番ですよ!」
「チッ! 目ざといヤツだな!」
ティオはどうやら、ジラールが、今まで使ってきた弓と矢を持っている事を知っていたらしい。
布に包んで持っていた事と、彼が親しく話をする者が居なかった事で、それが弓矢であると気づく人間は他に居なかったようだが。
□
「ジラールさんの中で、もう一度武勲をあげたいという気持ちはあったんだと思う。」
と、ティオは、のちにサラと二人きりになった時に語った。
「愛用の弓をずっと大事に持ち歩いていたしな。それに、一度手紙の代筆を頼まれた事があったんだ。」
「手紙の代筆?」
「ああ。俺が宿舎のベッドで本を読んでたら、『お前は文字が書けるのか?』って聞かれてさ。書けると答えたら、代筆を頼まれた。」
「まあ、内容の方は、プライベートな事だから詳しくは言えないけど、奧さんと娘さんに宛てたものだったよ。ジラールさんは、傭兵として稼いだ金のほとんどを二人に送ってた。どうやら、ずっとそうしてきたらしい。」
サラは、ティオの話を聞いて、ジラールの粗末な身なりを思い出し、悲しい気持ちになった。
文字の書けないジラールは、行く先々で誰かに代筆を頼んで別れた家族に金を送っていたようだった。
「俺が、『奧さんと娘さんに会いに行かないんですか?』って聞いたら、『こんな俺が会いに行ける筈がない!』ってさ。余計なお節介だって言われちまったよ。」
「で、でもー、稼いだお金のほとんどを送ってるって事は、今でも家族を大切に思ってるって事でしょー? 本当は、凄く会いたいんじゃないのかなー?」
「俺もそう思うよ。」
「だったら……」
「でも、そう簡単にはいかないんだよ。男のプライドって言うかなぁ。特にジラールさんは、一度は武将として有名になったぐらいだから、強いしがらみがあるんだろう。場末の傭兵団で細々と日陰暮らしをしている今の落ちぶれた自分の姿なんて、家族には絶対に見せたくないんだろうぜ。」
「うーん。プライド、ねぇ。私、そういうの、全然分かんないー。」
「ハハ。まあ、サラはそうだろうな。」
「まあ、とにかく、ジラールさんは、あんな風に、全てを諦め切ったような冷めた態度をとってはいるけれど……」
「本心では、もう一度武勲をあげて、周囲に認められる立派な人物になって、胸を張って家族に会いに行きたい、そう思ってるんじゃないのかな。」
ティオはそんなジラールの内心を知っていて、彼にもう一度輝ける場を与えようと思ったのか……
あるいは、傭兵団の戦力を上げるために都合が良かったため、ただ単に利用したのか……
それはサラには分からなかった。
ただ、サラは、なんとなく……
いつも辛辣な程冷静に他人を分析する事の多いティオだが、ジラールに対しては、打算以上の感情を抱いているように感じていた。
□
「しかし、ティオ、この傭兵団では、俺のような弓兵はあまり必要とされていないんじゃないのか?……自慢じゃないが、俺は剣の腕は人並みだぞ。」
「いえいえ! ジラールさんのその弓こそが、今の傭兵団に求められているものなんですよ!」
ティオにあれやこれやと持ち上げられて、少し気を良くしている風のジラールではあったが、まだ完全に警戒は解けていない様子だった。
自分の席の後ろに立っているティオを、ジロリと睨むように見上げる。
「ジラールさんのような弓の名手がこの傭兵団に来てくれた事は、俺達にとってとても幸運な事でした。まさに奇跡!」
「フン! またそうやって俺をおだてて乗せようとする。しかし、口先だけの甘言に騙される俺ではないぞ。」
「口先だけなんかじゃありませんよ! この傭兵団が、ジラールさんのような弓の達人を必要としているのは、本当ですよ!」
「弓兵は、戦には必須です。弓兵を有しない軍隊など、軍隊とは呼べないでしょう。」
「フッ。少しは分かっているようじゃないか。」
そこで、ティオは顔を上げ、机を囲んでいた全員に訴えかけるように言った。
「実は、弓を専門とする小隊を作ろうと思っています。」
「ジラールさんには、その小隊の指揮と指導をお願いしたいと思っています。」
「弓の小隊? なんだ、そりゃ?」
「この傭兵団に、そんなに弓を使えるヤツなんて居たか?」
ティオの発言に、途端にザワザワと驚きが走る。
「……弓の一個小隊を、俺に任せる、だと?……」
ジラールも、やせこけて落ちくぼんだ目をカッと見開き、ティオを凝視していた。
暗く沈んでいたジラールの目の奥に、ギラリと小さな炎が宿ったのを、サラは見た。
ティオは、そんなジラールや皆の反応見ながら、いつものように飄々とした掴み所のない笑顔を浮かべていた。
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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「ジラール」
かつては隣国で一個師団長だった事もある弓の名手。
酒が原因で問題を起こし、師団長の地位を追われてからは、流れの傭兵をしていた。
傭兵団最年長だが、長弓を操るその腕は今も健在である。




