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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第五章 参謀の戦術 <中編>傭兵団の改革
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参謀の戦術 #17


「は、反対だぁ? どういう事だ!」


「ティオ、お前は傭兵団を強くするんじゃなかったのかよ? だったら、団員一人一人が力をつけていく他ねぇだろうがよ!」


 ボロツは、思わずガンと椅子を蹴って立ち上がり、ドカッと目の前のテーブルを叩いた。

 それでも、ティオは全く怯えずひるまず、真っ直ぐにボロツの目を見て冷静に続けた。


「俺も、それが正攻法だとは思っています。」


「体力をつけ、剣の型をしっかりと学び、たくさんの訓練を積む事で経験を得る。……確かに、それが、団員個人個人の実力を底上げするには、最も有効的で正着でしょう。」


「しかし、その方法を取るには、一つ大きな問題があります。それは……時間がかかるという事。」


「体作りからはじめて、基礎を固め、とにかく修練を積む……そうして強い戦士を育てるには、現状、圧倒的に時間が足りません。はじめに言いましたよね? 俺達には、後二週間強しか時間がないと。」


 「ムム……」とボロツは唇を噛み締めて苦い顔をした。

 そこに、畳み掛けるように、ティオは言い放った。


「実は俺は、団員一人一人の実力を向上させる事は、全く考えていません。」


「やろうとしても時間が足りないのは明白なので、強化に時間をかけるのは全くのムダ。むしろ、個々人の強さはこのままでいいでしょう。」


「はあぁ? ティオ、テメェ、お前が言ったんだろうが、この傭兵団を強くするってよう! なのに、このままでいいってのはどういう了見だ? ああ?」

 スキンヘッドの頭まで真っ赤にして吠えるボロツに、ティオはピシャリと言った。


「確かに俺は、『この傭兵団を強くする』とは言いましたが、『傭兵団の団員を強くする』とは、一言も言っていませんよ。」

「お前の話はサッパリ意味が分からねぇ! 団員一人一人が強くならなくて、どうやって傭兵団が強くなるって言うんだよ?」


 ボロツの意見は、そのまま、その場に集まったサラやハンスをはじめとする皆の感想と一致していた。

 全員が大きな疑問を抱えて注目する中、ティオはスラスラと述べた。


「別に、一人一人が強くなる必要はないんです。」


「と言うか、本来はその方がいいんでしょうが、今回は時間的に余裕がないので、その点は切り捨てる他ないのが現状なんですけれども。」

 と断ってから、続けた。


「一人一人が強くなくてもいい。」


「全体として、軍隊として、強くなればいいんですよ。」



 『個人ではなく、軍隊として強くなる。』

 そんなティオの言葉を具体的にイメージ出来た者は、その場に一人も居なかった。

 ボロツのように、一人一人が強くなるより他に軍隊が強くなる方法はないと、誰もが考えていた。

 その中でただ一人、ティオだけが、全く違う視野で未来を見据えていた。


「端的に言って、この傭兵団は、軍隊としては全くダメです。」


「確かに、サラ団長、ボロツ副団長を含め、戦で活躍するであろう強い戦士は何人か居ます。でも、それでは戦には勝てない。」


「今の傭兵団は、一人一人がてんでバラバラに、好き勝手に動き回っているに過ぎません。例えるなら、右手左手、右足左足が、それぞれが別々の方向に向かっているようなもの。これでは、たとえ手足がどんなに頑強であろうと、バランスを崩してすぐに倒れてしまいます。」


「しかし、この、今はバラバラな一人一人を、一つの大きな生き物のように統一する事が出来たなら……手足、頭、目、耳、鼻、口、全てがそれぞれの役割を持って、しっかりと機能するようになったのなら……」


「この傭兵団は、格段に強くなる。」


「一人一人の個としての強さではなく……『傭兵団』という一つの大きな塊、集団としての、軍隊としての強さが……今の俺達に求められているものなんです。」


 ここまでジッと話を聞いていた中には、「ふうむ。」「なるほど、そうか!」と、気づいた様子を見せる者もわずかに居たが……

 まだ、サラやボロツをはじめとした大半の人間は、首をかしげて不審そうにティオを見つめていた。

 ティオは、更に続けた。


「そして、これも重要な事ですが……『軍隊として強くなる』事は、『一人一人の実力を底上げする』事よりも、容易に出来ます。」


「方法さえ間違えなければ、団員個人を鍛えるよりも、ずっと短時間で効率的に、この傭兵団を強く出来る。」


「作戦参謀となった俺がこれから目指すのは……そんな『一つの軍隊としての強さ』です。」



「なるほど、ティオ、お前の主張は分かった。」


 腕組みをして、終始真剣な表情で耳を傾けていたハンスが、口を開いた。

 ハンスが話し始めたので、立っていたボロツは、まだ不満そうな表情ながらも、ドッカと椅子に腰をおろす。


「しかし、この傭兵団を『軍隊として強くする』とは言っても、その方法は? 具体的な計画はあるのか? 理念だけでは、所詮机上の空論だぞ。」

「それは、これから順を追って説明します。」


 ティオは、ニッコリと笑顔を作って、流れるように、話の第二段階に入った。


「まず、この会議も、新しい試みの一つです。」


「これからは、朝と夜……朝食前と夕食後に必ず時間を設けて、このような会議を行います。傭兵団内での情報の共有と意思の統一を図るのが目的です。」


「もちろん、訓練の成果についての報告も逐次行います。全員忌憚なく意見を出し合って話し合い、改善点があれば、訓練方法を変えましょう。必要に応じて、昼食後に臨時会議を招集する事もあるかもしれません。……少なくとも朝と夜は確定で会議を開きます。」


「そして、ここに集まった皆さんには、毎回その会議に参加してもらう事になりますので、よろしくお願いします。」


 「え? こんな会議を毎日二回も?」「毎回出なきゃいけないのか?」そんな声がパラパラとあがった。

 元々は寄せ集めのならず者である団員達は、「会議」と聞いて、面倒臭そうなイメージを持ったようだった。

 しかし、ティオは、そういった雑音は無視し、議事を進行していった。


「つまり、今日ここに集まてもらった皆さんは、傭兵団の『幹部』という事になります。」


「もちろん、この幹部会議で決まった事や得た情報は、順次他の団員達にも伝える事になりますが……話し合いをするとなると、いちいち傭兵団全員を集めて意見をすり合わせるのは困難ですからね。」


「これからは、傭兵団の運営方針については、ここに居る『幹部』の皆さんと共に話し合って決めていきたいと思っています。」


「つまり、皆さんは、団員達の代表という事ですね。」


 「俺達が幹部?」「団員達の代表だって?」と、今まで権威のある地位になど全く縁のなかった、ゴロツキ上がりの傭兵達は、たかが一傭兵団の幹部とはいえ、その肩書きに動揺していた。

 とは言っても、嫌がる風ではなく、どこか嬉しそうな表情を浮かべている者が大半だったが。


「あ、ハンスさんは、正確には団員ではありませんが、この傭兵団の監察を任されているという事で、会議には加わってもらいたいと思っています。……ハンスさん、構いませんか?」

「ああ。私としても、傭兵団の動向を把握して上に報告する義務があるからな。こうして会議に呼んでもらえるのは都合がいい。」

「ハンスさんならではの、王国正規兵としての経験や立場からの意見、期待しています。」

「うむ。努力しよう。」



 ティオがハンスと話をしている一方で……

 団員達は、自分達と同じくテーブルを囲んでいるとある人物をチラチラと見ていた。


 そう、今回集められた者達は、サラ、ボロツを筆頭に、元々傭兵団の主要な顔ぶれが揃っていた。

 剣の腕が立ち、自信と存在感を持つ者達で、普段はボロツの周りを取り巻いている事が多い。

 言うなれば、いつもの馴染みの面子だった。


 しかし、そこに、見慣れない者が混じっていた。

 傭兵団の代表である幹部としては不似合いな、普段は存在感の薄い目立たない人間である。


 ティオの隣の席で、肩をすくめて小さくなっている巻き毛で丸顔の男……

 剣の腕が致命的にダメなため、普段は傭兵団の雑用係のような事をしている、チャッピーだった。


「おい、ティオ、ソイツも傭兵団の幹部だってのか?」


 皆が、傭兵団の代表が集まっている中にチャッピーが居る事について違和感を抱いていると、その気持ちを代弁するかのようにボロツが問いかけてきた。


「ああ、チェレンチーさんは、幹部とは違うのですが、俺の補佐をしてもらおうと思って呼びました。」


「そうですね、役職としては、『作戦参謀補佐』といった所でどうでしょう。会議では、『書記』として議事録というか、必要な事を書き取っていってもらうつもりです。」


「え?」

 ティオの言葉を聞いて、それまであまり話の内容についていけずポケーッとした表情を浮かべていたサラが、はじめてピクリと反応を示した。

 首を回し、隣で立っているティオに視線を上げる。


「ティオー、その、チェ、チェ……チェなんとかさんって、誰ー?」

「チェレンチーさん。……サラ、お前、団長なんだから、団員達の名前と顔ぐらい全部覚えとけよなー。」

「えー? 無理だよー、そんなのー! 何人居ると思ってるのー? 確か、三百人以上居るんでしょー? まだここに来て一週間も経ってないのに、全員覚えるとか、絶対無理ー!」

「なるべく覚えとけってー。少なくとも、ここに居る人間は全員ちゃんと覚えとけよー。」

「うーん、頑張るー。……で、チェなんとかさんって、どの人ー?」

「チェレンチーさんだってば。俺の隣に座ってるだろう?」


 サラが、椅子に座ったままヒョイと上半身を伸ばして、ティオの隣の席を覗き込むと……

 「あ、ど、どうも。」と、チャッピーがいつものように気の弱そうな笑顔でペコペコ頭をさげた。

 サラは思わず「ん?」と眉をしかめる。


「チャッピー?……あれ? チャッピーじゃないのー?」

「それ、みんなが呼んでるあだ名だろう? 本名はチェレンチーだぞ。」

「嘘! 知らなかった! みんなが、チャッピー、チャッピー、言ってるから、本名だと思ってたー! ヤダー、ごめーん、チャッピー!……じゃなくって、えっと、チェ、チェ、チェリー?」

「チェレンチーだっての。失礼だろう。」

「あ! い、いいんです、いいんです! 僕の名前、ちょっと呼びにくいみたいなので、そのままチャッピーで。」


 ティオがサラをたしなめるのを見て、慌ててチャッピーことチェレンチーは、ニコニコ笑いながら顔の前で手を振った。


 驚く事に、このやり取りを見ていた、ボロツをはじめそこに集まった一同も、こぞって、「ええ?」とサラと同じ反応をしていた。

 どうやら、皆、チャッピーが本名だと思っていたらしい。



 後からチェレンチー本人に聞いた話だが、傭兵団に入った際、本名を名乗ったものの、団員達が彼の名前を聞き間違えて、「チャッピー」という呼び名がついてしまったらしかった。

 その後も、チェレンチーが生来の気の弱さから訂正出来ずにいたため、そのまま定着してしまったようだ。

「き、きき、気にしないで下さい。ぼ、僕は気にしていない、ので。」

 と、チェレンチー本人が笑顔で言っていたのもあって、この一件以降も彼の呼び名は「チャッピー」のままだった。

 ティオだけは、「俺よりずっと年上の人なんだし、あだ名で呼ぶなんて失礼だろう?」と言って、いつもきちんと「チェレンチーさん」と呼んでいたが。



「チェレンチーさんは、文字を読めるし書けるし、計算も得意なんだ。だから、俺の仕事の補佐をお願いしたんだよ。……と言うか、この傭兵団に、読み書きソロバンが出来る人間、他に居ないんだよなー。」

「ええ!? チャッピー、文字が読めたり書けたりするのー? 凄ーい!」


 ティオの話に、サラをはじめとした傭兵団の団員達だけでなく、ハンスまで驚いて目を見開いていた。

 ゴロツキ崩れの団員達は言わずもがなだが、王国正規兵のハンスもまた、仕事が肉体労働であるので、読み書きは簡単なものしか出来なかった。


 ティオは、そんなみんなの様子を見て、フウッと密かにため息をついた後……

 隣に座っているチェレンチーに「少しチェレンチーさんの事を話してもいいですか?」と聞いていた。

 チェレンチーの許可を得ると、ティオは皆に語った。


「チェレンチーさんは、とても優秀な人なんですよ。こんな寄せ集めの傭兵団に居るのが不思議なぐらいに。」


「元は、王都でも有名な商家の人間で、子供の頃から商人として必要な教育をしっかりと受けてきています。剣をはじめとした武術の方は護身術程度ではありますが、長年の教育に裏打ちされた教養と、生まれ持った商才は、実に素晴らしい。」


「今現在は、いろいろと事情があって、育った商家とは縁を切り、傭兵団の一員となっていますが、こんな所で雑用をして眠らせておくにはもったいない実力の持ち主です。」


「チェレンチーさん、ぜひ、他の団員達には出来ない方面から、この傭兵団を支えていって下さいね。」


 そんなティオの言葉に、チェレンチーは恥ずかしそうに真っ赤な顔になって、「せ、精一杯頑張るよ。」と答えていた。


読んで下さってありがとうございます。

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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「チェレンチー」

傭兵団の団員達には「チャッピー」という愛称で呼ばれている。

元は大きな商家の出であるため、事務処理能力が高い。

傭兵団には貴重な知性派だが、見た目は丸顔巻き毛の童顔。(27歳)

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