参謀の戦術 #16
「俺の事を知らない人は……たぶん、居ないですよね?」
ティオは、テーブルの周りに座っている傭兵団の主要メンバーをぐるりと見回した後、スッと椅子を引いて立ち上がった。
「一応自己紹介しておきます。ティオです。」
「そして、今日から俺が、この傭兵団の『作戦参謀』となりました。皆さん、改めてよろしくお願いします。」
ティオは胸に左手を当てて、皆に向かってゆっくり深々と一礼した。
当然、「なんだ?」「作戦参謀?」と、団員達の間に疑問のざわめきが走ったが、ティオはすぐに、隣に座っていたサラに目配せした。
「そうだよな、サラ? 俺が作戦参謀になる事は、団長であるサラが認めた事だよな?」
「あ、うん、そうだよ。」
頬杖をついてボーッとしていたサラは、ハッと我に返り、自分を見つめてくる団員達に笑いかけた。
「という訳でー、今日からティオが頑張ってくれるって言うから、みんなヨロシクねー!」
サラの軽いノリに反して、団員達には先程よりも重い衝撃が走っていた。
ただの一団員であり、ほぼ戦力外であるティオの発言は、興味を引く内容ではあったが、現時点での影響力は薄かった。
しかし、サラは、仮にもこの傭兵団の団長であり、最強の戦士である。
その言葉には、逆らえない強制力が存在してた。
この場に集められた団員達は、しばらく神妙な顔つきでヒソヒソとそばの者と話し合っていた。
まあ、いきなり早朝に叩き起こされて集められ、「ティオがこれから傭兵団の作戦参謀になった。」などという話をされても、全く経緯も状況も見えず混乱するのは当たり前だ。
サラは、昨晩ティオと十分に腹を割って話し合っていたが、他の者達はそんな事情は知らない。
サラとティオには、元々かなりくだけた会話もする親しい雰囲気があり、それを知っている者は多かったものの……
さすがに、団長特権とも言うべきサラの一存でティオを妙な役職につけた事に対しては、納得のいかない人間も多いようだった。
中には、サラとティオの関係を勘ぐって、サラが自分の権力を行使して「特別気に入った男」に地位を与えたように感じた者も居ただろう。
苦虫を噛み潰したような表情でサラとティオの顔を交互に見つめているボロツは、その最たる人物だった。
しかし、そんなひりつく向かい風の中でも、ティオは全く動じる事なく、むしろ泰然とした態度で笑いかけた。
「作戦参謀というのが一体どんなものかと思っている方も多いと思います。まあ、簡単に言うと……」
「『この傭兵団を強くして、戦で勝利させる。』……それが、作戦参謀であるこの俺の仕事です。」
「という訳で、今日からいろいろな変革をしていく事になりますが、みなさん、ご協力の程、よろしくお願いします。」
「まずは、この会議が俺の作戦参謀としての初めての仕事になりますね。では、改めて会議を始めましょうか。」
「待った!」
スラスラと言葉を発して議事を進行していこうとするティオにストップをかけたのは……やはりボロツだった。
他の者も、いきなりのティオの言動に戸惑ってはいたが、なにしろサラの後ろ盾があるので、異議を申し立てられずにいた。
そんな中、面と向かってティオに、そしてサラに、不満をぶつけられるのは……
副団長であり、サラに次ぐ強さを持った戦士でもあり、実質的に今までこの傭兵団を率いてきたボロツだけだった。
□
「ちょっといいか?」
「なんですか、ボロツ副団長?」
「いや、ティオ、お前には聞いてねぇんだよ。」
ボロツは、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
ひょいと顔を近づけてくるティオを、シッシッと手振りも加えて追い払い……
二人の間で、柔らかなほっぺたをむにゅっと崩して頬杖をついているサラに向き直った。
「なあ、サラ! 本当にコイツを、その作戦参謀とかいう役職につけるのか? コイツに勝手にいろいろやらしちまっていいのかよ?」
「あー、うん。その事については、昨日の夜突然決まったから驚かせちゃったかもだけどー、ちゃんとティオには話を聞いたし、大丈夫だよー。」
「ティオの野郎、コイツ、俺達傭兵団を強くするだの、戦で勝たせるだの、大きな事ばっかり言ってやがるが、コイツに本当にそんな事が出来るのか? サラは、本気で、コイツがうちの傭兵団を勝たせられるって思ってんのかよ?」
「うん、思ってるよ。」
「……グッ!」
サラは、相変わらず、少し眠そうな顔で机に頬杖をついたままボロツを見上げていたが……
なんの迷いもなくあっさりと答えた。
ボロツは、思わず一瞬言葉を詰まらせたものの、必死に食い下がってきた。
「……い、いや、しかしだなぁ、サラ! コイツ、ティオは、どこか腹に一物あるっていうか、いつもヘラヘラしててなんか信用ならない所があるだろう? そんなヤツに、大事な傭兵団にあれこれ勝手に口出しされたら、困るんだよ!……サラはちゃんと、コイツが作戦参謀とやらになって何をするつもりなのか、知ってるのか?」
「え? そんなの、私が知ってる訳ないでしょー。大体私も詳しい事はまだなーんにも聞いてないしー。」
「んなっ!?」
「でも……」
「ティオがやるって言ってるんだから、何か考えがあるんでしょー。」
サラは、ふっとついていた頬杖をやめると、体を起こし、椅子の背もたれに背中を預ける格好で腕組みをした。
「私は、剣の腕なら誰にも負けない自信があるよ。でもー、残念ながら、頭の方はあんまり良くないんだよねー。」
「だから、ティオの計画とか聞いても、たぶん私には全部は分かんないと思う。これから説明してくれるって言ってたから、みんなと一緒に聞くつもりー。それでも、私には理解出来ない所もいっぱいあるかもだけどねー。」
「でも、でもね、昨日の夜、ティオは、私にハッキリ言ったの。『この戦で傭兵団を勝たせてみせる』って。」
「まあ、実際戦ってみないとどうなるかは分からないよね。戦いって、そういうものだし。……だけど、ティオは、『この傭兵団を勝たせるために、自分の出来る事は全部する。』って、そう誓ってくれたんだ。」
「私もね、正直、ティオの性格にイラっとする事はしょっちゅうあるよ。コイツ、嘘つきだしー、隠し事は多いしー、何考えてるか良く分かんないしー。でも、それでも……」
「『この傭兵団を勝たせて、内戦を早く終わらせたい。』そう言ったティオの言葉を、私は信じてる。」
「その言葉に嘘はなかったもの。……私って、頭は良くないけどー、その人が本心から言っているのか、嘘をついているのかは、なんとなく分かるんだよねー。」
サラは、すっかり言葉を失って聞き入っているボロツに、真っ直ぐに向き直って、その大きな水色の瞳を向けた。
「それから……こんな事言ったら、みんなに悪いけどー、私、実は今のままの傭兵団で、この先の戦に勝てる気があんまりしなかったんだよねー。なんて言うか、勘、みたいな。本当は、ずっと、このままじゃマズイなぁって思ってたんだー。」
「その点に関しては、ティオと意見が一致してるのー。でもー、私には、これ以上何をどうしたら、この傭兵団を強く出来るのか、良く分かんない。だけど、ティオには何か策があるみたいなんだー。」
「まあ、ティオは、性格はねじくれてて正直食えないヤツだけどー、頭だけは、私よりずっといいみたいだからさー。」
「だから、ティオに何か考えがあるなら、任せてみようって決めたの。」
サラは、一度視線を前に戻し、そこに集った一人一人の顔を目に焼きつけるようにジッと見つめながら言った。
「私は、この傭兵団を絶対に勝たせたい。」
「この傭兵団は、みんなは、私にとって、大切な仲間だから。戦で大負けして、たくさんの人間が傷ついたり倒れたりするのを、私は見たくない。……私は、みんなを守りたい。」
「そのためには……私はもちろん頑張るよ! 全力で一生懸命戦うつもりだよ!……でも、それだけじゃ足りないものがあるとしたら、私の力だけじゃどうにもならない部分があるとしたら、そこは、何か対策しないとダメでしょうー?」
「だから、ムカつくティオの意見でも、この傭兵団のためになるのなら、試してみようと思ったの。」
サラは、そこでもう一度、隣で立っているボロツに視線を向けた。
「……ボロツも、本当は気づいてるんでしょう? このままじゃ、うちの傭兵団は戦で勝てないって。」
「……そ、そんな事は……」
「だからね、出来る事はなんでもしようよ! 絶対絶対絶対勝とうよ! ね!」
「……サ、サラが、そう言うなら。……」
ボロツは、隠していた内心を言い当てられたらしく、薄い眉の眉尻を下げ困り顔をした後……
心を決めた様子で、コクリとうなずいた。
サラは再び前に向き直り、集まった団員達を真っ直ぐに見遣った。
「と言う訳で、私はティオに、これからの傭兵団の作戦を任せる事にしたからー。みんな、ティオの話を良く聞いて協力してほしいんだー。」
「何か、不満や意見のある人は居るー? 居たら、今、素直に言ってねー。」
愛くるしく可憐な少女の姿でありながら、微塵の迷いもない、誰よりも強い意思を感じさせるサラの態度を見て……
未だ内心不安を覚える者も、もはや何も言えなくなっていた。
恐怖を感じさせる未知の場所であっても、この人物にならついて行こう、そう思わせるカリスマ性が、サラにはあった。
サラは、一同が押し黙ったままなのを、了解の意味と受け取って、ニコッと明るく笑った。
「じゃあ、私からは以上ー。……後は、ティオ、ヨロシクねー。」
「了解、サラ団長。」
ボロツは、まだ口をへの字に結んでいたが、ドッカと椅子に腰をおろすと、ティオの方に視線を移し、話に耳を傾ける姿勢を見せていた。
ティオは、少しサラに顔を寄せて、「……ありがとう、サラ。……」と早口に囁いた後、再び姿勢を正して、皆に向き直った。
「では、会議を再開しましょう。」
腕組みをして座っているサラは、そんなティオを見上げながら、心の中で(なんでお礼言われたのかなー?)などと思っていた。
□
「まず、はじめに頭に入れておいて欲しいのは、俺達に残された時間は少ないという事です。」
「俺の予想だと、二週間強といった所でしょうか。戦況が悪ければ、もっと早く、この傭兵団は内戦の最前線に投入されるでしょう。」
「問題は、その残り約二週間の間に、どうやってこの傭兵団を戦で勝てるレベルまで強くするかという事です。」
ティオの発言に、ザワッと、卓を囲んでいる団員達に動揺が走った。
傭兵団である限り、いつかは戦場に出る事は皆分かっていた筈だったが、改めて、後何日と断言されると、死線に立つイメージがより鮮明なものとなったのだろう。
と、ここで、ギイッと会議室のドアが開いて、ハンスが姿を見せた。
「ハンスさん、ちょうどいい所に。まだ作戦会議は始まったばかりです。これから本題に入る所でした。」
「ティオか。いきなり早急に来てほしいとの連絡を受けて飛んできたんだが、作戦会議? 初めての事だな。」
「ハンスさんの席はここです。どうぞ座って下さい。」
「うむ。」
ハンスは、長いテーブルの周りに傭兵団の重要人物がズラリと集まった様子に少し驚きを見せた後、言われるままボロツの隣の席に向かった。
「いつもならもう少し遅く来るのだが、今朝は呼び出しが掛かったのだ。王宮の宝物庫に泥棒が入ったので、犯人の捜索に加わるようにと言われてな。まあ、その件はもう解決したようで、私の用はなくなったらしいがな。」
「そうですか。何はともあれハンスさんの登城が早くて助かりました。」
サラは思わずチラとティオを見たが、昨晩の宝物庫荒らしの話題が出ても、なんの動揺もなく物腰柔らかに笑っていた。
(……やっぱり、ティオ、コイツ、相当神経ぶっといなぁ。……)
サラが密かに呆れつつも感心している内にも、会議は進んでいった。
「さて、話を戻して……戦場に出るまで約二週間しか時間がないという今の状況で、どうやってこの傭兵団を強くしていくかという問題ですが、皆さんはどう思いますか? どうやったら、効果的に強くなれると思いますか?」
「ボロツ副団長、どう思いますか?」
「お、俺か?……そうだなぁ、うーん……」
ティオにスッと手の平で指し示され意見を求められたボロツは、しばらく眉間に深いシワを刻んで考え込んでいたが……
「そりゃあ、やっぱり、一人一人が強くなる事だろう。体力をつけて、腕力をつけて、剣の腕を磨く。強くなるには、これ以外に方法はねぇんじゃねえのか?」
そんなボロツの意見に、彼の取り巻きである団員達は、いつも通り皆一様にウンウンと納得したようにうなずき……
サラとハンスも、コクリとうなずいて、同意見という意思表示を見せた。
ティオは、そんな皆の反応を見渡した後、少し芝居がかかった身振り手振りと共に言った。
「なるほどなるほど。では、ボロツ副団長は、今まで通りの訓練を続けるのが良いという意見ですね?」
「つまり、体力作りから始まって、剣の素振り、そして、サラ団長、ボロツ副団長、ハンスさんをメインにした個別指導。最後に、実戦形式での勝ち抜き戦をする。」
「あ、いや、そのままじゃダメだろうな。だってよう、今のままじゃ戦に勝てねぇんだろう? だったら……」
「だったら?」
「『もっと訓練の量を増やす!』これだな!……今まで腹筋50回だったところを100回に! 素振り100回を200回に! 今までの倍走りこんで、実戦形式の試合も、本番の戦を想定してもっと厳しくやる! 毎日全員ぶっ倒れるまで、全力投球だぜ!……これでどうだ!」
「なるほど。訓練の方向性はそのままに、もっと量を増やし、指導を厳しくし、更なる強化を目指す。と言う訳ですね。」
「そうだ! 今より強くなるためには、他に方法はねぇだろう?」
「ふむ。」とティオはあごに手を当てて少し考えるようなふうだったが……
その大袈裟な身振りから、おそらくティオはボロツの返答を想定済みだったに違いないとサラは思った。
ティオは、少し間を置いてから、改めて背筋を正し、一同を見遣った。
そして、はっきりとした口調で、全く恐れる事なく堂々と語った。
「俺はその考えには反対です。」
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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「ナザール王国傭兵団」
長引く内戦により王国正規兵の数が減ってしまった事から急遽集められた。
手っ取り早く人員増強したいがため、身分や経歴を問わないという条件だった。
おかげで、犯罪歴を持つような無法者の寄せ集めになってしまっている。




