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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第五章 参謀の戦術 <中編>傭兵団の改革
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参謀の戦術 #15


「……サラ……サラ、そろそろ起きてくれよ。」

「……んー……んん、ティオー?」


 サラはせかすような口調のティオに呼ばれて、むっくりと上半身を起こした。


 昨晩は、王宮の宝物庫に泥棒が入った騒ぎの後、怒涛の展開があり、いつもより睡眠時間が短くなってしまっていたが、さすがサラの強固な肉体は、その程度の事では全く疲労を感じていなかった。

 ただ、それとは別に睡眠欲はある。

 サラは、まだ布団にくるまって眠っていたい気持ちをかかえたまま、首を回して、既に戸板を開いた窓から差し込んでくる朝の光をぼんやりと見やった。


「……なんか、起きるの早くないー?」


 光の角度や加減から敏感に時刻の早さに気づいたサラだったが……

 ジワジワと意識がはっきりしてくると共に、もっと大変な事に気づいた。


「えっ!?……わ、私、なんで床で寝てるのー!? これ、ティオの布団じゃないー?」

「うーん……その事については、長くなりそうだから、また後で話すよ。」


 サラは、いつの間にか、自分のベッドではなく、床に敷かれたティオの毛布の真ん中にどっかり入って眠っていた事を知って、目を白黒させた。

 後になって、眠っている無意識の内にティオの毛布に潜り込んだ、という戦慄の事実を知る事になるサラだったが、この時急いでいたティオは、ボサボサの黒髪を掻きながら言葉を濁して誤魔化した。


 ティオは、サラがシュバッと飛び退くように出ると、手際良く毛布を畳んで部屋の隅に片づけた。


「じゃあ、サラ、十五分以内に会議室に来てくれ。」


「傭兵団の主要メンバーに、お前の名前で緊急招集をかけてある。みんなが集まった所で、団長であるお前の口から、俺が今日から傭兵団の『作戦参謀』に就任したって話をしてくれ。」


「その後は……これからの傭兵団の運営方針についての細かい事項は、俺の方から話すから、サラはただ聞いていてくれればいい。」


「じゃあ、俺は先に行ってる。」


 そう手短に用件を伝えると、さっそくマントを翻して部屋を出ていこうとするティオを、サラは慌てて呼び止めていた。

 改めてティオの姿を見たサラだったが、彼は既に、いつものように上着やマントやバッグを身につけ、しっかり身支度が整った状態だった。

「ちょ、ちょっとちょっと、待ってよー、ティオー! な、何がなんだか全然分かんないんだけどー!」


「これからは俺が作戦参謀になって、この傭兵団を強くしていくって話、昨日しただろ? 今日からバリバリ頑張っていくから、期待してくれよな!」

「あ、う、うん。確かにそんな話したね。……って言うか、ティオー!」


「アンタ、いつの間に起きてたのよー! 私が眠ってる間に、また悪い事してたんじゃないでしょうねー?」

「内戦が終わるまでは、大人しくしてるって約束しただろ。何もしてねぇよ。」

「内戦が終わっても大人しくしてなさいってばー!……ほ、本当に、なんにも悪い事してないのよねー?」


 堂々とした態度で腰に手を当てて立っているティオを、サラは疑わしそうに見つめた後、視線を自分のベッドの下に移し……

 ハッと息を飲み込んだ。


「ああっ! 私のバッグがないー! 昨日、アンタが盗んできたお宝をまとめて入れておいたヤツー!……ティオ、アンタ、やっぱりー……」

「それだったら、約束通りちゃんと全部返しておいたぜ。まあ、面倒だったから、外した宝石ははめ直さなかったけどな。」

「え?……ええ!? か、返し……返したの!? い、いつー?」

「まだ日の昇らない内に。明るくなって人目につきやすくなると大変だし。……ああ、王宮の宝物庫まで持ってくのは手間だったんで、城門の前に置いてきたけど、別にそれで良かったよな? あれなら、すぐに誰かが見つけるだろうと思ってさ。」

「……え、えー?……」

「サラのバッグは、持ち帰ってきてるから安心してくれよな。」


 まだ事態が理解出来ずポカンと大きな口を開けているサラに、ティオはグイッと親指を反らして、背後の壁のフックに掛かっているサラのバッグを示した。



 それから数時間と経たず、サラの元に「昨晩王宮の宝物庫から盗まれた財宝が城門の前で発見された!」との知らせが届く事になる。

 どうやら、財宝は全て戻ってきたが、その何割かは「なぜか宝石だけ取り外された状態」だったという話だ。

 とはいえ、その抜き取られた宝石もその場に皆あったので、結果として「盗まれずに済んだ」という事になるのだが、他にも謎な点があった。

 それは、戻された財宝の中に、宝物庫にはなかった筈の見慣れない宝飾品が混ざっていた事だった。

 ティオは、サラに持ち物を没収された際、王宮から盗んだ物以外のお宝も持っており、持ち主に返すあてのないそれらも、一緒に城門前に置いてきたらしかった。

 例の、王都の下町で絡んできたチンピラから盗んだドクロの指輪もその一つだった。

 普段は、手に入れたらすぐに宝石だけ抜き取って他の金属部分は売ってしまうティオなのだが、簡単に外せないものはしばらく手元に置いておく事になり、それらもまとめてサラに取り上げられてしまった結果だった。


 「盗まれた財宝がそっくりそのまま戻ってきた」という奇妙でセンセーショナルな話題は、城で暮らす様々な人間の間でしばらく噂される事になった。

 宝石が外された財宝があった事から、「ひょっとしてこれは『宝石怪盗ジェム』の仕業では?」と考える者もあった。

 厳重に警備されている王宮の宝物庫から、いともやすやすと国宝をはじめとした財宝を盗み出していった手口の鮮やかさも、ジェムを連想させる元だったようだ。

 しかし、「なぜ一度は盗み出したものを、翌朝全部返したのか?」という点については、明確な答えを出せる者は居なかった。

 本当の事情を知っているのは、宝物庫からお宝を盗み出した張本人であり、噂の「宝石怪盗ジェム」でもあるティオと、そんな彼の正体を知っている唯一の人間であるサラの、二人だけだった。


 しばらく、様々な憶測が飛び交い、人々の興味を引いていた事件だったが……

 その後、謎の泥棒がまた王宮に現れる事はなく、また、兵士達が犯人を探して調べまわったものの、なんの手がかりも得られなかった。

 この一件に関して、新しい情報が人々にもたらされなかった事から、やがて、皆自然とこの出来事を忘れていった。



「じゃあ、サラ、俺は先に行ってるから、お前も身支度を整えたら、ちゃんと会議室に来いよ。」

「……う、うん。」


 サラは、コクッとうなずいたものの、すぐにまたワタワタとティオを引き止めた。


「あー! やっぱり待って待ってー、ティオー!」

「なんだよ?」

「えっとー……会議室って、どこー? そんな場所、この建物にあったっけー?」

「……」


 ティオは小さくため息をついたが、気を取り直した様子で答えた。


「この宿舎には『作戦会議』のための部屋がちゃんとあるんだよ。」


「まあ、ずいぶん使われてなかったみたいで中は荒れてたんだが、ザッと片づけて使えるようにしといた。これからはちょくちょく利用する事になると思う。」


「場所は、ドアを出て、ここの廊下を左手に向かって進み、突き当りを右に折れて、それから15m程行った所にある左側の扉だから……」

「ゴメン、ティオ! 全然分かんない!」

 サラは、ギュッと目をつぶって正直に告白した。

「……私、一人で行ける気がしないよー!」


 ティオは、珍しくダラダラ冷や汗をかいているサラを、少し目を見開いて見つめた後、「ああ。」と、納得した様子だった。


「そこまで酷いのか、サラの方向音痴。同じ建物の中だし、すぐそこだから、さすがに大丈夫だろうと思ってたんだけど。……まあ、お前、訓練場から宿舎に帰ろうとして、傭兵団は立ち入り禁止の王宮の方に何度も行ってたしなぁ。」

「なんでそんな事知ってるのよー!……そ、そんなに酷くないもん! ほんのちょびっと、道を覚えるのが苦手なだけだもん!」

「分かった分かった。じゃあ、一緒に行こうぜ。俺は部屋の外で待ってるから、早く着替えてくれよな。」


 ティオはそう言って、足早に部屋を出ると、パタンとドアを閉めた。

 そんなティオの気遣いは正直ありがたかったが、自分の方向音痴を改めて思い知らされた恥ずかしさから、サラはプウッと膨らんだ真っ赤な顔になって、バタバタと着ていた寝間着を脱ぎだした。



「あ! サラ団長!」

「おはようございます、サラ団長!」

 ティオがギイッとドアを開くと、中に居た団員達がサラに気づいて、次々と声を掛けてきた。


 部屋の中央には大きめの長テーブルが置かれており、その周りに並べられた椅子に、ズラリといつもの面々が揃っている。

 部屋は、宿舎の一般的な部屋二つ分程の大きさがあったが、さすがに十人以上の人間が卓を囲むと少し狭く感じられた。

 隅の方には、慌てて片づけたらしい四角い木箱のようなものがいくつも重ねられていた。


 ちょうど、サラとティオが姿を現した時、城の尖塔の鐘が鳴り出し、開かれた窓から差し込む朝の白い光と共に、部屋の中に音が流れてきた。


「おはよう、サラ。今日も一段と可愛いな!」

 集まった団員達の中には、当然ボロツの姿もあり、サラの登場にパアッと顔を輝かせるも、彼女がティオと二人でやってきた事に気づくと、不満そうな表情でティオをギロリと睨んだ。

 ティオの方は、視界に入ってはいるが、全く気にかけていない様子で、サラを部屋に先に入れると、自分も後に続き、パタリとドアを閉じていた。


「みんな、おはようー! 今日も元気に頑張ろうねー!」

「おお、任せとけ!……まあ、それはいいんだが、サラ、こんな朝っぱらから、俺達をこんな所に呼び出して、何の用なんだ?」


 サラは、ティオの示した、部屋の一番奥側の椅子に座り、ティオはその隣の椅子に腰をおろした。

 サラの逆側の隣の席には、ボロツが座っており、その隣の席は、まだ空席となっていた。


「えっとー、それはー……」

「時間通りですね。みなさん、集まっていただきありがとうございます。もう全員揃っていますね。……ああ、そこの空いている席は、ハンスさんの席です。まだ城に来ていないらしいので、こちらに着き次第会議に加わってもらう予定です。……では、とりあえず、ハンスさんは抜きで始めましょうか。」


 一体何が起こるのかと一様に不審そうな顔をしている団員達の前で、全く緊張する様子も見せず、スラスラと話しだしたティオだったが……


「ティオー、私、お腹空いたよー。朝ごはん食べてからの方が良くないー?」

「サラ、物事には段取りってものがあるから、今はちょっと我慢してくれって。」

「あ! 私、顔洗ってないー! ちょっと洗ってきていいー?」

「サラ、それも後で! 後で!」

「あー! なんか、そこの箱に見覚えがあるー! 思い出したー! ここって、物置みたいになってたとこでしょー? 前に一度、自分の部屋と間違えて入っちゃったんだよねー。」

「いや、どうやったら自分の部屋と間違えるんだよ? 一度見た箱の事は覚えてて、なんでこんな簡単な道順が覚えられないんだ?……って、そんな話も今は後でー!」


 あどけなさの残る見た目だけでなく、頭の中身も子供のようなサラの無邪気な反応に手を焼きつつも、ティオは、「あー、コホン。」と空咳をして仕切り直した。


「では、これから、ナザール王国傭兵団、第一回作戦会議を始めたいと思います。皆さん、よろしくお願いします。」


読んで下さってありがとうございます。

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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「ティオの好きなもの」

一番が宝石、二番が本、三番が遺跡である。

ただし、宝石好きの度合いは、他の好きなものと比べても群を抜いている。

宝石以外では、古代文明に関する事に興味があるらしい。

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