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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第五章 参謀の戦術 <中編>傭兵団の改革
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参謀の戦術 #14


「まずはー……これ!」


 そう言って、サラが手に取り上げたのは、ティオがいつも肩から斜めに掛けている一番大きなバッグだった。

 丈夫な布で出来ており、枕が入るぐらいの容量があった。

 持ってみると、ズシリと思いの外重く、驚きでサラは目を丸くした。


「何これ、重ーい!……中身はーっと……えっと、汚れた本?」

「古文書だよ! 貴重なもんだから、マジで大事に扱ってくれよなー。」

「へえー。ティオ、文字読めるんだー。……私、まだちょこっとしか覚えてなくってー。『危険』『禁止』『注意』とか、それぐらいー。ほら、良く、森の入り口の看板とかに書いてあるヤツー。でも、あれ、意味ないよねー。あんな看板あったって、絶対道に迷うしー、沼にははまるしー、熊や狼にも会うもんねー。別に全然平気だからいいけどー。」

「せっかくの注意書きが、サラの酷い方向音痴の前では台無しだな。」


 サラは、自分のベッドの上で、ティオのバッグから引っ張り出した古めかしい本を、適当に開きペラリとページをめくってみたが……

 すぐに、砂糖と塩を間違えた料理を口にしたかのような顔つきになっていた。


「え、これ、なんなのー? 文字、じゃないよねー? 私、こんな文字見た事ないー。」


 その所々破れたり、インクの薄くなっている古びた紙に並ぶ、奇妙かつ複雑な形の線を見て、サラはコテンと首をかしげる。

 頭の後ろに腕を組み、壁に背をあずける格好でくつろいでいるティオが、淡々と答えた。


「古代文字だからな。現代ではあんまり見る機会はないだろうぜ。……サラが知ってる文字ってのは、中央大陸一の強国、アベラルド皇国が制定した文字だろ? この中央大陸では、一番多く一般的に使われてるヤツだな。実質、この中央大陸の公用語みたいなもんだ。」

「古代文字? え、じゃあ、この本は、古代文明の本なのー?」

「だったら良かったんだけどなぁ。古代文明の本なんて、そうそう残ってないし、あっても高価過ぎて手が出せない事が多いんだよ。それは、写本だ。古代文明の本を現代になってから書き写したもの、だな。と言っても、軽く二百年以上前のものだから、相当貴重なものなんだぜ。こういうのは、いろんな街でマメに骨董品屋をのぞいてると、たまに掘り出し物があるんだよ。」

「へー。古代文明の本かぁー。」


 サラは読めないながらも、何枚かページをめくって、遠い時代に想いを馳せた。

 きっと、現代にはない何か素敵なロマンが詰まっているのだろうと想像する。


「ねえねえ、この本には、いったい何が書いてあるのー?」

「さあ、なんだろうな。そこに書いてある文字は、俺も読めないから、内容は知らないな。」

「え?……ティオも、読めないのー? アンタ、なんで読めもしない本なんか持ってるのよー?」

「読める本持ってたって意味ないだろー? 読めないから、読めるようになるまで持ち歩いて、暇な時に見てるんだよ。そもそも、古代語ってのは、種類が豊富でおよそ数万種類はあったと言われてるんだから、現代では解読されてない、つまり読めないものの方が圧倒的に多いんだよ。」

「うえぇー。数万種類? なんでそんないっぱいあるのよー?……って言うかー、そんなまるで読めもしないもの、いくら眺めたって、読めるようになる訳ないでしょー? 普通、誰かに読み方を教わるんじゃないのー? 私は、何度も何度も通りがかった人に教わって、ようやく覚えたよー。そこに『この先、危険!』って書いてあるから、森に入っちゃダメって言われてー。」

「なるほど、サラはそうやって覚えたのか。それでも森に入り込むんだから、たちが悪いな。」


 ティオは、腕を組んで、ごく当たり前の事を語るように言った。

 彼の中では、明日の天気について話すような、世間話程度の重要度しかないらしかった。


「読めない文字でも、しばらく見てれば読めるようになるんだよ。」


「短ければ一日。長くて一ヶ月、毎日見続けてると、ある時不意に、頭の中でずっとモヤモヤしてた良く見えない棉のようなものが、スルスルッと一本の糸になるみたいな感じでさ、それまで全く読めなかった文字が突然読めるようになるんだよ。」


「へー。そういうもんなんだー。」

 サラは、フーンと思っただけだった。

 ほとんど文字の読めないサラは、文字を読んだり覚えたりする事についてのイメージがとぼしく……

 その時ティオの語った「見ていればその内自然と読めるようになる。」という状態の異常さに全く気づかなかった。


 サラは試しに、ムムッと眉間にシワを寄せて真剣な眼差しで古い本のページをしばらく眺めてみたが……

 読めるようになる気が全くしないどころか、読めもしない本を見る事になんの面白さも感じされず、すぐに飽きて、パタリと本を閉じた。



 その古代文明の本の写本をティオの肩掛けのバッグに戻すついでに、もう一冊入っていた本を引っ張り出してみる。

 先程の本と同じく、背表紙や本の角が擦り切れて、全体に色がくすみ、書かれている文字もかなり薄れていた。

 中を開くと、先程とは全く別種ではあるが、またもや複雑でゴチャゴチャした怪しげな文字がビッシリと連なっていた。


「こっちの本は、何が書いてあるのー? これもひょっとして古代文明の本ー?」

「写本な。それも、同じような感じで、とある骨董品屋の片隅で見つけたんだよ。ボロボロの古い本だと欲しがる人もあまり居ないらしくってさー、タダ同然の値段で買えたぜ。いやぁ、いい買い物したなぁ!」

「いくら安かったからって、こんな読めもしない本ばっかり買っても意味ないでしょー。」

「いや、その本はもう読めた。読み終わった。」

「え? 読めたの? ホントー?」


 それまでベッドにうつ伏せなってダラダラ見ていたサラは、急に興味が高まり、ピョンと起き上がった。

「な、何が書いてあったのー? 古代文明の時代に書かれた本なんだよねー?」

 興奮するサラとは対照的に、ティオは再び淡々と答えた。


「ニシンについて書かれてた。」

「ニ、ニシンー? ニシンって何ー?」

「魚の種類だな。現代の世界でも、北の方の海で良く獲れる魚だよ。」

「え……さ、魚ー?」

「うん。……ニシンの種類とか、生態とか、分布とか。それから、ニシンと人類の関わりの歴史とか。ああ、後、ニシンを使った料理なんかが詳しく書かれてたなぁ。土地土地によって、いろんな種類の料理があって、その料理法とか、味の良し悪しについて書いてあったよ。特に興味深かったのは、ニシンの卵についての説明で、ニシンは身とは別に卵単体でも食べる文化があるらしいんだが、これがなかなか奥深くってさー。」

「……」


 サラは、ティオの話を聞いている内に、スンッと真顔になり、パタリと本を閉じた。


「それ、何が面白いのー?」

「え? 面白くないかなー?」

「ゼンッゼン面白くないー! 何よー、ニシンってー! そんな見た事も食べた事もない魚について、メチャクチャ詳しくなったって、この先なーんにも役に立たないと思うんだけどー?」

「いや、ひょっとしたら、いつかは役に立つかもしれないだろー? そもそも、古代文字を一種類読み解けるようになったって事は、学術的に大いに可能性が広がったって事でもあってー……」

「ない! こんなもの、絶対役に立たないー!」


 サラは、一気に本への興味を失って、グイグイとバッグに押し込んた。

 そして、あからさまにガッカリしたような大きなため息をつていた。


「……本って、全然面白くないんだねー。……たまに、『話題の本の最新刊が!』とか、騒いでる人が居るから、凄く面白いものかと思ってたのにー。」

「いや、面白いだろー?……サラが言ってるのは、現代語で書かれた娯楽小説かなんかの事じゃないのかー? まあ、そういうのを好きな人が多いんだろうけどさー、古代文明の書物だって、当時の文化やその時代に生きた人々の思想なんかが垣間見れて、いろいろ想像が膨らむって言うかさー。」

「そっかー。ティオは本が好きなんだねー。そういう、ヘンテコな古い本がー。」

「だから、ヘンテコじゃないってー。」


「まあ、確かに、本は好きだな。宝石程じゃないけどな。俺が二番目に好きなもの、だな。」


 「へー。」とサラは、気のない返事を短く返しただけだった。


 これで、ティオの好きなものの上位三つは埋まった事になる。

 一番目が宝石、二番目が本、三番目が遺跡。

 どうやらティオは、宝石以外の事では、古代文明に関して並々ならない関心と探究心があるようだったが……

 全く興味の持てないサラにとっては、果てしなくどうでもいい事だった。



「この、いっぱいあるポーチには何が入ってるのー?」

「薬草とか、塩とか、香辛料とか。まあ、一人であちこち旅をしてると必要になるものだな。」

「え? 私、薬なんて持ってないよー?」

「ケガした時とか、かぶれた時とか、サラは一体どうしてるんだよー?」

「ケガー? 舐めとけばその内治るよー。かぶれるって何ー?」

「……ああ、なんとなく分かった。サラの異能力は『肉体能力の強化』だから、そんな見た目だけど、恐ろしく頑丈でケガをしにくいし、してもすぐに治るんだろう。たぶん、毒とかにも強いと思うぜ。」

「毒かぁ。……そう言えばー、森の中に綺麗な紫色の花が咲いてたから、なんとなく摘んで食べてたんだけどー、だんだんお腹が痛くなっちゃってー。まあ、でも、半日ぐらいで治ったんだよねー。その話を、次の町に行った時にしたら、『あれはトリカブトって言って猛毒だから、食べたら死ぬよ。』って言われちゃってー。アハハ、まあ、私は死なずに済んだから、ラッキー。でも、それからは食べないようにしてるよー。お腹痛くなるの、嫌だもんねー。」

「……うわー。トリカブト食べて半日で治るとか、どういう体だよー。ってか、なんだか良く分からないもの、手当たり次第に食べるなってのー。」


 サラはティオと話しながら、ティオのポーチを片っ端から開けて、中を調べていった。


 ティオの言うとおり、中には、旅の必需品がきっちりと分類されて収納されていた。

 いろいろな種類の干した草のようなものは、どうやら薬草らしい。

 サラが傭兵団に入った折、ボロツと決闘した時に、彼の傷ついた指を治療するのに使っていた、包帯や、二枚貝の殻に入れた自作の軟膏なども見つかった。

 石に似たものがあったが、それは岩塩との事だった。

 香辛料もいくつも持っており、何日も村や町がない森などを行く時に、自分でその場で材料を集め、料理を作るのだという話だった。


「これは?……なんか、お花の絵が描いてある。」


 ポーチの中に、何枚か折りたたんだ紙が入っていて、そこにはビッシリと文字と植物の絵が描かれていた。

 ティオによると、紙は貴重なものなので、出来る限り隅々まで使うようにしているとの事だった。

 確かに、別の縦長のポーチには、羽で出来た筆が何本か入っており、小瓶に詰めたインクも持っていた。

 紙の方は、未使用のものが何枚か、古い本の入っていた大きなバッグに入れられていた。


「ああ、それは、植物の、特に薬草のメモを取ってるんだよ。」


「俺は、ほら、いろんな場所を旅してるから、その土地土地で、そこにしか生息しない珍しい薬草なんかを見つけた時に書いてるんだ。まあ、暇つぶしの手なぐさみってヤツだな。」

「へー。それにしてもティオ、絵がとっても上手なんだねー。これなんて、本物は見た事ないけど、凄く本物みたい!」

「それは絵じゃないぞ。見たものをそのまま模写してるだけで。古文書の文字をそっくりそのまま写すのと変わらないな。……俺は、その、昔から芸術関係には疎いんだよ。絵とか、そういうものは、良く分からないし、描けない。」

「えー? こんな細かい所までしっかり描かれてるのに、これって絵じゃないのー?」


 サラは、ティオがメモしたという細密な描写の薬草の画を眺めてポカンとしたが……

(……そう言えば、ティオってー……さっきの盗んできた財宝も、みんな宝石だけ取り外してたっけー。手の込んだ綺麗な細工には見向きもしなかったなぁー。……)

 ティオは宝石を取り外した後の宝飾品には全く執着がない様子で「適当にバラして売ろう」などと言っていたのを思い出し、なんとなく彼の感性が分かったような気がしたサラだった。



「ねえ、ティオ、これは何ー?」


 ティオの持ち物の中で、サラは一つだけ特に気になったものがあった。


 他の持ち物は、生活感があったり、ティオのこれまでの旅を思い起こさせるものだったりと、説明を聞いていく内に、あまり知識のないサラもなんとなく納得出来るものであったのだが……

 「それ」は、どこか酷く異質な雰囲気が漂っていた。

 どこがどうとは上手く言えないかったが、ただ、勘の鋭いサラの感覚に、ピリピリと違和感として引っかかったものだった。


 それは、手の平に乗る程の小さな布の袋に入れられた、透明な砂粒ようなものだった。

 ポーチの中から袋を摘み出した時に、ググッと体全体に妙な圧力がかかる感覚が僅かにあった。

 サラは、反射的に、思わずポイッと一旦その小袋を手放した。

 すると、その妙な圧力は、フッと消えた。

 が、また手にすると、再びググッと感じる。

 サラはその妙な感覚に首を傾げつつ、そうっと袋の中を覗き込んで、サラサラとした細かな砂粒を見つめた。


「宝石……じゃないよねー? これ、アンタがどっかから盗んできた何か凄く価値のあるものだったりしないよねー?」

「宝石、とは言えないかな。」


「元々は腕輪だったんだよ。でも壊れちまってさー。もったいないから、壊れたものをなるべく掻き集めて取っておいたんだよ。」


「価値かー。これの価値が分かる所なら、元は相当な価値があったものだろうな。と言っても、こんなボロボロに壊れた後じゃ、価値も何もあったもんじゃないかも知れないけどなー。」


「え! これって、元々は価値のあるものだったのー? それをこんなボロボロに壊しちゃったのー? って言うかー、やっぱり盗んだものなんじゃないの、これー?」

 サラはティオを問い詰めたが、ティオはそっぽを向いて素知らぬ顔で口笛を吹くばかりだった。


 サラはその、「元は腕輪だった」という砂粒をどう扱ったらいいのか少し悩んだ。

 ティオが盗んだ高価な財宝だとしたら、本来の持ち主に返した方がいいのだろうが、今は見る影もない砂状に変わり果てていて、もはや財産的価値はなさそうだった。

 となると、わざわざ元の所有者に返す必要性も低いだろう。

 仕方ないので、サラは、その透明な細かい砂粒の入った小袋を、そのままティオに返す事にした。

「しょうがないから、持っててもいいけどー、でもー……」


「大事なものを壊しちゃだめでしょー。って言うかー、どうやったらこんな粉々に壊せるのよー? 砂みたいになっても持ってるなんて、ティオって本当に宝石が好きなんだねー。」


 サラが、大小いくつもあるティオのポーチの中に紛れていた、その透明な砂の入った小袋を見たのはこの一回限りで……

 次にこの袋を見るまで、その存在をすっかり忘れてしまっていた。


読んで下さってありがとうございます。

ブクマ、評価、感想、いいね等貰えたら嬉しいです。

とても励みになります。



☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「サラの好みの異性」

ボロツに聞かれた時、一番に「優しい人」と答えている。

更には「自分より強い人」がいいと言っているが、手合わせしたいだけのような。

今まで男の人を「素敵!」と思った事はまだないらしい。

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